発売日: 1996年9月23日
ジャンル: ポップロック、アダルト・コンテンポラリー、ブリットポップ風ポップ
概要
『A Woman and a Man』は、ベリンダ・カーライルが1996年にリリースした6枚目のスタジオ・アルバムであり、彼女がロサンゼルスからロンドンに拠点を移し、“ヨーロッパの風”を取り込んだ成熟作である。
1993年の内省的ロック作『Real』から3年を経て、ベリンダは再びポップのフィールドへと帰還するが、そのサウンドはもはや80年代の煌めきではなく、90年代中盤のブリットポップやアダルト・コンテンポラリーを吸収した“洗練された円熟ポップ”に変化していた。
本作では、ロディ・フレイム（Aztec Camera）やリック・ノウェルズらと再びタッグを組みつつも、ジョン・レヴェンソンによるプロデュースの下で、より抑制されたアレンジとセンチメンタルな歌詞を重視した方向性が際立っている。
特に英国では高評価を得ており、シングル「In Too Deep」「Always Breaking My Heart」「Love in the Key of C」などがUKチャートでヒット。
アメリカでのリリースが見送られたにも関わらず、欧州を中心に息の長い人気を獲得した。
このアルバムは、成熟した女性の恋愛観、葛藤、覚悟を“静かに語る”作品であり、派手さよりも、深さと余韻を大切にした名作である。
全曲レビュー
1. In Too Deep
アルバム冒頭を飾るミディアム・テンポの代表曲。恋に溺れる“心地よい絶望”を、穏やかなアコースティック・アレンジとともに描写。哀しさと甘さが絶妙に交錯する。
2. California
故郷ロサンゼルスをモチーフにしたナンバー。軽快なギターリフに乗せて、地元への皮肉混じりの愛情と郷愁がにじむ。都会的なポップ感覚が光る。
3. A Woman and a Man
タイトル曲にして、アルバムのテーマを最も端的に表したバラード。愛の複雑さと男女のすれ違いを詩的に綴る、シンプルながらも深みある一曲。
4. Remember September
季節の変わり目と感情の余韻を重ねたリリカルな楽曲。コーラスの美しさとピアノの響きが郷愁を呼び起こす。
5. Listen to Love
90年代の洗練されたポップロック。恋に落ちる瞬間の“理性と衝動の狭間”を軽やかに表現する。
6. Always Breaking My Heart
ジョニー・マーのギターも印象的なロディ・フレイム提供の名曲。失恋を“繰り返す運命”として描いた、キャッチーながらもビターなラブソング。
7. Love Doesn’t Live Here
静かでメランコリックなバラード。愛が去ったあとの空虚な時間を、切なさを抑えた歌声で届ける。
8. He Goes On
“彼は去ったが、私はここにいる”という視点の強さが漂う。喪失の中に希望を見出すスロー・ポップ。
9. Kneel at Your Feet
恋愛における支配と従属、依存と解放をテーマにした、スピリチュアルな質感すら感じさせる楽曲。
10. Love in the Key of C
本作でもっとも親しみやすい軽快なポップチューン。恋の調べを音楽にたとえたロマンティックな比喩が楽しい。
11. My Heart Goes Out to You
ラストを飾る美しいバラード。誰かを想う優しさと、それでもなお進んでいく強さが滲む。静かだが力強いクロージング。
総評
『A Woman and a Man』は、ベリンダ・カーライルが“ポップスター”という役割を脱ぎ捨て、“音楽家”としての確かな歩みを刻んだ作品である。
80年代のきらびやかさや90年代前半のロック的衝動から一転し、本作では日常の陰影や感情の機微を淡々と、しかし深く描き出すことに成功している。
サウンドは全体的に控えめで、シンセよりもアコースティックギターやピアノが主役。歌詞もきらめきや夢よりも、“愛の現実”を静かに見つめている。
また、“年齢を重ねた女性がどう愛と向き合うか”という視点が一貫しており、これはポップの世界では稀有な誠実さでもある。
大人のポップスとしての完成度は非常に高く、ベリンダ作品の中でも最も情緒豊かで洗練された一枚といえる。
派手さはない。しかし、何度も聴き返したくなる“静かな魔力”を持つアルバム──それが『A Woman and a Man』なのである。
おすすめアルバム（5枚）
- Aztec Camera『Dreamland』
ロディ・フレイムとのつながりも深く、同じく都会的でセンチメンタルなポップ。 - Everything But the Girl『Amplified Heart』
感情の起伏を抑えたヴォーカルと洗練されたアレンジが共通する90年代ポップの名作。 - k.d. lang『Ingenue』
恋とアイデンティティを静かに見つめる成熟した女性像を描いた傑作。 - Texas『White on Blonde』
UK発の女性ボーカルによる洗練されたポップロック。『A Woman and a Man』の空気感に近い。 -
Sheryl Crow『The Globe Sessions』
同時代の女性アーティストによる等身大の感情表現。リアリティと優美さが響き合う。
後続作品とのつながり
このアルバム以降、ベリンダ・カーライルは本格的なポップアルバムから距離を置き、フランス語カバー集『Voila』（2007）など新たな挑戦へと向かうことになる。
そうした“次のフェーズ”へ向かう前の“最後の純ポップ作”が『A Woman and a Man』であり、彼女の音楽人生の節目を象徴する一作でもある。
時の流れとともに、ポップも変わる。
しかし、真に誠実な音楽は、時を超えて聴き手の心に静かに届くのだ──この作品が、まさにそれを証明している。
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