
発売日:2021年6月25日
ジャンル:ポップ/R&B/ヒップホップ/ダンス・ポップ/ファンク・ポップ/アフロビーツ影響下のポップ
概要
Doja Catの3作目のスタジオ・アルバム『Planet Her』は、2020年代初頭のメインストリーム・ポップを象徴する作品のひとつであり、ラップ、R&B、ダンス・ポップ、ファンク、ディスコ、アフロビーツ的なリズム、インターネット世代のユーモアとキャラクター性を高い完成度で統合したアルバムである。2018年の『Amala』で独自のセンスを示し、2019年の『Hot Pink』で「Say So」をはじめとするヒットを生んだDoja Catは、本作で単なるバイラル発のアーティストから、国際的なポップ・スターへと完全に飛躍した。
『Planet Her』というタイトルは、架空の惑星を舞台にしたコンセプトを示している。ここでの「Her」は、女性性、自己像、欲望、スタイル、キャラクター、そしてDoja Cat自身が作り出すポップ宇宙を指す。アルバム全体は厳密な物語形式ではないが、宇宙的で近未来的なイメージ、女性の主体的な欲望、恋愛の駆け引き、肉体性、自己肯定、遊戯性が一貫して流れている。音楽的にも、特定のジャンルに固定されず、曲ごとに異なるリズムや質感を取り込みながら、Doja Catの声とフロウによって統一されている。
Doja Catの大きな特徴は、ラッパー、シンガー、ポップ・パフォーマー、コメディ的キャラクター、ファッション・アイコンとしての要素が分離していない点にある。彼女は滑らかなR&Bヴォーカルを聴かせることもでき、鋭くリズミカルなラップもできる。さらに、声色や発音を変え、楽曲ごとにキャラクターを演じ分ける能力がある。そのため『Planet Her』は、単なるヒット曲集ではなく、Doja Catという多面的な人格がさまざまな形で現れるポップ・ショーケースになっている。
本作は、2020年代のポップ・ミュージックにおけるTikTok時代の感覚とも深く関係している。短いフック、印象的なフレーズ、ダンスに結びつきやすいリズム、ミーム化しやすい言葉選びが随所にある。ただし、『Planet Her』は単にSNS向けに作られた断片的な楽曲集ではない。プロダクションは非常に洗練されており、曲ごとの完成度も高く、アルバムとして聴いた時に、ポップ、R&B、ラップの境界を越える統一されたサウンドが感じられる。
ゲスト陣も重要である。SZA、The Weeknd、Young Thug、Ariana Grande、JIDなどが参加し、それぞれがDoja Catの世界観を補強している。SZAとの「Kiss Me More」はディスコ/ファンク系ポップの滑らかさを、The Weekndとの「You Right」は夜のR&B的な官能を、Young Thugとの「Payday」は浮遊するトラップ感覚を、Ariana Grandeとの「I Don’t Do Drugs」は甘美なポップR&Bを、JIDとの「Options」はラップ寄りの緊張感を加えている。ゲストはDoja Catを圧倒するのではなく、彼女の惑星に招かれた登場人物として機能している。
音楽史的に見ると、『Planet Her』はNicki Minaj以降の女性ラッパー/ポップ・スターの系譜と、Beyoncé、Rihanna、Ariana Grande、SZA以降のR&B/ポップの流れを接続する作品である。Doja Catは、ラップの技巧、ポップの即効性、R&Bの滑らかさ、インターネット文化の速度を一体化させている。特に、女性の欲望やセクシュアリティを受け身ではなく主体的に表現する姿勢は、2020年代のポップにおいて重要なテーマである。本作では、女性が見られる対象であるだけでなく、見る側、選ぶ側、欲望する側、遊ぶ側として描かれる。
『Planet Her』のサウンドは、全体的に明るく、カラフルで、ダンサブルである。しかし、その明るさは単純な楽天性ではない。楽曲には、誘惑、嫉妬、不安、支配、駆け引き、孤独といった要素も含まれている。Doja Catはそれらを重々しく告白するのではなく、軽やかなフロウやユーモラスな声色で処理する。そのバランスが、本作を現代的なポップ・アルバムにしている。
日本のリスナーにとって『Planet Her』は、2020年代以降の洋楽ポップがどのようにジャンルを横断しているかを理解するうえで非常に分かりやすい作品である。ヒップホップ、R&B、ポップ、ダンス・ミュージックが別々の領域ではなく、ひとりのアーティストの声とキャラクターの中で自然に行き来している。Doja Catの魅力は、技巧的でありながら軽やかで、挑発的でありながら親しみやすく、商業的でありながら独自の奇妙さを失わない点にある。その意味で『Planet Her』は、2020年代ポップの中心的な感覚を凝縮したアルバムである。
全曲レビュー
1. Woman
アルバムの冒頭を飾る「Woman」は、『Planet Her』の世界観を最も明確に提示する楽曲である。アフロビーツやダンスホールの影響を感じさせるリズムに、滑らかなR&Bヴォーカルとポップなメロディが重なり、アルバム全体の官能的でしなやかな雰囲気を作り出している。ビートは軽やかだが、低音はしっかりしており、身体を自然に揺らすグルーヴを持っている。
歌詞の中心にあるのは、女性性の肯定である。Doja Catはここで、自分を恋愛の対象としてだけではなく、力、知性、感情、母性、欲望、魅力を併せ持つ存在として描いている。「woman」という言葉は単なる性別の表明ではなく、複数の役割やイメージを引き受けながら、自分自身を主体的に定義する宣言として機能している。
音楽的には、柔らかな歌唱とラップ的なリズム感のバランスが非常に優れている。Doja Catは声を張り上げるのではなく、流れるようにメロディを乗せる。その中に、言葉の切り方やアクセントの細かい工夫があり、ラッパーとしてのリズム感も感じられる。曲全体はポップで聴きやすいが、ヴォーカルの配置は非常に緻密である。
「Woman」は、アルバムのタイトルである『Planet Her』と直接結びつく楽曲である。この惑星は、女性が自分の欲望と力を自由に表現する空間であり、冒頭曲はその入口として機能する。カラフルでダンサブルでありながら、自己定義の強いメッセージを持つ、非常に効果的なオープニングである。
2. Naked
「Naked」は、タイトル通り、裸になること、つまり身体的・心理的な露出をテーマにした楽曲である。ただし、ここでの裸は単に肉体を見せることだけではない。恋愛や欲望の場面において、自分を隠さずに差し出すこと、同時に相手にも本音を求めることを含んでいる。『Planet Her』におけるセクシュアリティは、受け身のものではなく、自分から状況をコントロールする表現として描かれる。
サウンドは、R&Bとポップの中間に位置し、柔らかいシンセサイザーと滑らかなビートが中心になっている。リズムは派手に跳ねるというより、身体に密着するように進む。Doja Catのヴォーカルは、囁きに近いニュアンスとメロディアスな歌唱を行き来し、親密な空気を作る。
歌詞では、肉体的な接近と感情的な駆け引きが重なる。Doja Catは相手に求められる存在であると同時に、自分も相手を選び、誘導する側にいる。ここでの官能は、相手に支配されるものではなく、互いの緊張の中で自分の魅力を操作する行為として表現されている。
「Naked」は、アルバム序盤において「Woman」の自己肯定的な広がりを、より個人的で親密な空間へ移す曲である。大きなアンセムではないが、Doja Catの声色の巧みさと、R&B的な官能表現の洗練がよく表れている。
3. Payday feat. Young Thug
「Payday」は、Young Thugを迎えたトラックであり、アルバムにトラップ的な浮遊感とラグジュアリーなムードを加えている。タイトルの「給料日」は、金銭、成功、報酬、消費、自己価値の象徴として使われている。Doja Catの音楽において、華やかさや遊びは重要な要素だが、この曲ではその側面がより明確に出ている。
サウンドは軽快で、シンセサイザーの明るい音色と弾むビートが印象的である。重く暗いトラップではなく、ポップに開かれた軽さを持つ。Doja Catのフロウはリズミカルで、言葉を細かく刻みながらも、曲全体を重くしすぎない。Young Thugの参加により、メロディックで脱力したラップの質感が加わり、曲に独特の浮遊感が生まれている。
歌詞では、成功によって得た豊かさや、それを楽しむ態度が描かれる。ここでの消費は単なる物質主義ではなく、自己演出の一部である。Doja Catは、ポップ・スターとしての華やかなイメージを自覚的に扱い、金銭やファッション、ライフスタイルをキャラクター表現へと変換している。
「Payday」は、アルバムの中で比較的軽い印象を持つが、Doja Catのポップ・ラップの器用さを示す重要な曲である。ラップ、メロディ、ユーモア、豪華さを同時に処理しながら、アルバムの宇宙的な遊戯感を広げている。
4. Get Into It (Yuh)
「Get Into It (Yuh)」は、『Planet Her』の中でも特にキャラクター性が強く、Doja Catのラッパーとしての機敏さとインターネット的なユーモアが前面に出た楽曲である。短く、鋭く、非常に中毒性があり、TikTok時代のポップ・ラップを象徴するような構造を持つ。
曲のビートは軽快で、余白が多い。その余白をDoja Catの声、フロウ、言葉遊びが埋めていく。彼女は一つの声色に固定されず、かわいらしさ、挑発、冗談、攻撃性を瞬間的に切り替える。タイトルに含まれる「Yuh」という掛け声も、単なる合いの手ではなく、曲全体のキャラクターを作る重要な音になっている。
歌詞には、自己誇示、ファッション、性的な自信、ポップ・カルチャーへの言及が詰め込まれている。Doja Catはここで深刻なメッセージを語るのではなく、自分のキャラクターを高速で展開する。これは現代のポップにおいて重要な能力である。楽曲は短いながら、声の使い方、フック、リズム、言葉の面白さによって強い印象を残す。
「Get Into It (Yuh)」は、Nicki Minaj以降の女性ラップの影響を感じさせる曲でもある。声の演技、誇張されたキャラクター、コミカルな自己演出、鋭いフロウは、その系譜にある。ただしDoja Catは、それをさらにポップでミーム的な感覚へと接続している。アルバムの中でも、彼女の遊戯性が最も凝縮されたトラックのひとつである。
5. Need to Know
「Need to Know」は、本作を代表するシングルのひとつであり、Doja Catの官能性、ユーモア、ラップのリズム感が見事に結びついた楽曲である。近未来的で宇宙的なシンセ・サウンド、ゆったりとしたトラップ寄りのビート、低く抑えたヴォーカルが、アルバムのSF的なイメージと強く結びついている。
歌詞は非常に直接的に性的好奇心を扱っているが、Doja Catはそれを重々しくも過度にロマンティックにもせず、遊び心を持って表現する。タイトルの「知る必要がある」という言葉は、相手の身体や欲望について知りたいという好奇心を示す。同時に、自分の欲望を隠さずに言語化する主体性も示している。
音楽的には、ミニマルなビートの上でDoja Catの声が重要な役割を果たす。彼女は歌とラップの境界を曖昧にしながら、フレーズごとに音程、発音、声色を変える。低めの声で語るような部分と、メロディアスに浮かぶ部分の対比が、曲に立体感を与えている。
「Need to Know」は、2020年代のポップにおけるセクシュアリティの表現をよく示している。女性が欲望の対象であるだけでなく、欲望を持ち、それを言葉にし、相手を評価する側に立つ。Doja Catはそれを重い政治的宣言としてではなく、ユーモラスで洗練されたポップ・トラックとして提示する。その軽やかさが、曲の強さである。
6. I Don’t Do Drugs feat. Ariana Grande
「I Don’t Do Drugs」は、Ariana Grandeを迎えた甘美なポップR&Bであり、アルバムの中でも特にメロディの美しさが際立つ楽曲である。タイトルは「ドラッグはやらない」という意味だが、歌詞では恋愛の中毒性を薬物になぞらえている。相手に惹かれる感覚が、自分を危うくする依存のように描かれる。
サウンドは柔らかく、きらびやかで、Ariana Grandeの透明感ある高音とDoja Catのしなやかな声がよく調和している。Arianaは楽曲に夢見心地の空気を加え、Doja Catはそこに少し低めの現実感とリズムの鋭さを加える。この対比が曲の魅力である。
歌詞では、相手への強い引力を認めながらも、それに飲み込まれることへの警戒がある。恋愛が快楽であると同時に危険でもあるというテーマは、『Planet Her』全体に通じている。Doja Catは恋愛を純粋な幸福としてだけではなく、駆け引きや依存、選択の問題として描く。
「I Don’t Do Drugs」は、アルバムの中でポップR&Bとしての完成度が高い曲であり、Doja Catがラップだけでなくメロディ主体の楽曲でも強い存在感を持つことを示している。Ariana Grandeとの相性もよく、甘さと危うさが同居した一曲である。
7. Love to Dream
「Love to Dream」は、アルバムの中でも比較的内省的で、夜のR&Bに近い雰囲気を持つ楽曲である。タイトルの通り、夢見ること、理想化された恋愛、現実では満たされない感情への逃避がテーマになっている。『Planet Her』には派手でダンサブルな曲が多いが、この曲ではより柔らかく、少し寂しさを含んだ表情が見える。
サウンドは落ち着いており、メロディは滑らかで、Doja Catの歌唱が前面に出ている。派手なラップやフックよりも、声の流れと空気感が重視されている。彼女はここで、明るいキャラクター性を少し抑え、感情の揺らぎを丁寧に表現する。
歌詞では、恋愛に対する期待や幻想が描かれる。夢を見ることは楽しいが、それは現実の不完全さを補う行為でもある。Doja Catは、相手への思いを完全に信じ切るのではなく、自分が作り出した理想の中で揺れている。この微妙な不安が、曲に深みを与えている。
「Love to Dream」は、アルバムの中でテンションを少し落とし、感情的な奥行きを加える役割を持つ。Doja Catの魅力は派手なフロウやユーモアだけではない。こうした静かな曲でも、声のニュアンスによって世界を作れることが分かる。
8. You Right feat. The Weeknd
「You Right」は、The Weekndを迎えた官能的なR&Bトラックであり、本作の中でも特に夜のムードが濃い楽曲である。Doja CatとThe Weekndはどちらも、欲望、罪悪感、誘惑、曖昧な関係性をポップな形で表現することに長けている。この曲では、その相性が非常に高い水準で結実している。
歌詞のテーマは、パートナーがいるにもかかわらず別の相手に惹かれるという葛藤である。Doja Catは、相手に惹かれていることを認めながら、それが正しいことではないと知っている。タイトルの「You right」は、相手の指摘が正しいことを認める言葉であり、誘惑に対する抵抗と降伏の間にある心理を示している。
サウンドは、滑らかなシンセサイザーと控えめなビートを中心に、夜の空気を作る。The Weekndの声は、曲にさらに官能と罪の感覚を加える。彼のヴォーカルは、Doja Catの柔らかくも挑発的な歌唱と対話するように配置されている。
「You Right」は、恋愛や欲望を単純な善悪で描かない点が重要である。ここには、理性では分かっていても感情が動いてしまう人間の複雑さがある。Doja Catはその葛藤を、重苦しいドラマではなく、洗練されたR&Bの中で表現する。アルバムの中でも、最も完成度の高いデュエットのひとつである。
9. Been Like This
「Been Like This」は、関係が以前とは変わってしまったことを静かに受け止める楽曲である。アルバム中盤以降の中では、特に感情的な重さを持つR&B寄りの曲であり、Doja Catの繊細な歌唱が際立つ。派手なフックよりも、心の距離や違和感を丁寧に描いている。
歌詞では、恋人との関係が以前から悪化していたこと、あるいは相手が変わってしまったことへの気づきが語られる。「ずっとこうだった」という感覚には、突然の別れではなく、少しずつ積み重なった失望がある。これは大人の恋愛における現実的なテーマである。
サウンドは抑制されており、Doja Catの声が中心に置かれる。彼女はここで、過度な感情表現を避けながら、言葉の端々に寂しさをにじませる。ラップ的な技術よりも、メロディの中で感情をコントロールする能力が目立つ。
「Been Like This」は、アルバムの中で恋愛の影を担う曲である。『Planet Her』は華やかで官能的な作品だが、その裏側には不安や諦めもある。この曲があることで、アルバムは単なる自己肯定と誘惑の連続ではなく、関係性の壊れやすさも含む作品になっている。
10. Options feat. JID
「Options」は、JIDを迎えたラップ寄りのトラックであり、アルバムに緊張感と技巧的な切れ味を加えている。タイトルが示すように、ここでのテーマは選択肢を持つこと、つまり恋愛や関係において一人に縛られない自由である。Doja Catは自分が選ばれる側ではなく、選ぶ側であることを明確に示す。
ビートはクールで、余白があり、ラップのフロウを際立たせる構造になっている。Doja Catはリズムに対して非常に柔軟で、メロディとラップの中間を自在に動く。JIDはよりテクニカルで密度の高いラップを持ち込み、曲にヒップホップとしての強度を加えている。
歌詞では、恋愛関係の中で複数の可能性を持つことが、自信や独立性の表現として描かれる。これは単なる浮気性の歌ではなく、相手に依存しない立場を示すものとして機能している。『Planet Her』では、女性が恋愛の中で主導権を持つことが繰り返し描かれるが、この曲はそのラップ版といえる。
「Options」は、Doja Catがポップ・スターであると同時に、ラップの文脈でも十分に存在感を発揮できることを示している。JIDとの組み合わせにより、アルバムの音楽的な幅がさらに広がっている。
11. Ain’t Shit
「Ain’t Shit」は、本作の中でも特に辛辣で、ユーモアと怒りが混ざり合った楽曲である。タイトルからも分かるように、相手への失望や軽蔑を率直に表現している。Doja Catの強みは、こうしたネガティヴな感情を重く沈ませず、鋭い言葉遊びとキャッチーなメロディでポップに変換できる点にある。
歌詞では、頼りにならない男性、誠実さのない相手、期待に値しない関係が批判される。Doja Catはここで、被害者的に嘆くのではなく、相手を見切り、皮肉を込めて切り捨てる。怒りはあるが、それは自分の価値を再確認するための怒りでもある。
サウンドは滑らかで、軽いR&B/ポップの質感を持つ。そのため、歌詞の辛辣さと音楽の聴きやすさの対比が生まれる。Doja Catは声色を巧みに変え、呆れ、嘲笑、冷静さ、少しの傷つきやすさを同時に表現する。これにより、曲は単なる悪口ソングではなく、関係を見切るための自己防衛として響く。
「Ain’t Shit」は、SNS時代の失恋ソングとしても機能する。短く引用しやすいフレーズ、共感を呼ぶ怒り、ユーモラスな語り口があり、Doja Catの言語感覚が強く表れている。アルバムの中でも、彼女のキャラクターが最も鮮やかに出た曲のひとつである。
12. Imagine
「Imagine」は、成功や理想の生活を思い描く楽曲であり、アルバム後半に軽やかな華やかさを加えている。タイトルは、想像すること、夢見ることを意味するが、ここでは現実逃避というよりも、自分が望む世界を思い描き、それを手に入れる自信として機能している。
サウンドは明るく、メロディは滑らかで、曲全体に軽い浮遊感がある。Doja Catのヴォーカルはリラックスしており、成功を誇示するというより、その世界を楽しむように響く。『Planet Her』の宇宙的なコンセプトとも相性がよく、現実から少し離れた豪華なイメージを作る。
歌詞では、豊かさ、自由、魅力的な生活、自分の価値を思い描く姿勢が描かれる。これは「Payday」とも通じるが、「Imagine」の方がより夢想的で柔らかい。Doja Catはここで、成功を手にしたポップ・スターとしての自分を軽やかに演出している。
「Imagine」は、アルバムの中では大きな感情の起伏を担う曲ではないが、作品全体のカラフルな世界観を支える重要なトラックである。Doja Catのポップな軽さと、自己演出の巧みさがよく表れている。
13. Alone
「Alone」は、アルバム終盤でより内省的な雰囲気を作る楽曲である。タイトルの通り、孤独、自己との対話、関係の終わりを受け入れることがテーマになっている。『Planet Her』には自信に満ちた曲が多いが、この曲ではその裏側にある一人で立つことの重みが描かれる。
サウンドは落ち着いており、Doja Catの声が感情の中心になる。ビートは控えめで、メロディはやや寂しさを帯びている。彼女はここで、派手なキャラクター性を抑え、より素直なヴォーカル表現を見せる。
歌詞では、相手と一緒にいることが必ずしも幸福ではなく、一人でいる方が自分を守れる場合があることが示される。これは『Planet Her』の自己肯定のテーマと深く結びつく。自分を価値ある存在として認めることは、相手に求められることだけではなく、不要な関係から離れることでもある。
「Alone」は、アルバム終盤に精神的な着地点を与える曲である。欲望、誘惑、怒り、成功、夢想を経た後に、最終的に自分自身と向き合う時間が訪れる。この曲によって、『Planet Her』はより成熟した作品として響く。
14. Kiss Me More feat. SZA
「Kiss Me More」は、SZAを迎えた本作最大級のヒット曲であり、アルバムのポップな魅力を象徴する楽曲である。ディスコ、ファンク、R&B、ポップが滑らかに融合し、明るく、軽やかで、非常に洗練されたサウンドを持つ。フックは一度聴くと記憶に残り、2020年代初頭のポップを代表する一曲といえる。
歌詞では、キスや親密さをめぐる軽やかな誘惑が描かれる。セクシュアルな内容を含みながらも、重くならず、遊び心と甘さが中心にある。Doja Catの声はリズミカルでチャーミングであり、SZAのヴォーカルはより柔らかく、少し夢見心地の質感を加える。二人の声の相性は非常に良い。
音楽的には、レトロなディスコ/ファンク感と現代的なポップ・プロダクションが結びついている。ベースラインは軽快で、ビートはダンサブルだが過度に派手ではない。サビのメロディは非常に強く、アルバムの締めくくりとしても明るい余韻を残す。
「Kiss Me More」は、『Planet Her』のテーマを最も親しみやすい形で示す曲である。女性の欲望、遊び、関係性の主導権、ポップな快楽が、非常に洗練された形でまとめられている。SZAの参加により、R&B的な柔らかさも加わり、アルバムの最後にふさわしい開放感を生んでいる。
総評
『Planet Her』は、Doja Catが2020年代のポップ・スターとしての地位を決定づけたアルバムである。本作の最大の特徴は、ジャンルを横断する柔軟性と、Doja Cat自身のキャラクター性が完全に結びついている点にある。ポップ、R&B、ヒップホップ、トラップ、ディスコ、ファンク、アフロビーツ的なリズムが曲ごとに現れるが、作品全体は散漫にならない。それは、Doja Catの声、フロウ、ユーモア、セクシュアリティ、演技力が一貫した中心として機能しているからである。
本作では、歌とラップの境界が非常に自然に溶け合っている。Doja Catは、ラップ曲では鋭く言葉を刻み、R&B曲では滑らかに歌い、ポップ曲ではフックを印象的に響かせる。その切り替えは技術的でありながら、過剰に技巧を見せつけるものではない。むしろ、楽曲ごとに最も効果的なキャラクターを選び取る感覚が優れている。これは、SNS時代のポップ・スターに必要な多面性を非常に高い水準で示している。
歌詞面では、女性の主体性が大きなテーマになっている。『Planet Her』におけるDoja Catは、恋愛の対象であるだけではなく、相手を選び、誘惑し、評価し、拒絶し、一人になることも選べる存在として描かれる。「Woman」では女性性を肯定し、「Need to Know」では欲望を率直に語り、「Options」では選択肢を持つことを示し、「Ain’t Shit」では価値のない相手を切り捨て、「Alone」では孤独を受け入れる。これらはすべて、自己決定の物語としてつながっている。
サウンド面では、2020年代初頭のメインストリーム・ポップの特徴がよく表れている。曲は比較的コンパクトで、フックは強く、ビートはダンスやSNSでの拡散に適している。しかし、アルバム全体としては単なる短いヒットの寄せ集めではない。宇宙的なタイトル、滑らかなR&Bの質感、カラフルなポップ・プロダクション、ゲストとの配置によって、作品全体に統一されたムードが作られている。
ゲストの使い方も巧みである。SZAは「Kiss Me More」に柔らかいR&Bの色合いを与え、The Weekndは「You Right」に夜の官能と罪悪感を加える。Ariana Grandeは「I Don’t Do Drugs」に甘美な浮遊感をもたらし、Young Thugは「Payday」に脱力したトラップ的な華やかさを加え、JIDは「Options」にラップの緊張感を与える。しかし、どの曲でも中心にいるのはDoja Catである。ゲストは彼女の世界を広げるために存在しており、アルバムの主導権は常に彼女にある。
歴史的に見ると、『Planet Her』は、女性ラッパーがポップの中心に立つ時代の象徴的な作品である。Nicki Minaj以降、ラップ、ポップ、キャラクター演技、ファッション、ヴィジュアル表現を横断する女性アーティストの流れが強まったが、Doja Catはそこにインターネット世代特有の速度とユーモアを加えた。彼女は重厚なカリスマというより、自在に形を変えるアバターのような存在である。その変幻自在さが、現代的な魅力になっている。
一方で、『Planet Her』は軽さの中に確かな作家性を持つ作品でもある。Doja Catの音楽は、表面的には楽しく、キャッチーで、ミーム化しやすい。しかし、その背後には声のコントロール、リズム感、メロディの処理、言葉遊び、キャラクター設計がある。特に、セクシュアリティをユーモラスに扱いながらも、主体性を失わない表現は本作の重要な強みである。
日本のリスナーにとって『Planet Her』は、現代の洋楽ポップを理解するうえで非常に有効な一枚である。従来の「ポップ歌手」「ラッパー」「R&Bシンガー」という分類では捉えきれないアーティスト像がここにある。Doja Catはそれらをすべて使い分け、曲ごとに最適な自分を作り出す。つまり『Planet Her』は、ジャンルのアルバムである以上に、キャラクターと声のアルバムである。
総じて『Planet Her』は、2020年代のポップ・ミュージックが持つカラフルさ、速度、ジャンル横断性、女性の主体的な表現を高い完成度で示した作品である。軽やかで楽しいアルバムでありながら、Doja Catというアーティストの多才さと時代性を明確に刻んでいる。ポップの即効性、R&Bの官能、ヒップホップのリズム、SNS時代の言語感覚が融合した、現代的なメインストリーム・アルバムの代表作といえる。
おすすめアルバム
1. Hot Pink by Doja Cat
2019年発表。Doja Catを世界的に知らしめた「Say So」を収録し、ラップ、ポップ、R&B、ディスコ的な要素を柔軟に組み合わせた作品である。『Planet Her』ほど統一されたコンセプト性はないが、Doja Catの遊戯性、声色の使い分け、ポップなフック作りの才能がすでに明確に表れている。『Planet Her』の前段階として重要なアルバムである。
2. Ctrl by SZA
2017年発表。現代R&Bにおける重要作であり、恋愛、不安、自己認識、女性の欲望を率直かつ繊細に描いたアルバムである。『Planet Her』の「Kiss Me More」に参加したSZAの作家性を深く知ることができる。Doja Catよりも内省的でR&B色が強いが、女性の主体的な感情表現という点で強く関連している。
3. Sweetener by Ariana Grande
2018年発表。ポップ、R&B、ファレル・ウィリアムスによる変則的なビート、柔らかなヴォーカル・アレンジが融合した作品である。『Planet Her』の「I Don’t Do Drugs」に参加したAriana Grandeの音楽性を理解するうえで関連性が高い。甘美なポップ・サウンドと現代R&Bの洗練を結びつける点で共通している。
4. Queen by Nicki Minaj
2018年発表。女性ラップにおけるキャラクター性、攻撃的なフロウ、ポップとの接続を示す作品である。Doja Catの声色の使い分けやラップにおける演劇性を理解するうえで、Nicki Minajの影響は重要である。『Planet Her』のポップな軽やかさとは異なるが、女性ラッパーが多面的なキャラクターを使い分ける系譜として関連性が高い。
5. After Hours by The Weeknd
2020年発表。シンセポップ、R&B、80年代的なプロダクション、夜の欲望と孤独を組み合わせた作品である。『Planet Her』の「You Right」に参加したThe Weekndの世界観を深く知ることができる。Doja Catのカラフルな惑星とは異なり、より暗く映画的な夜の都市を描くが、官能と罪悪感をポップに変換する点で共通している。

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