
発売日: 1979年6月8日
ジャンル: ロック、ハードロック、ニューウェーブ、ポップロック
『Back to the Egg』は、Paul McCartney & Wings が1979年に発表したアルバムである。
70年代後半の音楽シーンは、パンクとニューウェーブの台頭により大きく揺れ動いていた。
その中でポールは、既に世界的成功を収めた“スーパー・バンド”となった Wings を、
さらに変化させ、新しい世代と対峙する“次のステージ”へと押し出そうとしていた。
本作は、その意思が最も大胆な形で結実した作品である。
『London Town』の静けさと内省から一転し、
『Back to the Egg』は初期ビートルズのスピード感を思わせる攻撃的なロック、
ニューウェーブに接近したタイトなリズム、
そしてシアトリカルで大ぶりなコンセプトが共存する、極めて意欲的なアルバムとなった。
タイトルの“Back to the Egg”には、
「卵(原点)へ戻る」「再出発する」という意味合いが込められている。
実際、ここでのポールは“再びロックの姿勢を取り戻す”ことに注力しており、
複数のスタジオや豪華ゲストを呼びながらも、
型を整えすぎない“荒削りの魅力”を優先している。
また、Wings のメンバー構成が変わり、
ギターにローレンス・ジューバー、ドラムにスティーヴ・ホリ―を迎えたことで、
サウンドがさらにシャープかつ鋭利になった。
その結果、本作はWings の中でも“最もロック寄りで刺激的な作品”となり、
後年の再評価でも人気が高まりつつある。
全曲レビュー
1曲目:Reception
不穏な空気が漂う短いイントロ。
ラジオの電波を拾うような構成で、アルバム全体の“放送コンセプト”を提示する。
2曲目:Getting Closer
本作を代表するハードロック調のナンバー。
ポールの攻撃的なボーカルと、高速のギターワークが新生Wingsの勢いを象徴する。
3曲目:We’re Open Tonight
静かなフォーク調で、アルバムの“夜の物語”に誘う小品。
続く曲との対比が非常に効果的。
4曲目:Spin It On
パンクのスピード感を取り入れた強烈な一曲。
2分台で突き抜ける勢いが爽快で、
当時の若いリスナーに歩み寄ろうとするポールの挑戦が見える。
5曲目:Again and Again and Again
デニー・レインがリードを担当。
Wings のバンド性を感じさせる、ソウルフルで親しみやすい楽曲。
6曲目:Old Siam, Sir
重厚なギターリフが印象的なロックナンバー。
ポールの力強いボーカルが冴え、一気に緊張感を高める。
7曲目:Arrow Through Me
ソウル/AORの質感をまとった柔らかい楽曲。
流麗なキーボードが美しく、アルバムの中で異彩を放つ。
8曲目:Rockestra Theme
ロック史に残る豪華セッション曲。
Led Zeppelin、Pink Floyd、The Who などのメンバーが参加し、
“ロックのオーケストラ”という壮大なコンセプトを体現する。
9曲目:To You
ニューウェーブ的な質感が強い曲。
不安定なシンセとギターが、不気味さと遊び心を共存させる。
10曲目:After the Ball / Million Miles
静かなバラードとブルージーな小曲が連なる二部構成。
ポールの多彩な音楽性が感じられる。
11曲目:Winter Rose / Love Awake
雪景色を思わせる幻想的なメロディから始まり、
美しいラブソングへと流れ込む名曲。
ポールの優しさがしっとりと現れる。
12曲目:The Broadcast
クラシック音楽と朗読が交差する実験的な短いトラック。
アルバムのコンセプト性を補強している。
13曲目:So Glad to See You Here
Rockestra が再登場するエネルギッシュなロック。
祝祭的な空気が溢れ、後半のハイライトとなる。
14曲目:Baby’s Request
ジャズ/レトロポップの影響を受けた、優雅な締め曲。
アルバムの激しさを静かに落ち着かせる役割を持つ。
総評
『Back to the Egg』は、Wings の中でも最も実験的で尖った作品である。
作品の中心には“挑戦”“スピード”“再出発”があり、
ポールは70年代後半の音楽の潮流——
パンク、ニューウェーブ、ソウル、AOR、ジャズの断片を吸収しながら、
独自の形で再構築している。
この“雑多な感触”こそが本作をユニークにしており、
近年の音楽リスナーの価値観とも非常に相性が良い。
完成された一枚の名盤というよりも、
“予測不能な展開を楽しむ冒険アルバム”として存在している。
また、Wings の最終作であるという点も本作を特別なものにしている。
80年代に入り、ポールはソロ活動と新しい表現を優先することになった。
その前夜に制作された本作には、
バンドとしてのWings の自由奔放さと、
70年代ポールの飽くなき探求心が凝縮されている。
同時代のアーティストと比較すると、
・Elvis Costello のニューウェーブ的実験
・ELO のポップスと概念性の融合
・Queen の劇的で多彩な構成力
といった部分と共鳴するが、
『Back to the Egg』はそのどれとも違う“粗削りの魅力”を持つ。
現在における本作の再評価は、
“完成度よりも創造性を楽しむ時代”と結びついている。
その意味で、『Back to the Egg』はむしろ今こそ輝く作品と言える。
おすすめアルバム(5枚)
- McCartney II / Paul McCartney
実験精神が最も強い時期のポールを知るなら必聴。 - London Town / Paul McCartney & Wings
本作との対比が鮮やかな、柔らかい前作。 - Band on the Run / Paul McCartney & Wings
Wings の完成形として再確認したい。 - ELO / Out of the Blue
壮大なポップ概念性との比較に最適。 - Armed Forces / Elvis Costello
当時のニューウェーブ的緊張感を理解するための一本。
制作の裏側(任意セクション)
『Back to the Egg』の制作は、複数のスタジオを跨いで行われた。
特に“Rockestra Theme”の録音では、
ポールが「ロックバンド版のオーケストラ」を作るべく、
Jimmy Page、John Bonham、Pete Townshend、David Gilmour など
超豪華メンバーを集結させた。
これは当時でも異例であり、今では伝説的セッションとして語られている。
また、アルバム全体の“放送コンセプト”は、
当時のテレビ・ラジオ文化を意識したもので、
ポールのアイデア帳には当初、さらに多くの短い断片が並んでいたという。
その残響が「Reception」「The Broadcast」などに残っている。
最後のツアーを目前に本作を完成させたWings だったが、
同時にバンド内部では疲労と方向性のズレも生じていた。
その緊張感が、逆にアルバムの“奇妙で鋭いエネルギー”に繋がっているともいえる。



コメント