発売日: 1986年1月27日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポストパンク、アート・ロック、アリーナ・ロック
概要
『Album』(または『Cassette』『Compact Disc』とも呼ばれる)は、Public Image Ltd.(PIL)が1986年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、ジョン・ライドンのキャリアにおける最も整合的かつ完成されたロック・アルバムとされている。
タイトルやジャケットに至るまで、徹底した「無印」スタイル(白地に“Album”とだけ書かれたアートワーク)は、アンディ・ウォーホルによるThe Velvet Underground & Nicoのメタポップ・アートワークを連想させ、音楽商品としての構造を可視化した批評性を含んでいる。
しかし、そのコンセプトの背後には、驚くほど力強くメジャーなロック・サウンドが展開されている。
ギターは元ジェネシスのスティーヴ・ヴァイ、ドラムにはジンジャー・ベイカー(Cream)、ベースにはビル・ラズウェルといった名うてのミュージシャンが参加し、これまでのPILとは一線を画すプロフェッショナルなサウンド・プロダクションが実現された。
ポストパンク的なひねくれや脱構築は影を潜める一方で、ライドンのヴォーカルとリリックはよりダイレクトに、人間の怒りと皮肉、そして時に自己救済的な哲学を吐き出す。
これはまさに「ロックの文法を借りたPIL」であり、奇跡的なバランス感覚で成立した唯一無二の“規格品ロック”なのである。
全曲レビュー
1. FFF
重厚なドラムと高速ベース、そして鋭利なギターによるアリーナ級の音像で幕を開けるオープナー。
「Farewell, my fairweather friend(さよなら、気まぐれな友よ)」というサビのフレーズには、裏切りと解放の両義性が込められている。
ロック的なカタルシスとライドンの毒が奇妙に共存する名曲。
2. Rise
PIL史上最大のアンセムにして、80年代UKロックの代表曲。
南アフリカのアパルトヘイト体制への怒りを背景に、「Anger is an energy(怒りはエネルギーだ)」という強烈なリフレインが時代と共鳴する。
スティーヴ・ヴァイによるエッジの効いたギター、シンプルだが力強いリズム、ライドンの語りにも似たボーカルが完璧に絡み合う。
3. Fishing
ファンキーなビートとノイジーなギター、呪文のようなヴォーカルが生むグルーヴ感が心地よい。
“釣り”という日常的な行為が、社会操作や無気力のメタファーとして機能している。
意外とダンスフロア向けの隠れた名曲。
4. Round
鋭いリズムとライドンの皮肉交じりのボーカルが主導するミドルテンポのナンバー。
「君は何も変わらない、ただ回っているだけ(You’re just going round)」という歌詞が象徴するように、自己反復や無力感をテーマにしている。
シニカルな視点と高い演奏力が融合。
5. Bags
不穏なイントロと不規則なビートで始まるこの曲は、アルバム中でも最も実験色が強い。
タイトルの“Bags”はドラッグや腐敗の隠喩とも取れ、ライドンの叫びは不条理な社会や制度に対する苛立ちをぶつけている。
歪みと混乱の中で、むしろ純粋な怒りが際立つ。
6. Home
優美なメロディと安定したリズムが、ライドンにしては珍しい“居場所”や“静けさ”をテーマにしているように聴こえるナンバー。
しかし歌詞はやはり一筋縄ではなく、家庭や国家といった“home”の概念に疑念を投げかけている。
バンドの成熟が見える曲でもある。
7. Ease
8分に及ぶエピックで、アルバムのクライマックスを担う楽曲。
タイトルの“Ease”=安らぎは、皮肉でもあり切望でもある。
重くうねるグルーヴ、爆発的なギターソロ、語りとシャウトを行き来するライドンのボーカルが、まるで生きることそのものの“儀式”のように迫ってくる。
本作の真の核心と言っていい。
総評
『Album』は、Public Image Ltd.という実験集団が、一度だけ「完璧なフォーマットに乗ってみたらどうなるか?」を試した、ロック史上でも稀有な成功例である。
内容は明確に整備され、演奏も一級品。しかしそれでもなお、PILの本質である“アイロニー”と“疎外”は失われていない。
“これはロックだ、さあ聴け”という提示ではなく、むしろ「これは君が望んだフォーマットだろ? でも中身は俺たちのものだ」という挑発が込められている。
つまり『Album』は、ロックそのものを批評する“擬態の作品”であり、ポストパンク以降の思考と商業的マス市場との緊張感が、音そのものに刻印されたアルバムなのである。
この作品で、ジョン・ライドンは“怒り”を武器としてではなく、“構造を撹乱するエネルギー”として再定義した。
だからこそ、「Anger is an energy」という一節は、今なお時代を超えて響き続けるのだ。
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