1. 歌詞の概要
Sydの「All About Me」は、彼女が2017年にリリースしたデビュー・ソロ・アルバム『Fin』の先行シングルとして発表された楽曲であり、自身のアイデンティティと自己肯定、さらには忠誠心と警戒心というテーマを内包した、静かだが芯の強いアファメーション・ソングである。
タイトルが示す通り、「All About Me(全部わたしのこと)」というフレーズには自己主張のニュアンスが込められているが、その表現は押しつけがましくはない。むしろ、内に燃える自信と、まわりのノイズに惑わされないクールな姿勢が貫かれており、他者に流されることなく「自分のスタイルを保ち続けること」の美学が滲み出ている。
Sydはこの曲で、「私は変わらない」「仲間を大事にする」「でも敵も見逃さない」といった矛盾を一貫して抱えながら生きる現代人の複雑な心情を、軽やかなフロウと低音の効いたプロダクションに乗せて描写している。過剰な感情表現は避けつつ、内側にある強さと冷静さを表現するそのスタイルは、R&Bの伝統と現代のクールネスを見事に融合させている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Syd(シド・ベネット)は、オルタナティブR&B集団The Internetの中心人物として知られており、元々はOdd Futureのサウンドエンジニアとしてキャリアをスタートさせた。The Internetではバンドサウンドとジャズ/ソウル的な要素を融合させた作品が多かったが、『Fin』ではよりミニマルで現代的なトラップ/R&Bプロダクションを取り入れ、ソロとしての個性を明確に打ち出している。
「All About Me」は、アルバム『Fin』の冒頭に収録されており、ソロ・アーティストとしての決意表明ともいえる楽曲である。プロデュースはOdd Futureの仲間であるSteve Lacyが手がけており、低くうねるベースラインと空間を生かしたビートが、Sydのヴォーカルを包み込むように支えている。
この楽曲のリリース時には、SydがLGBTQ+であることを公にしている点でも注目されており、女性R&Bアーティストが“男目線で歌うことなく”、自身の生き方と美意識をクールに表現していることに、多くのリスナーが共感を寄せた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – All About Me
Take care of the family that you came with
一緒に育ってきた仲間を大事にしなよ
We made it this far and it’s amazing
ここまで来れた それってすごいこと
People drowning all around me / So I keep my squad around me
周りではみんな溺れてる だから私は仲間を側に置いてる
Swear I won’t change up / Been the same since day one
絶対に変わったりしない 最初からずっと同じよ
I don’t need no one’s help / I can do it by myself
誰の助けもいらない 自分でやれる
Sydのリリックは静かだが、自信に満ちており、敵意や反抗ではなく「自分は自分」という姿勢を貫いている。
4. 歌詞の考察
この曲でSydは、「自分らしくあること」と「他人と距離を取りつつもつながりを大切にすること」を両立させるスタンスを打ち出している。冒頭の「Take care of the family that you came with(一緒に育ってきた仲間を大事にしな)」というラインは、ソロとしての道を歩みながらも、過去を否定せずに継続していることを示している。
また、「Swear I won’t change up(私は変わらない)」という一節は、音楽業界の浮き沈みや、ファッション的に人が評価されやすい現代において、極めてパーソナルで強い決意の表明でもある。特に、女性アーティストとしてのSydがこうした“控えめなアグレッション”を冷静に表現することは、ジェンダー規範に対するささやかな挑戦とも言える。
さらに、リリック中にある「People drowning all around me(周りはみんな溺れてる)」という表現は、現代社会の混乱や不安定さ、SNSを通じて他者の目を気にせざるを得ない現代の若者文化を暗示している。それでもSydは「I can do it by myself(自分でやれる)」と断言する。その声には、誇張や威圧ではなく、“沈まない意志”の静かな強さが宿っている。
このように「All About Me」は、ただの自己肯定ソングではない。仲間との絆、自己の尊重、周囲への警戒、それでもなお変わらない自分──それらが複雑に重なり合う、現代的なアイデンティティの地図を描いた作品である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Altadena by Syd
同アルバム『Fin』のエンディング曲。優しさと静かな強さが共存する美しいバラード。 - Dark Red by Steve Lacy
Sydの盟友によるトラックで、不安と恋愛が絡む感情の揺らぎを描いたR&Bソウル。 - The Weekend by SZA
自己肯定と複雑な関係性の中での立場をクールに歌い上げた現代R&Bの代表作。 - Drew Barrymore by SZA
自信と不安が共存する等身大のアイデンティティ・ソング。 - Waves by Normani
現代的な音像とエモーショナルな表現が融合したR&Bトラック。
6. 自分を守るための静かなアーマーとしてのR&B
「All About Me」は、Sydというアーティストの哲学を静かに、しかし力強く示す出発点である。派手な自己主張や激しいビートではなく、ミニマルなサウンドと落ち着いたトーンの中に、自信、忠誠、誇り、そして警戒という複雑な感情が込められている。
この楽曲は、自己主張とは声を荒げることではなく、自分を保つことそのものだと語っている。Sydの冷静なフロウ、空間を活かしたビート、シンプルな言葉の繰り返し──そのすべてが、現代に生きる若者たちの“静かなアーマー”となる。
「All About Me」は、“わたしのこと”を静かに、でも確実に語るためのテーマソングであり、自分の中にある揺るがない芯を思い出させてくれる。どんな喧騒の中でも、自分の声を失わずにいるための、静かで美しいマニフェストなのだ。
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