1. 歌詞の概要
「All I Want」は、アメリカのオルタナティヴ・フォークロックバンド、Toad the Wet Sprocketが1991年にリリースした3rdアルバム『fear』に収録された代表曲であり、バンド最大のヒット曲として知られている。
その穏やかなメロディと、優しく包み込むようなヴォーカル、そして深く繊細な歌詞が、聴く者の心に長く残るバラードである。
タイトルの「All I Want（僕が欲しいものすべて）」という言葉が示すように、歌詞の主題は“欠落と願い”である。
関係性の中で、自分が本当に望んでいることは何か──それをうまく言葉にできないもどかしさや、今ある状態を変えたいという切実な感情が、詩的で控えめな言葉で綴られている。
歌詞全体を通して、語り手は何かを欲している。しかしそれは愛そのものというよりは、「正直さ」「癒し」「相互理解」といった“本質的なつながり”への願望に近い。
激しく叫ぶのではなく、静かに、ほのかな光を探すように語られるその声が、この曲の最大の魅力である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「All I Want」は、1991年リリースのアルバム『fear』からの2ndシングルであり、当時オルタナティヴ・ロックとフォーク・ロックの中間を漂っていたToad the Wet Sprocketを一躍スターダムに押し上げた楽曲である。
アルバム自体もBillboardチャートでヒットし、バンドの知名度を一気に広げた。
ヴォーカルのグレン・フィリップス（Glen Phillips）は、思春期から哲学的な思索に傾倒していたことで知られ、彼の書く歌詞には「断定を避ける」「抽象性を残す」「問いかけを残す」といった特徴が見られる。「All I Want」もまた、“何かが足りない”という感情に具体的な答えを与えるのではなく、それを受け入れたうえで、なお人とつながろうとする誠実さに満ちている。
当時の音楽シーンは、ニルヴァーナの登場によってグランジが台頭しはじめた頃だったが、Toad the Wet Sprocketのような“静かなオルタナティヴ”もまた、リスナーの感情に深く寄り添う音として重要な役割を果たしていた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「All I Want」の印象的な歌詞を英語と日本語訳で紹介する。
“Nothing’s so loud / As hearing when we lie”
「嘘をついているときほど、耳に響くものはない」
“The truth is not kind / And you’ve said neither am I”
「真実は優しくなんかない / 君は僕のこともそうだって言ったね」
“But the air outside so soft / Is saying everything”
「でも外の空気はとてもやわらかくて / すべてを語ってくれている気がする」
“All I want is to feel this way / To be this close, to feel the same”
「僕が欲しいのはこの気持ち / こんなふうに近くにいて、同じように感じたいだけなんだ」
“All I want is to hold you now / And not let go, not let go”
「今、君を抱きしめたいんだ / そして離したくない、絶対に」
歌詞全文はこちらで確認可能：
Toad the Wet Sprocket – All I Want Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
この楽曲は、直接的に“愛してる”とは語らない。
それでも、その何倍も強く「誰かと心を通わせたい」という願いが、曲のすみずみに滲んでいる。とりわけ冒頭の「Nothing’s so loud as hearing when we lie（嘘をついているときほど、耳に響くものはない）」というラインは、静けさのなかにこそ真実があること、そして言葉にしない痛みの存在を私たちに思い出させる。
「All I want is to feel this way / To be this close, to feel the same」というサビの言葉もまた、特定の出来事や状況を語るのではなく、「状態」「感覚」「共有」という抽象的な欲求を訴えている。
ここにあるのは、“物語”ではなく“感覚”であり、それこそがこの曲の普遍性の秘密だ。
また、歌詞に登場する“truth（真実）”は、相手の言葉によって語られるものではなく、風や空気、沈黙といった非言語的なものによって伝わる。その感覚的で非合理な部分に、私たちの「本当の気持ち」は宿るのかもしれない。
この曲がリリースから30年以上経った今もなお愛されているのは、そうした“余白”に、聴く人それぞれの経験が染み込んでいくからなのだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Name by Goo Goo Dolls
静かなメロディと深い感情を内包したリリックが、同様の感受性を持って響く。 - Round Here by Counting Crows
都会の孤独と内面の不安を詩的に描き、感情の深い流れを持つ名曲。 - Runaway Train by Soul Asylum
傷ついた心と迷子のような魂を描く、1990年代の名バラード。 - Fade Into You by Mazzy Star
言葉では語りきれない心の距離と近さを描いた、夢のような名作。 - Shimmer by Fuel
希望と喪失、両方の感情が同時に流れるようなオルタナティヴ・バラード。
6. “ほんとうの気持ち”は静かな声で語られる
「All I Want」は、大声で愛を叫ぶことなく、静かに、しかし確かに“心の中の本当の声”を伝える曲である。
その穏やかなギターと優しい声は、まるで長い手紙のように、傷ついた誰かの胸の奥に届いてくる。
この楽曲が伝えるのは、「理解してほしい」という叫びではなく、「同じように感じたい」というささやかな願いだ。
その願いが叶えられるかどうかはわからない。けれど、その気持ちを抱いていること、それを伝えたいと思っていること──そこにすでに愛がある。
「All I Want」は、愛の声なき輪郭を、静かに描き出す名曲である。
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