
発売日: 1999年6月8日
ジャンル: インディーロック、オルタナティヴ・ロック、アートロック、ローファイ
『Terror Twilight』は、Pavement が1999年に発表した5作目のスタジオアルバムであり、
結果的に“ラストアルバム”となった作品である。
90年代USインディーの中心にいたバンドが、
最後の瞬間に見せた緊張感と美しさ、
そして分裂直前の複雑な空気がそのまま刻まれている。
プロデューサーに迎えたのは Nigel Godrich。
当時すでに Radiohead『OK Computer』(1997)で
世界的評価を得ていた名プロデューサーだ。
そのため、Pavement ファンの間では
“ついにPavementにも本格的なプロデューサーがつくのか?”
という期待と不安が渦巻いた。
実際、本作は初期のローファイ感から大きく距離を取り、
サウンドはクリアで、構成は整い、
マルクマスのソングライティングはより深く、
メランコリックで内省的な質感を獲得している。
一方で、バンド内部は対立が激しくなり、
ツアーも緊張続きでメンバーの関係は限界寸前にあった。
その気配が曲の端々に漂い、
“美しいが、不穏”という独特のムードを形成している。
『Terror Twilight』は、
Pavement の“終わり”を象徴するアルバムでありながら、
同時に“次への飛躍”を予感させる音でもある。
この両義性が、本作をバンド最大のカルト作品にしている。
全曲レビュー
1曲目:Spit on a Stranger
静かで美しい名曲。
メロディの透明感とメランコリーが共存する、
マルクマス晩期の代表曲。
穏やかだが、奥に深い孤独が潜む。
2曲目:Folk Jam
緩さの中に奇妙なテンションがある。
Pavement特有の“ゆらぎ”が濃厚に残った曲。
3曲目:You Are a Light
やわらかいギターと浮遊感のあるメロディが心地よい。
光と影が入り混じる“黄昏のロック”。
4曲目:Cream of Gold
重めのギターが前面に出る、ダークなトーンの楽曲。
『Terror Twilight』の影の部分を象徴する曲。
5曲目:Major Leagues
美しく穏やかで、Pavement後期の叙情が詰まった曲。
ファンの間では“最も静かで優しい曲”として高い支持を得る。
6曲目:Platform Blues
ブルースの形式を変形しつつ、
不安定なリズムとノイズが絡む混沌の一曲。
バンド内の緊張感がそのまま音になったような迫力。
7曲目:Ann Don’t Cry
柔らかいコーラスと落ち着いたメロディが印象的。
“終わりを受け入れる穏やかな視線”が曲に漂う。
8曲目:Billie
短いが濃度の高い小品。
マルクマスの内向性が最も研ぎ澄まされた瞬間のひとつ。
9曲目:Speak, See, Remember
緊張感のあるリズムと浮遊するギターが美しい。
“感情の距離”をそのまま音にしたような曲。
10曲目:The Hexx
本作屈指の異色曲。
呪術的なリズムと不穏なギターが渦を巻く。
『WOWEE ZOWEE』期の実験性を濃縮したような名曲。
11曲目:Carrot Rope
明るく締めくくるようで、どこか奇妙なユーモアが利いた曲。
Pavement最後のスタジオ曲として、
“バンドらしさ”と“別れの空気”が絶妙に共存している。
総評
『Terror Twilight』は、Pavement のキャリアにおいて
最も整ったサウンドを持ちながら、
同時に
最も崩れそうな精神状態が刻まれた異色のアルバムである。
特徴を整理すると、
- Nigel Godrich によるクリアで立体的なプロダクション
- Malkmus の内省的・メランコリックな歌詞
- バンド分裂直前の緊張感
- ローファイからの距離と、“丁寧なPavement”という新境地
- 最後のアルバムにして、最も“孤独”を感じる音像
これは単なる“終末の記録”ではなく、
“もしバンドが続いていればこう進化したかもしれない未来”も見える作品であり、
その二重性こそが本作の美しさだ。
同世代の視点では、
・Radiohead(『OK Computer』『Kid A』前夜の空気)
・Built to Spill の叙情的ロック
・Yo La Tengo のメランコリックな世界
などと並べて聴くと、
“インディーの終末期の空気”が際立つ。
おすすめアルバム(5枚)
- Brighten the Corners / Pavement
本作に直結する成熟したソングライティング。 - Slanted and Enchanted / Pavement
原点のローファイ精神を知るために。 - Radiohead / OK Computer
Nigel Godrichプロデュース作として並べると文脈が明瞭。 - Yo La Tengo / And Then Nothing Turned Itself Inside-Out
静かなメランコリーが本作と相性抜群。 - Built to Spill / Keep It Like a Secret
90年代後期の“叙情的ギターロック”の流れで聴き比べたい。
制作の裏側(任意セクション)
本作のレコーディング時、
バンド内部は解散寸前の緊張状態だった。
ライブではマルクマスがステージで自分を縄で縛り始めるなど、
精神的に限界が近づいている様子が漂っていた。
Nigel Godrich は、
「もっとタイトで整ったアルバムにしよう」と提案し、
その結果、
Pavement史上最も“構造的でクリーン”な作品となった。
しかしそのアプローチは、
バンドの脱力美学と衝突し、
レコーディングをさらに難航させることとなった。
とはいえ、
完成した作品はPavementの“最後の結晶”として高く評価され、
解散後もファンの間で特別な位置を占め続けている。
『Terror Twilight』は、
終わりの直前につかんだ一筋の光、
そしてその光が残した長い影を、
凝縮したようなアルバムである。



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