
発売日: 2002年5月14日
ジャンル: ブルース・ロック、ガレージ・ロック、パンク・ブルース
概要
『The Big Come Up』は、アメリカ・オハイオ州アクロン出身のデュオ、The Black Keys が2002年に発表したデビュー・スタジオ・アルバムである。 The Black Keys+3ウィキペディア+3Apple Music – Web Player+3
バンドを構成するダン・オーバック(ギター/ボーカル)とパトリック・カーニー(ドラム/プロデュース)は、本作をほとんど自宅の地下スタジオで、極めて低予算・DIYな環境で録音しており、その粗削りさ・生々しさが音に直結している。 ウィキペディア+2The Black Keys+2
録音は2002年1月〜3月、カーニー宅地下「Synth Etiquette Analog Sound」(アクロン)で行われ、プロデュースもカーニー自身が担当。機材も16トラック・デジタル・レコーダーや安価なマイクを使用したというエピソードが残っている。 ウィキペディア+1
そのため、音質・ミキシングともに“極端に整っている”わけではないものの、その荒削りさが「ローファイ・ガレージ・ブルース」というスタイルを明確に打ち出しており、バンドの“オリジナルな始まり”として非常に意味深い一枚だ。
音楽的には、デルタ・ブルースやミシシッピ・ゴスペル、ガレージ・パンクが混ざり合ったようなサウンドであり、たとえばジュニア・キンブロウ(Junior Kimbrough)やR.L.バーンサイド(R.L. Burnside)といったブルース界隈の影響が明らかに聞き取れる。 ウィキペディア+1
また、カバー曲も含まれており、オリジナル曲と並行してバンドがどこから出発したか、何を“継承”しているかをストレートに示している。 ウィキペディア+1
リリース当初は商業的には大ヒットとは言えなかったが、口コミ的にインディー/ガレージ・シーンで支持を集め、その後の The Black Keys のキャリアを形作る土台となった。 ウィキペディア+1
全曲レビュー
収録曲は13曲(CD版)で、原則オリジナル8曲+カバー5曲という構成。 ウィキペディア+1 以下、各曲のポイントを挙げながら、アルバムの流れを追ってみたい。
1曲目:Busted
オープニング「Busted」は、歪んだギター・リフが即座に耳を捉え、“粗さ”を隠そうとしない演奏が印象的である。
これはR.L.バーンサイドの “Skinny Woman” を原題とするとされているカバー曲で、ブルース・ルーツを前面に出した導入となっている。 ウィキペディア+1
歌詞・メロディともに飾らず、まるで倉庫ライブで録ったかのような質感があり、リスナーに「これがバンドの原点だ」と宣言しているようでもある。
2曲目:Do The Rump
続く「Do The Rump」は、ジュニア・キンブロウのカバー(または強い影響)とされるブルース/ゴスペル混在型のナンバー。 アマゾン+1
リズムはやや跳ねており、ギター・ワークも煌びやかではないが刃のような切れ味を持っている。
歌詞・タイトルが示す “Rumpをやれ”=体を動かせ/踊れ、という軽めのノリが、次曲以降の荒々しさへの“ブリッジ”になっていることも興味深い。
3曲目:I’ll Be Your Man
「I’ll Be Your Man」は、本作でも比較的キャッチーなメロディを持つオリジナル曲。
この曲は後年、テレビ・ドラマのテーマ曲としても起用されており、バンドが“シンプルなブルース・ロック”以上の可能性を持っていたことを示している。 ウィキペディア
ギターの歪みとドラムのタイトなビートが掛け合い、ボーカルはややソウルフルに歌い上げており、“荒いながらも構築されている”感覚がここにある。
4曲目:Countdown
「Countdown」は、ややテンポを落としつつも緊張感のある演奏が特徴のナンバーである。
ギターのリフとドラムのビートが反復し、その中で少しずつ音が膨らんでいくような構成が“階段を上る”ような印象を与える。
この流れは、バンドが単なる“ガレージ即興”ではなく、“次に来るものを目指している”という意志を感じさせる。
5曲目:The Breaks
「The Breaks」では、よりギター・ドライブとドラム・ビートが前面に出たロック・ナンバーで、ブルース臭とパンク的な疾走感が交差する。
この曲が示すのは、The Black Keys が“ブルース+ガレージ”の枠を超えて“ロックとして鳴る”ことを目指し始めた瞬間だ。
6曲目:Run Me Down
「Run Me Down」は、マディ・ウォーターズ(Muddy Waters)スタイルのブルース・カバー要素を含んだナンバー。 ウィキペディア
リズムはシンプルだが、その分ギターとボーカルの粗さが際立つ。
“自分を打ちのめしてくれ(Run me down)”という歌詞の投げかけが、バンドの貧しい録音環境ともリンクして聞こえるから興味深い。
7曲目:Leavin’ Trunk
この曲も伝統的なブルースのカバー/変奏であり、バンドのルーツをあからさまに提示するトラックである。
サウンドは録音質が粗く、ドラム・ギターの定位が曖昧なミックスだが、それが逆に“地下のクラブで鳴ってるギター・デュオ”という空気を呼び起こす。
8曲目:Heavy Soul
「Heavy Soul」は、タイトル通り“重い魂”を感じさせるギター・ワークとドラムで構成されており、本作の中でも閃きのある楽曲である。
ギターのサステインやフィードバック、ドラムの押し込みが効いており、ブルース・ロックからの脱却を匂わせる。
9曲目:She Said, She Said
ここでビートルズ (The Beatles) のカバー曲 “She Said, She Said” が登場。オリジナルが1966年発表の曲であるが、The Black Keys はそれを自らのフィルターで再構築している。 アマゾン+1
この選曲はバンドの“ポップ/ロック史へのリスペクト”と、“それをガレージ・ブルースとして鳴らす”という二重構造を示しており、デビュー作としての大胆さと好奇心が感じられる。
10曲目:Them Eyes
「Them Eyes」は、歌詞・演奏共に直球のロック・チューン。
ギター・ソロがやや長めにとられており、バンドが“二人以上”に聞こえる瞬間がある。
録音の粗さを逆手にとった“生きている音”という質感がここでも有効に機能している。
11曲目:Yearnin’
「Yearnin’」は2分弱という短めのトラックながら、切ないギター・フレーズと歌詞に“憧れ/渇望”が宿っており、作品中で感情の芯を担う役割を果たしている。
12曲目:Brooklyn Bound
「Brooklyn Bound」は、タイトルが示すように“都市へ向かう”というモチーフを内包した曲だ。
サウンド的にはやや荒れたドライブ感があり、ライブでの突進力を想像させる。
13曲目:240 Years Before Your Time
アルバムのラスト「240 Years Before Your Time」は、CD版では1分39秒あたりから沈黙が続き、21分以上にわたる無音が挿入されているというトリッキーな仕様がある。 ウィキペディア+1
この余白は、録音の荒さ・ミックスの雑さと並んで、“この先に続く時間”を暗示しているようにも読め、デビュー作としての空虚/期待感を象徴している。
総評
『The Big Come Up』は、The Black Keys のキャリアにおける出発点として、極めて多くの意味を持つ作品である。
その音質・録音環境・演奏・アレンジ全てが“完璧ではない”し、聴きやすさ・プロダクションの精緻さという観点では後年作に劣る。
しかし、だからこそ「原初の衝動」「二人のギター+ドラムという簡素な構図」「ブルースの根源からの出発」というメッセージが鮮やかに、そして純度高く伝わってくる。
同時代のガレージ・リヴァイヴァルやインディー・ロックとは一線を画し、The Black Keys はこの作品で“デュオで、最小限の機材で、最大の衝撃を出せる”という可能性を示した。
バンドとしての成熟、商業的成功という意味では本作は頂点ではないが、「ここからスタートした」という価値において、本作以上に重要な作品は少ない。
録音/ミキシングの粗さをネガティブにとらえる向きもあるが、私見ではその荒さこそが“リアル”だ。倉庫でギターをかき鳴らし、床を叩くドラムの響きを収録したような質感。
その質感を、あえて維持しようとする意思も感じられ、後の作品で増える“きれいに整ったプロダクション”を思えば、この原点のざらつきがファンにとって特別な意味を持つ。
現在、The Black Keys の作品を聴く際には、『The Big Come Up』を「彼らがまだ何者でもなかった時に作った宣言」として、また「何者にも制約されずに自由に鳴らしていた時間の記録」として置く価値がある。
もしこれから彼らを聴き始めるなら、本作をまず“生で鳴った音”として味わい、その後『Thickfreakness』『Rubber Factory』『Brothers』『El Camino』とその進化を辿るのがおすすめだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Thickfreakness / The Black Keys
次作。DIY路線を継承しつつ、よりドライブ感と明快さを増した作品。 - Rubber Factory / The Black Keys
アクロンの長時間録音を経て、より“街のバンド”としての体温が感じられるアルバム。 - Brothers / The Black Keys
大ブレイク前夜の作品。ポップ性とブルース・ロックの融合が明確になった転換点。 - El Camino / The Black Keys
ポップなロックとしての完成度が高く、バンドの知名度を大きく押し上げた一枚。 - Blakroc / The Black Keys & Various Artists
The Black Keys × ヒップホップ/コラボレーション作品。彼らのルーツとジャンル越境を知るうえで興味深い。



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