
発売日: 2023年5月19日
ジャンル: アート・フォーク、ミニマル、アメリカーナ、スピリチュアル、コンテンポラリー・クラシカル
『Seven Psalms』は、Paul Simon が2023年に発表した作品である。
80歳を越えたポールが、
人生・死・祈り・自然・赦し を主題に据え、
全37分を“途切れない一続きの組曲”として構成した、
晩年の精神性を極限まで凝縮したアルバムである。
アルバムは、ある夜ポールが
「午前中の夢の中で“詩篇(Psalms)を書け”という声を聞いた」
と語った体験から始まった。
この啓示的なインスピレーションをもとに、
ギターと声を中心にした極めてシンプルな編成で、
“祈るように歌う”という行為へと深く潜っていく。
エレクトロニクスや過剰な編成はほぼ排除され、
代わりに木や空気の響き、
ギターの余韻、微細なコーラス、
そして自然音に近い静穏なテクスチャーが広がる。
近年のポールの実験性(『Surprise』『Stranger to Stranger』)とは距離を置き、
むしろ
『Hearts and Bones』の内省 × 『So Beautiful or So What』の精神性
が静かに融合したような世界観である。
全曲レビュー
※本作は1トラックにまとめられているが、以下は7つの“詩篇”としての区切りをもとにした解説である。
Psalm I:The Lord
アルバムは落ち着いたギターと低く囁く声で幕を開ける。
信仰と自然、神と世界との距離を探る“問い”としての章。
語りとメロディが一体化し、ポール晩年の深い呼吸を感じる。
Psalm II:Love Is Like a Braid
“愛は三つ編みのようにねじれ、絡まり、ほどける”という比喩が美しい。
人生や人間関係の複雑さを、静かな語りで描く成熟のバラッド。
Psalm III:My Professional Opinion
ユーモアと哲学が混ざる異色の章。
“私の専門的意見では…”という軽妙なフレーズに、
老いと知恵のアイロニーが滲む。
Psalm IV:Your Forgiveness
本作の中心ともいえる祈りの音楽。
赦しとは何か、人はどう赦されるのか——
ポールの生涯のテーマが静かに結晶する。
Psalm V:Trail of Volcanoes
旅、自然、時間の流れをモチーフにした章。
ギターの反復が、人生の漂流を象徴するように響く。
Psalm VI:The Sacred Harp(with Edie Brickell)
透明感のあるコーラスで妻エディ・ブリケルが参加。
“聖なるハープ”を手にした少女の物語が、
寓話のように静かに語られる美しい瞬間。
Psalm VII:Wait
アルバムを閉じる静謐な章。
“待ちなさい、すべてはやがてやって来る”
という優しいメッセージが、消えるように溶けていく。
死と再生、終わりと始まりがひとつに重なる余韻が圧倒的。
総評
『Seven Psalms』は、Paul Simon のキャリアの中でも
最も静かで、最も深い精神性を持つ作品である。
特徴を整理すると、
- 37分一続きの“祈りの組曲”という構造
- アコースティック主体の極限的ミニマリズム
- 老い、死、赦し、自然との関係を描く詩的世界
- 実験性よりも“声とギターの本質”を追求
- 晩年の創作における瞑想のような深さ
このアルバムは、
派手さや刺激を求める作品ではなく、
静けさの中にある“生の真実”を見つめるための音楽である。
同時代の比較としては、
・Leonard Cohen 晩年の作品
・Nick Cave『Ghosteen』
・Joan Baez のスピリチュアル寄りの後期作
などが近いが、
ポールはより自然や風景に寄り添った“地球的スケール”を感じさせる。
キャリアの集大成というより、
“人生の最終章を静かに語る私記” のような、
特別な時間の中で作られた作品だ。
おすすめアルバム(5枚)
- So Beautiful or So What / Paul Simon
霊性と哲学が濃密に表れる、ポール後期の重要作。 - Hearts and Bones / Paul Simon
静けさと深い内省の源流。 - Stranger to Stranger / Paul Simon
晩年の音探求の精神が、本作の前段階として響く。 - Leonard Cohen / You Want It Darker
死と向き合う詩人の晩年作として比較が興味深い。 - Nick Cave and the Bad Seeds / Ghosteen
瞑想的で霊的なサウンドと物語性の相性が近い。
制作の裏側(任意セクション)
ポールは本作を、
「言葉や詩が夜中に“訪れる”ように書いた」
と語っている。
レコーディングは限りなくシンプルで、
ほぼギターと声のみ。
周囲の空気、微細なノイズ、指の動きまでもが音楽の一部になっている。
また、アルバムはヘッドホンでの鑑賞を前提にミックスされ、
音像の距離や響きが“祈りの空間”になるよう設計されている。
エディ・ブリケルの参加する章は、
晩年ポールの音楽人生に寄り添う
“私的で美しい家族の肖像”でもある。
『Seven Psalms』は、
Paul Simon というアーティストが人生の最終章にたどり着き、
静かに世界を見つめ直すための、
最も純粋で最も深いアルバムとなった。



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