発売日: 1976年2月2日
ジャンル: プログレッシブ・ロック
アルバム全体の印象
Genesisの**『A Trick of the Tail』**は、バンドにとって大きな転換点となったアルバムである。1975年、バンドの象徴的存在だったピーター・ガブリエルが脱退し、ファンの間ではGenesisの未来を危ぶむ声が多かった。しかし、バンドは解散を選ばず、ドラマーのフィル・コリンズを新たなリード・ボーカルに迎えた本作を完成させた。結果として、Genesisは独自の進化を遂げ、ガブリエル時代のシアトリカルなプログレッシブ・ロックの要素を保ちつつ、より洗練されたサウンドへと移行した。
『A Trick of the Tail』の音楽的特徴は、従来のGenesisらしい幻想的な物語性と、よりスムーズなメロディライン、複雑でありながら耳に残るリズム構造にある。ガブリエルのカリスマ的な存在感を補うために、バンド全員が一丸となって楽曲を作り上げた結果、統一感のある美しいアルバムが誕生した。
フィル・コリンズのボーカルは、ガブリエルとは異なるアプローチを持ちながらも、Genesisのサウンドに違和感なく溶け込んでいる。むしろ、彼の温かみのある声質がバンドの新たな魅力を引き出しており、後のGenesisのポップ路線への布石ともなった。
このアルバムは、過去のGenesisの物語性を維持しながらも、よりモダンなプログレッシブ・ロックへの架け橋となった作品であり、ガブリエル不在のGenesisがいかにして新たな道を切り開いたかを示す、重要な作品である。
トラックごとのレビュー
1. Dance on a Volcano (5:54)
アルバムの幕開けを飾る「Dance on a Volcano」は、まさにGenesisの”再誕”を象徴する楽曲である。スティーブ・ハケットの鋭いギターリフと、トニー・バンクスの煌めくキーボードが絡み合い、バンドのエネルギーを感じさせるイントロが印象的だ。
フィル・コリンズのボーカルは、ピーター・ガブリエルのドラマティックな表現とは異なり、よりリズミカルで流れるような歌い方をしている。特に、後半の変拍子を多用したセクションでは、彼のドラム・プレイが楽曲にダイナミックな推進力を与えており、バンドの新しい方向性を明確に打ち出している。
2. Entangled (6:28)
続く「Entangled」は、Genesisの持つ幻想的な側面を見事に表現した楽曲である。アコースティック・ギターのアルペジオが繊細に絡み合い、フィル・コリンズの穏やかなボーカルが、夢の中を漂うような感覚を生み出している。
この曲の最大のハイライトは、トニー・バンクスによるメロトロンの美しいクレッシェンドである。まるで雲の上を歩いているかのような壮大なサウンドが広がり、リスナーを幻想的な世界へと引き込む。
3. Squonk (6:27)
「Squonk」は、本作の中でも特にパワフルな楽曲であり、フィル・コリンズのボーカルがピーター・ガブリエル時代のGenesisと異なる魅力を持っていることを証明する一曲である。重厚なリズム・セクションと力強いギター・リフが特徴的で、後のGenesisのロック志向のサウンドを予感させる楽曲だ。
歌詞は、神話上の生き物「スクォンク」にインスパイアされたもので、コミカルなストーリーテリングと力強い楽曲の対比がユニークである。フィル・コリンズの歌声には、すでに彼の後のソロ活動に通じるソウルフルな表現が見え隠れしている。
4. Mad Man Moon (7:35)
「Mad Man Moon」は、トニー・バンクスが主導した、美しくもメランコリックなバラードである。ピアノの流れるような旋律が特徴的で、Genesisのプログレッシブ・ロック的な要素と、より叙情的な面がバランスよく融合している。
楽曲は緩やかなバラードとして始まるが、中盤では軽快なピアノリズムが入り、静と動のコントラストが際立つ構成になっている。バンクスの作るコード進行の美しさが際立ち、Genesisの叙情的な側面を象徴する楽曲といえる。
5. Robbery, Assault and Battery (6:15)
この曲は、ガブリエル時代のコミカルなストーリーテリングを受け継いだ楽曲であり、強い演劇的要素を持っている。フィル・コリンズは、ここでキャラクター性のある歌い方を披露し、まるでミュージカルの一場面のような雰囲気を作り出している。
アップテンポなリズムとジャジーなキーボード・パートが絡み合い、複雑なリズムの中にも遊び心を感じさせる楽曲である。
6. Ripples… (8:03)
「Ripples…」は、Genesisのバラードの中でも特に名曲とされる一曲である。12弦ギターの繊細なアルペジオが、コリンズの穏やかなボーカルを引き立て、楽曲全体にノスタルジックな雰囲気をもたらしている。
特に、後半のシンセサイザーによる幻想的なソロは圧巻で、楽曲が持つ美しさと儚さを最大限に引き出している。
7. A Trick of the Tail (4:35)
タイトル曲である「A Trick of the Tail」は、ガブリエル時代のファンタジックな作風を引き継いだポップ寄りの楽曲であり、Genesisの新たな一面を見せる楽曲となっている。
歌詞は、ある種の寓話的な物語を描いており、ファンタジー要素を持ちつつも軽やかなポップ・ロックとして楽しめる。
8. Los Endos (5:46)
アルバムを締めくくる「Los Endos」は、過去の楽曲のテーマを再構築したインストゥルメンタルで、壮大なフィナーレを飾る。特にドラム・パートは圧巻で、フィル・コリンズの技術が光る。
総評
『A Trick of the Tail』は、Genesisが新たな時代へと踏み出したことを示す重要なアルバムである。ピーター・ガブリエル不在のGenesisは、確かに異なるバンドへと変貌したが、その音楽性はより洗練され、叙情性とプログレッシブな要素が見事に融合している。
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