アルバムレビュー：Parade by プリンス（Prince）

発売日: 1986年3月31日
ジャンル: アートポップ、ファンク、シャンソン、サイケデリック・ソウル

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
制作の裏側
歌詞の深読みと文化的背景
ビジュアルとアートワーク

概要

『Parade』は、プリンスが1986年にリリースしたアルバムであり、
彼の音楽的野心と芸術的洗練が頂点に達した作品である。

このアルバムは、映画『Under the Cherry Moon（アンダー・ザ・チェリー・ムーン）』のサウンドトラックとして制作されたが、
単なる映画音楽にとどまらず、プリンスの芸術的転生の象徴といえる。

『Purple Rain』（1984）でカリスマ的ロック・スターの地位を確立し、
『Around the World in a Day』（1985）で内省と実験を深めたプリンスは、
本作で再びファンクへと回帰しつつ、
クラシック、ジャズ、シャンソン、ヨーロピアン・ポップの要素を融合させた。

黒人音楽の枠を完全に超え、
“ジャンルという概念そのものを演出化する”というアプローチを取ったことで、
『Parade』は音楽と映画とファッションの境界を曖昧にした、総合芸術作品となった。

全曲レビュー

1曲目：Christopher Tracy’s Parade

映画の主人公“クリストファー・トレイシー”のテーマとして書かれた序曲。
華やかなブラスとピアノが奏でる行進曲的リズムが、まさにタイトル通り“パレード”を連想させる。
物語の幕開けを告げるように、陽気でいてどこか哀しげなメロディが印象的だ。
フランス的な洒落たムードの中に、人生の儚さが漂う。

2曲目：New Position

打楽器とスティール・ドラムが跳ねる軽快なリズム。
わずか2分半の短い曲だが、プリンスの多層的なアレンジが凝縮されている。
“体を動かす新しい姿勢を見つけろ”という歌詞には、
音楽的にも人生的にも変化を恐れない姿勢が反映されている。

3曲目：I Wonder U

わずか90秒の幻想的な断片。
ボーカルはプリンスではなく、リサ・コールマンが担当している。
アンビエントな音響とミステリアスなコード進行が続き、
夢と現実の境界を曖昧にする。
アルバム全体の中で“絵画的な筆休め”のような役割を果たしている。

4曲目：Under the Cherry Moon

映画のタイトル曲であり、ジャズやシャンソンの影響が強い美しいバラード。
モノクロ映画の映像美と呼応するように、
ピアノとストリングスが柔らかく絡み合う。
“愛は死よりも甘い”という詩的テーマが、静かな夜のように漂う。

5曲目：Girls & Boys

アルバムのリズム的中心。
ミネアポリス・ファンクの進化形ともいえる洗練されたグルーヴで、
ホーン・セクションとスラップ・ベースが絶妙に絡む。
歌詞では、恋と欲望の駆け引きを軽妙に描きながら、
男女の役割やジェンダーの境界を軽やかに飛び越えている。

6曲目：Life Can Be So Nice

不規則なリズムと転調を繰り返す、まるでジャズ組曲のようなナンバー。
リサ・コールマンとウェンディ・メルヴォワンのコーラスが華やかに響き、
一見ポップだが、内側には不安と狂気が潜む。
“人生は素敵なこともあるけれど、壊れやすい”という二重の意味を持つタイトルである。

7曲目：Venus de Milo

インストゥルメンタルの小品。
タイトルは“ミロのヴィーナス”――芸術の永遠性を象徴する存在。
ピアノと管弦楽が織りなす繊細な旋律は、クラシックのように優美で、
アルバムの中で唯一、完全な静寂と均衡を保つ瞬間である。

8曲目：Mountains

アルバム随一のスケールを持つ名曲。
プリンス＆ザ・レヴォリューションのアンサンブルが頂点に達した瞬間であり、
ゴスペル的なコーラスとポジティブなメロディが、
“困難を越えて愛を信じる”という普遍的メッセージを放つ。
『Purple Rain』のスピリチュアルな後継曲とも言える。

9曲目：Do U Lie?

フランス映画のワンシーンのような洒脱なナンバー。
ヴァイオリンとアコーディオンが主役となり、
プリンスが“恋の嘘”を軽やかに問いかける。
ユーモラスだが、どこか物悲しい――まさに“愛の演劇”の一幕。

10曲目：Kiss

プリンス最大のヒット曲の一つ。
最小限のリズムとファルセット・ボーカルのみで構築された究極のミニマリズム。
ドラムマシン、カッティングギター、ボーカル――それだけで完璧なファンクを成立させている。
“金も地位もいらない、ただの君でいて”というメッセージが、
セクシーでありながらも純粋な愛を描き出す。
この一曲がポップ史に与えた影響は計り知れない。

11曲目：Anotherloverholenyohead

ソウルフルなピアノとホーン・アレンジが印象的なナンバー。
“君には別の恋人ができるだろうけど、それでも俺は君を愛してる”――
そんな切ない告白が、軽やかなリズムの中に溶け込む。
恋愛の終わりを、苦しみではなく美しさとして描くところにプリンスの成熟がある。

12曲目：Sometimes It Snows in April

アルバムのラストを飾る感動的なバラード。
“4月に雪が降ることもある”――
春という生命の象徴の中で、愛の死と再生を静かに描く。
映画の物語と重なるように、亡き友への鎮魂歌として響く。
アコースティック・ギターとピアノ、リサとウェンディのコーラスが、
静かに涙のように降り積もる。
プリンス作品の中でも屈指の名曲であり、彼の死後に再び多くの人々に聴かれた。

総評

『Parade』は、プリンスが“ポップ音楽を芸術へ昇華した瞬間”を記録した作品である。

ファンク、ジャズ、シャンソン、ゴスペル、クラシック――
異なるジャンルを流麗に繋ぎ合わせ、
そのすべてを“演出としての音楽”に変えた。
この構築美こそ、プリンスが“アーティスト”から“演出家”へと進化した証である。

『Purple Rain』が“熱狂と情熱”を描いたなら、
『Parade』は“冷静と叙情”を描いた作品。
サウンドは削ぎ落とされ、空間と沈黙が音楽の一部として機能する。
そしてその洗練の果てに、“Kiss”のようなミニマル・ファンクが生まれた。

映画との一体感も見逃せない。
『Under the Cherry Moon』は白黒映像によるロマンティック悲劇であり、
その物語性を音で支える『Parade』は、
映画以上に“死と愛の寓話”として完成している。

本作をもってThe Revolution名義の最後のアルバムとなり、
この後プリンスは『Sign “☮” the Times』（1987）で再び独自の宇宙を開くことになる。
『Parade』はその前夜、芸術的到達点にして一区切りの美学的終章である。

制作の裏側

録音はフランス・ニースのガーデン・スタジオを中心に行われ、
映画撮影と並行して制作された。
『Parade』ではThe Revolutionのメンバー（ウェンディ、リサ、ドクター・フィンクなど）が
より主体的にアレンジに関与しており、
バンドとしての統一感とアンサンブルの緊密さが際立っている。

プロデュースはプリンス自身とデヴィッド・リヴキン（通称デヴィッドZ）。
ストリングスにはクレア・フィッシャーが参加し、
その繊細なオーケストレーションがアルバム全体に“ヨーロピアンな気品”を与えている。

歌詞の深読みと文化的背景

『Parade』におけるテーマは“愛と死”そして“芸術の永遠性”である。
「Sometimes It Snows in April」では、
愛する人の死を通じて生命の儚さを受け入れる姿が描かれる。
それはプリンス自身の“創造の終わりと再生”の寓話でもある。

また、「Girls & Boys」や「Life Can Be So Nice」では、
80年代の享楽主義を背景にしながら、
その明るさの裏に潜む孤独をほのめかす。
“愛のパレード”とは、人生そのもの――華やかでありながらも一瞬で過ぎ去る行進なのだ。

本作はまた、アメリカン・ファンクの黒人文化的ルーツを超え、
ヨーロッパ的感性と結合した“国境なき音楽”でもある。
それが、プリンスがアメリカ国内よりも先にヨーロッパで評価を高めた理由のひとつでもある。

ビジュアルとアートワーク

ジャケットはモノクロ写真で、
裸の上半身のプリンスが花束を抱え、白い背景に浮かぶように写っている。
その姿は官能的でありながらも儚く、まるで彫刻のよう。
これは“死と再生”“肉体と美”をテーマとした映画と密接に呼応している。

衣装やヘアスタイルもフランス風のロマンティシズムをまとい、
従来のアメリカ的スター像からの脱却を明確に示した。
『Parade』はサウンドだけでなく、視覚と思想を含めた総合芸術作品なのだ。

『Parade』とは、“愛と芸術の終演”を祝う静かな祝祭である。
そこには、死と再生、現実と夢、愛と孤独が交錯する。
プリンスはここで一度すべてを終わらせ、
次の時代へと踏み出すための“美しい別れ”を描いたのだ。