
発売日: 2009年3月23日(UK)
ジャンル: ポップ・ロック、アダルト・コンテンポラリー、ソフト・ロック
『Then, Now, Always』は、The Holliesが2009年に発表した通算23作目のスタジオ・アルバムであり、60年代から半世紀にわたる彼らのキャリアを象徴するタイトルを冠した作品である。
“Then, Now, Always”(=かつて、今、そしてこれからも)という言葉が示すように、本作はThe Holliesというバンドの時間的連続性――過去の遺産を抱えながら、今もなお進化し続ける姿――をテーマに据えている。
前作『Staying Power』(2006)で見せた現代的AORサウンドを踏襲しつつ、本作ではより温かみと人間味のある方向へと舵を切っている。
リード・ヴォーカルは引き続きピーター・ハウデンが担当し、トニー・ヒックスとボビー・エリオットという創設メンバーが健在。
彼らの存在が、どれほど時代が変わってもThe Holliesの魂をつなぎ留めている。
このアルバムは、単なる“ベテランの新作”ではなく、“永続する音楽の証明”として位置づけられるべき作品なのだ。
全曲レビュー
1曲目:Hope You Find It(2009ヴァージョン)
前作の冒頭曲を再録し、よりオーガニックなサウンドに仕上げたバージョン。
壮麗なストリングスに代わってアコースティック・ギターとピアノが前面に出ており、アルバム全体の“温かく静かな再出発”を象徴している。
歌詞の“あなたが探しているものを見つけられますように”は、まるでリスナーへの祈りのように響く。
2曲目:Then, Now, Always (Dolphin Days)
タイトル曲にして、本作の中心的テーマを担うナンバー。
「過去・現在・未来」という時間の流れを“イルカの日々”という詩的な比喩で描く、Holliesらしい叙情的な楽曲だ。
軽やかなアコースティック・ギターとハーモニーが波のように重なり、永遠に続く生命の循環を感じさせる。
3曲目:If You See Her
穏やかなテンポで進む切ないラブソング。
“もし彼女を見かけたら伝えてくれ、まだ愛していると”という普遍的な想いを、シンプルなメロディで包み込む。
ピーター・ハウデンの声が年齢を重ねた深みを持ち、感情のニュアンスを丁寧に描き出している。
4曲目:One Touch
リズミカルなギターとエレクトリック・ピアノのグルーヴが心地よいポップ・ナンバー。
“たった一度の触れ合いで人生は変わる”というロマンティックなテーマが、Holliesらしい甘美なハーモニーと共に響く。
アルバムの中でも最も軽やかでラジオ向きな楽曲である。
5曲目:Passionate Love
タイトル通り情熱的な愛を歌ったバラードだが、アレンジは控えめで品がある。
ストリングスとギターの柔らかなアンサンブルが、落ち着いた情熱を演出。
60年代の「The Air That I Breathe」に通じるロマンティックな気配が漂う。
6曲目:Heaven Knows
メランコリックでスピリチュアルな空気を持つミディアム・テンポの曲。
“天はすべてを知っている”というタイトルが示すように、人生への諦観と希望が同時に描かれる。
ピーターの声に滲む“穏やかな祈り”が印象的で、アルバム後半への橋渡し的役割を果たしている。
7曲目:Emotions(新録)
前作『Staying Power』からのセルフ・リメイク。
よりアコースティックで有機的なサウンドに再構成されており、歌詞の“感情の繊細なゆらぎ”がより強調されている。
バンドの音楽観が、より“人間の内面”に焦点を当てていることを感じさせる。
8曲目:She’d Kill for Me
エッジの効いたギターとリズムが印象的な、珍しくシリアスなトーンの楽曲。
愛と執着の境界を描いた歌詞が印象的で、The Holliesの新しい一面を垣間見せる。
70年代の『Russian Roulette』にも通じる緊張感を持つ異色作。
9曲目:I Would Fly
やわらかいピアノとコーラスが心を癒す、スピリチュアルなバラード。
“もし翼があったなら、あなたのもとへ飛んでいくのに”という歌詞は、永遠の愛や失われた絆を象徴している。
The Holliesの長い旅路の中で積み重ねてきた優しさと哀しみが、この曲に凝縮されている。
10曲目:Shine on Me(ライヴ・フィーリング・ヴァージョン)
軽快なテンポでアルバムを明るく締めくくるナンバー。
コンサートを意識したようなアレンジで、コーラスの躍動感が際立つ。
“光よ、僕を照らしてくれ”という言葉には、The Holliesの不屈の音楽精神が込められている。
総評
『Then, Now, Always』は、The Holliesというバンドの“生涯現役”を宣言するアルバムである。
ここには、60年代から一貫して続く彼らの音楽哲学――「誠実なメロディと声の調和」――が息づいている。
そしてその哲学は、2000年代の制作環境においても変わらず、むしろ深まっているようにさえ感じられる。
前作『Staying Power』では現代的な打ち込みサウンドが目立ったが、本作ではより自然で温かみのあるアコースティック志向が強い。
この変化は、The Holliesが“時代の流行”を追うよりも“音楽の本質”に立ち返ろうとしていることを示している。
特にタイトル曲「Then, Now, Always (Dolphin Days)」に象徴されるように、彼らは自分たちの歩みを静かに振り返りながらも、前を見つめている。
ピーター・ハウデンのヴォーカルは、年齢を重ねた優しさと説得力を兼ね備え、かつてのアラン・クラークの感情的な表現とは異なる“穏やかな人間味”を持つ。
その声を支えるのが、今も健在のトニー・ヒックスとボビー・エリオットのリズムセクションであり、長年の経験が生む“安心感”と“音楽的呼吸”が、アルバム全体を包み込んでいる。
また、歌詞面では人生、記憶、再生といったテーマが繰り返し現れる。
これは明らかに、バンドが半世紀にわたる歴史を自らの音で振り返っている証拠だ。
「Heaven Knows」や「I Would Fly」に漂う静かな祈りは、単なる愛の歌ではなく、“時間の流れと共に変化する愛”への賛歌である。
サウンド・デザインも秀逸で、アコースティック・ギター、ピアノ、控えめなストリングスが中心に据えられており、過剰な装飾を排して“純粋なメロディ”の美しさが際立つ。
この点で本作は、60年代『Butterfly』や70年代『Romany』に通じるHolliesの原点回帰的作品とも言える。
『Then, Now, Always』というタイトルは決して誇張ではない。
The Holliesは過去(Then)を大切にし、今(Now)を真摯に生き、そしてこれからも(Always)音楽を紡ぎ続ける。
その姿勢こそ、彼らが“持続する力”=Staying Powerを体現する理由なのだ。
この作品は、キャリアの総括であると同時に、“これからも続く物語の第一章”として聴くべきだろう。
おすすめアルバム(関連・比較)
- Staying Power / The Hollies (2006)
現代Holliesのサウンド基盤を築いたモダンAOR作品。 - Romany / The Hollies (1972)
ヴォーカル交代期の実験作。変化を恐れない精神が共通する。 - Write On / The Hollies (1976)
円熟期の叙情的サウンド。『Then, Now, Always』の穏やかな流れに通じる。 - Zoom / Electric Light Orchestra (2001)
同世代の英国バンドによる“継続する音楽”の象徴的作品。 - Time / ELO (1981)
時間と記憶をテーマにしたアルバムとして、タイトル的にも通じる哲学的近似点を持つ。


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