発売日: 2020年2月21日
ジャンル: エレクトロポップ、アートポップ、ダークウェーブ
2020年にリリースされたGrimesの5作目のスタジオアルバム、Miss Anthropoceneは、アーティストとしての彼女のビジョンがさらに進化した作品である。このアルバムは、「人類滅亡を喜ぶ気候変動の女神」をコンセプトに掲げ、気候危機という現代的かつ重厚なテーマをエレクトロニックサウンドに昇華させた野心作だ。アルバムタイトルにある「Anthropocene(人新世)」は、人類が地球に与えた影響を指す地質学的な用語であり、そこに「Miss」という擬人化された存在を組み合わせたネーミングセンスには、彼女のアイロニカルな視点が光っている。
音楽的には、ドリーミーなサウンドスケープとダークで攻撃的な要素が混ざり合い、これまでの彼女の作品以上に感情的で濃密な世界観を作り上げている。未来的でありながらも人間的な要素が感じられるこのアルバムは、現代のエレクトロニックポップに新たな基準を打ち立てるものだ。
各曲ごとの解説
1. So Heavy I Fell Through the Earth
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、空間をたゆたうようなドリーミーなサウンドが特徴的だ。低音のシンセと囁くようなボーカルが織りなす音像は、重力の存在を感じさせるような不思議な感覚を生み出す。環境問題や地球の重さを象徴するような詩的なタイトルも印象的。
2. Darkseid (feat. 潘PAN)
タイトル通り、暗黒の雰囲気を漂わせるトラック。中国語のラップが異彩を放ち、曲全体にミステリアスなムードを与えている。アンダーグラウンド感が強く、深海のような音像がリスナーを包み込む。
3. Delete Forever
アコースティックギターを取り入れた珍しいトラックで、過去のGrimesの楽曲とは一線を画す。歌詞ではオピオイド危機について触れ、切迫感のあるテーマを扱いながらも、旋律は哀愁を帯びていて美しい。フォーク的な要素とエレクトロニックサウンドが絶妙に融合している。
4. Violence (with i_o)
ハードなビートとエモーショナルなメロディが印象的なダンスチューン。曲のテーマは暴力の誘惑とその代償であり、攻撃的なビートと彼女の繊細なボーカルが強烈なコントラストを生み出している。
5. 4ÆM
インド風のリズムやエスニックなサウンドを取り入れた実験的な楽曲。躍動感あふれる展開とグローバルな影響を感じさせるアレンジが新鮮だ。複雑なリズム構成がありながらも、キャッチーなメロディが際立つ。
6. New Gods
静謐で神秘的なムードを湛えたトラック。曲の中で登場する「新しい神々」は、テクノロジーや環境破壊に象徴される現代の崇拝対象を暗示しているかのようだ。シンプルなピアノラインが不安感と同時に荘厳さを生み出している。
7. My Name is Dark
ギターリフとローファイなサウンドが融合したこの楽曲は、反抗的なエネルギーに満ちている。歌詞には、現代社会への嫌悪感や孤独感が織り込まれており、彼女の「暗い側面」が見える。
8. You’ll Miss Me When I’m Not Around
キャッチーなポップメロディが際立つトラックでありながら、歌詞には存在の不安や孤独が反映されている。軽快なサウンドと対照的な内省的テーマが絶妙だ。
9. Before the Fever
アルバム終盤のこの曲は、終末感漂うダークな雰囲気が特徴。彼女のボーカルが不気味な美しさを放ち、静寂と混沌の間を漂うような体験を提供する。
10. IDORU
アルバムのラストを飾るこの曲は、穏やかで希望に満ちたエネルギーが感じられる。IDORU(アイドル)のタイトル通り、自己崇拝や偶像化のテーマを柔らかいトーンで描いている。
フリーテーマ:気候変動の女神としてのGrimes
このアルバムの最大の特徴は、コンセプトに基づく全体の統一感だ。Miss Anthropoceneという人格化された女神は、気候変動を擬人化した象徴であり、その存在は単なる批判に留まらず、恐怖や美しさといった感情をも巻き込んでいる。Grimesはこのアルバムを通じて、「気候変動」という抽象的なテーマを、リスナーに身近で具体的なものとして感じさせることに成功している。
アルバム総評
Miss Anthropoceneは、Grimesのアーティストとしての成長と野心が詰まった作品であり、彼女が未来のポップミュージックの可能性を追求し続けていることを示している。気候変動というテーマをエレクトロニックポップの枠組みで描きつつ、聴き手を深い感情の渦に巻き込む力を持つ本作は、彼女のディスコグラフィーの中でもひときわ重要な位置を占めるだろう。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
Art Angels by Grimes
Grimesのポップでアートフルな一面を楽しめるアルバム。より明るくキャッチーな曲が多い。
Magdalene by FKA Twigs
個人的かつ神秘的なテーマを扱ったエクスペリメンタルポップ。感情的な深みが共通する。
LP1 by FKA Twigs
ボーカル表現のユニークさとエレクトロニックなアプローチが共通しており、ファンには必聴。
Honeymoon by Lana Del Rey
退廃的で幻想的なテーマが好きな人におすすめ。メランコリックな雰囲気が共通点。
Utopia by Björk
自然や環境をテーマにしたアルバムで、実験的なサウンドとコンセプトの深さが際立つ。
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