発売日: 2006年8月26日
ジャンル: ポップ、ダンス・ポップ、エレクトロ・ポップ
概要
『A Public Affair』は、ジェシカ・シンプソンが2006年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、離婚後初の作品としても注目された一枚である。
前作『In This Skin』では“等身大の女性”としての自己受容を描いたが、本作では一転して軽快で開放的なダンス・ポップ路線に再シフトしており、タイトルが示す通り「公の場での恋愛」や「ゴシップの渦中にいる自分」を半ばユーモラスに受け入れる姿勢が打ち出されている。
サウンド面では、1980年代のマドンナやジャネット・ジャクソンの影響を色濃く反映したシンセ・ポップのテイストが全編にわたり感じられる。
プロデューサーにはScott Storch、Jimmy Jam & Terry Lewis、Lukasz “Dr. Luke” Gottwaldなどが名を連ね、煌びやかで踊れる一枚に仕上がっている。
全曲レビュー
A Public Affair
タイトル曲にして、アルバムのトーンを象徴するディスコ・ポップ。
マドンナの「Holiday」を想起させるサウンドに、“みんなで楽しむ恋”という開き直りと自由さが詰まっている。明るく、あっけらかんとした空気が心地よい。
You Spin Me Round (Like a Record)
Dead or Aliveの1984年のヒット曲のカバー。
80年代風のシンセとエッジの効いたアレンジで、ポップ・ディーヴァとしてのノリの良さを発揮する。
B.O.Y.
“Because of You”の略。
女性が恋に落ちていく過程を、シンプルでポップなメロディに乗せて描く。言葉遊びのセンスもキュート。
If You Were Mine
ミディアムテンポで展開されるバラード。
「あなたがもし私のものだったら」という仮定の中で想いを巡らせる、切なさと願望がにじむ一曲。
Walkin’ ’Round in a Circle
軽快なビートの中に、恋愛の行き詰まり感が表現されている。
“同じ場所をぐるぐる回っているような恋”という比喩が巧み。
The Lover in Me
官能的な一面を覗かせるダークなポップ。
「私の中の恋する女」が目を覚ます瞬間を描写し、かつての“イノセントなジェシカ”とは異なる姿を提示する。
Swing with Me
1950年代ジャズを思わせるオールド・スクールな一曲。
ブロードウェイ的なアレンジがなされ、アルバム中でも異彩を放っている。
Push Your Tush
70年代ファンク〜ディスコの引用が見られるダンサブルなトラック。
ベースラインとホーンが心地よく、タイトル通り「踊れ!」とけしかけるような一曲。
Back to You
比較的しっとりとしたラブ・バラード。
失われた愛への未練が切々と綴られ、軽快なアルバムの中にあってエモーショナルなクライマックスを担っている。
Let Him Fly
パティ・グリフィンの名曲のカバー。
アコースティック・ギターとヴォーカルのみというシンプルな構成で、別れの余韻と“手放すこと”の意味が静かに響く。
総評
『A Public Affair』は、ジェシカ・シンプソンの“再起”と“自己再定義”を試みた意欲作である。
リアリティ番組による成功、結婚、離婚といった一連のメディア・サイクルの只中にいたジェシカが、その“公的な私生活”を、もはや隠さず、ある種のエンタメとして昇華した点に本作の強みがある。
サウンドはダンス・ポップを基軸にしつつも、80〜90年代の引用が多く、ノスタルジックな親しみやすさも併せ持っている。
また、楽曲の多くが“深刻すぎず、軽やかすぎず”という絶妙なトーンを維持しており、ジェシカ自身の“パブリック・イメージ”と“音楽的個性”の折り合いを模索していることが伺える。
一方で、前作『In This Skin』で見せた内省的な深みやヴォーカルの真剣味が抑えられた印象もあり、感情的な密度はやや薄まっているかもしれない。
しかしそれは、アルバム全体が**“ポジティブに生き直す”という意志に基づいているから**でもある。
“イメージに踊らされるのではなく、それを逆手に取って楽しむ”。
そうした姿勢が垣間見える本作は、ポップ・シーンにおける女性アーティストの生き方に一石を投じた作品なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Madonna『True Blue』
ポップと自我表現の融合、イメージ戦略の巧みさという点で共通。 - Janet Jackson『Control』
自己主張と自立をポップに昇華した80年代の金字塔。 - Kelly Clarkson『Breakaway』
ポップの軽快さと感情の深みを兼ね備えた作品として。 - Ashlee Simpson『I Am Me』
妹であるアシュリーとの比較を抜きに語れない自己探求ポップ。 -
Gwen Stefani『Love. Angel. Music. Baby.』
80年代〜現代ポップの再構築という観点で好対照。
10. ビジュアルとアートワーク
『A Public Affair』のジャケットでは、カラフルなレンズ・フレアと“笑顔のジェシカ”が象徴的に描かれている。
視線の先には聴き手ではなく“パパラッチ”がいるかのようなポーズや構図は、アルバムの主題と連動しており、まさに“自分が商品である”ことを逆手に取ったポップ・アイコンとしての振る舞いが表れている。
また、MVやプロモーションビデオではローラースケートやドレス姿など、2000年代中期のY2K美学が凝縮されたファッション性も話題を呼び、後年の“Y2K回帰”の流れの中でも再評価が進んでいる。
音楽と視覚表現の統一感においても、ジェシカ・シンプソンはこのアルバムで一つの到達点を示したのである。
コメント