
発売日: 1997年9月30日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アート・ロック、ポストパンク
『Peace and Noise』は、Patti Smith が1997年に発表したスタジオアルバムである。
前作『Gone Again』で静かな祈りと喪失の再生を描いた彼女は、
本作で再び“社会へ向けた言葉”を取り戻している。
痛みを抱えつつも、外の世界に目を向け、
怒りや希望をはっきりと音楽に刻む姿勢が鮮烈に表れた作品である。
90年代後半、アメリカは政治的にも文化的にも揺れ動いていた。
銃社会の問題、宗教観の分断、消費文化の加速——。
これらはパティが70年代から向き合ってきたテーマでもあり、
『Peace and Noise』では、そうした社会の“ざらつき”が彼女の詩によって再構築されている。
前作の内省的で沈んだ空気とは対照的に、
本作はより外へ向かう力が強く、パティの怒りと慈愛が交差するような作品となった。
サウンド面では、再び Patti Smith Group のバンド感が濃く、
ラフで骨太なギターと、言葉を突き刺すようなヴォーカルが前面にある。
オルタナティヴ全盛期の流れとも呼応しながらも、
パティ自身の70年代からのポエティックな美学が芯として生き続けている。
社会に対する視線と個人的感情が複雑に混ざり合い、
その中で“静けさ(Peace)”と“騒音(Noise)”という二項がぶつかり、
作品全体に緊張感のあるダイナミズムを生んでいる。
『Peace and Noise』は、単なるロックアルバムではなく、
“時代のざわめきを記録した詩の書”のような作品なのだ。
全曲レビュー
1曲目:Whirl Away
陰影のあるギターとリズムが印象的な幕開け。
静と動が交互に揺れる構成で、アルバムの持つ緊張感を象徴する。
不安と覚醒が同時に訪れるような気配が漂う。
2曲目:Spell
声の強さが前面に出た楽曲で、呪文のように言葉が繰り返される。
言葉のリズムとギターの刻みが呼応し、
パティらしい“語りのロック”が存分に発揮されている。
3曲目:Don’t Say Nothing
粗削りなバンドサウンドが特徴で、
沈黙を破るように放たれるコーラスが胸に迫る。
怒りというよりも“もう黙っていられない”という衝動が貫かれている。
4曲目:1959
本作の核ともいえる壮絶なバラッド。
タイトルはチベット動乱の1959年を指しており、
自由と抑圧、祈りと暴力といったテーマを静かに、しかし鋭く描いている。
パティの政治的まなざしが最も強く現れた楽曲である。
5曲目:Speak
リズムが前に出た曲で、
“話せ”という命令形が示すように、
声を発することそのものをテーマとしたエネルギーに満ちている。
6曲目:Solaris
タイトルから感じられるように、流れるような宇宙的スケールを持つ。
淡々とした語りの奥に優しさが滲み、アルバムの緊張を一時和らげる。
7曲目:Memento Mori
死を想起させるタイトルにもかかわらず、
曲調は穏やかで慈しみに近い。
過ぎ去った者たちを静かに見つめる視線があり、
『Gone Again』の情緒がここに再び現れる。
8曲目:Fireflies
短い詩篇のような曲。
火の粉のように瞬く言葉と音が、アルバムの陰影を深める。
9曲目:Dead City
本作で最も攻撃性の高い楽曲。
都市の暴力や荒廃を描く言葉が続き、
轟くリズムとギターが緊迫した雰囲気を作る。
パティの“怒りのロック”が完全に復活したことを示す一曲。
10曲目:Blue Poles
ゆったりとしたテンポに乗せて、
崩壊と再生のイメージが混ざり合う。
音の隙間に感情が漂うような名曲である。
11曲目:Death Singing
アルバムの締めとして、静けさが戻ってくる。
死を歌うのではなく、死と共に歩く姿勢を描くような、
祈りに満ちたエピローグ。
総評
『Peace and Noise』は、Patti Smith の“再生後の第二歩目”であり、
静かな祈りのアルバムだった『Gone Again』と対になる存在である。
喪失を抱えたまま世界に戻ってきたパティが、
再び社会と向き合い、声をあげ、言葉を刺す。
その姿は70年代の彼女を想起させつつも、
90年代という新しい時代を強く生きるアーティストの姿でもあった。
サウンドは荒々しく、言葉は鋭く、
だが同時に深い慈愛も宿している。
まるで“世界のざわめきを抱きしめながら戦っている”ようなアルバムであり、
そこにパティの揺るぎない信念が宿る。
同時代のアーティストと比較すると、
・PJ Harvey の“痛みの力”
・Sonic Youth の“知的なノイズの美学”
・R.E.M. の“静かな政治性”
といった要素と共鳴しつつも、
パティはあくまでも“言葉と詩”を中心に据えることで、
唯一無二の存在感を放っている。
本作が今なお聴き継がれる理由は、
社会の乱れや個人の痛みが複雑に折り重なる現代において、
パティの声が真っ直ぐに届くからだ。
怒りも祈りも飲み込み、
それでもなお“語り続けること”の必要性を示している。
『Peace and Noise』は、そのメッセージが最も強く響く作品の一つである。
おすすめアルバム(5枚)
- Gone Again / Patti Smith
精神性と祈りを中心にした前作。 - Horses / Patti Smith
ロックと詩の融合という原点。 - To Bring You My Love / PJ Harvey
痛みと神性の同居というテーマで響き合う。 - Daydream Nation / Sonic Youth
知的なノイズとアートロックの拡張を知る上で最適。 - New Adventures in Hi-Fi / R.E.M.
90年代的な精神性と社会性の交差点として比較しやすい。
制作の裏側(任意セクション)
『Peace and Noise』の制作には、前作と同様に Patti Smith Group の主要メンバーが参加している。
特にギタリストのLenny Kayeは、70年代からの盟友として本作の方向性を決定づける重要な役割を担った。
録音は過度な装飾を避け、バンドの“その場の温度”を残すような手法で行われ、
粗削りでありながら生々しい質感がサウンドに宿っている。
また、政治的テーマの濃い「1959」では、
パティがチベット問題に強い関心を寄せていたことも影響している。
この曲の録音では、スタジオの照明を落とし、静寂の中で言葉と声を優先するような環境作りが行われたという。
その結果、緊張感のある美しさが楽曲に刻み込まれているのである。



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