アルバムレビュー：Love Symbol Album by プリンス（Prince and The New Power Generation）

発売日: 1992年10月13日
ジャンル: ファンク、R&B、ニュー・ジャック・スウィング、ヒップホップ、ロック、ポップ

概要

『Love Symbol Album』（通称：ラヴ・シンボル・アルバム）は、1992年にプリンスがThe New Power Generation（NPG）と共に発表した、
愛とアイデンティティをめぐる壮大なコンセプト・アルバムである。

タイトルは“LOVE SYMBOL”（愛の象徴）と呼ばれる独自のシンボルマーク「☮️♀️⚥（後の改名時に使用）」を冠し、
この作品を境にプリンスはアーティストとしての名義を脱ぎ捨て、“記号”へと変化していく。

前作『Diamonds and Pearls』（1991）の商業的成功を受け、
より壮大で実験的なアプローチが試みられた本作は、
ロマンス、信仰、社会批評、そしてメディアとの闘いをテーマとした音楽的寓話である。

アルバムには架空の登場人物が登場し、
“ミステリアスな女性記者（メイテ・ガルシアが演じる）”とプリンス＝シンボルとの関係を軸に、
“真実と愛の探求”という物語が展開される。

全体の構成はシアトリカルで、
ポップでありながら哲学的、肉体的でありながら精神的――
プリンスの芸術的ヴィジョンが最も複雑に交錯した作品である。

全曲レビュー

1曲目：My Name Is Prince

冒頭を飾る強烈なファンク・アンセム。
タイトルの“名乗り”は、彼の自己再定義の宣言である。
威厳あるビートとラップ、ブラスが炸裂し、
「私は神の息子、王の中の王」という歌詞が彼の信仰と自信を象徴する。
Tony M.のラップも加わり、90年代的なストリート感覚を導入。
まさに“神聖なるヒップホップ”の幕開け。

2曲目：Sexy MF

ジャズ的なホーンと生グルーヴが絡み合うセクシュアル・ファンク。
“Sexy motherf***er”という挑発的なフレーズで知られるが、
その本質は“肉体の美しさと神聖さを賛美する儀式”である。
プリンスのセクシュアリティが最も自由かつ肯定的に表現された名曲。
ライヴでは常に観客を熱狂させる定番ナンバー。

3曲目：Love 2 the 9’s

爽やかなポップ・ソウル調のトラック。
ラップとコーラスが軽快に交錯し、愛の多様性を祝福する。
“愛の尺度は無限だ”というメッセージが、
プリンスのユートピア的理想を体現している。
NPGのアンサンブルが明るく、アルバムの緊張を一度解きほぐす。

4曲目：The Morning Papers

アルバム随一のロマンティックな楽曲。
メイテ・ガルシアとの恋愛を暗示するバラードで、
“新聞に載るような愛”＝“公にされる運命的な関係”を歌う。
ギターソロとピアノの美しさが際立ち、
『Purple Rain』の感傷を思わせる純粋なラブソング。

5曲目：The Max

疾走感のあるファンク・ロック。
“限界を超えろ”というメッセージをエネルギッシュに放つ。
リズム構成は複雑で、NPGの技術力が際立つ。
プリンスがバンドを通じて新しい世代の音楽的“力”を誇示した象徴的トラック。

6曲目：Blue Light

レゲエ調の軽やかなリズムが印象的な異色曲。
柔らかくユーモラスなムードの中に、
“心の安らぎを求める恋人たち”の物語が隠されている。
プリンスの多彩な音楽性が自然体で表れる。

7曲目：I Wanna Melt With U

濃密な官能を描くスロウ・ファンク。
タイトルどおり“君と溶け合いたい”という肉体的願望を、
スピリチュアルな光で包み込む。
音数を抑えた空間的サウンドが魅惑的で、
『Sign “☮” the Times』の余韻を感じさせる。

8曲目：Sweet Baby

美しいメロディとピアノが主導する穏やかなソウル・ナンバー。
“涙を拭いて、君は愛されている”という優しいメッセージが込められ、
アルバムの中で最も人間的で静かな瞬間を提供する。

9曲目：The Continental

ファンクとロックが融合したダンサブルな曲。
リズムの跳ね感とギターリフが強烈で、
愛の冒険をテーマにしたスリリングな展開を見せる。
映画的な構成で、プリンスの演出家的センスが光る。

10曲目：Damn U

ロージー・ゲインズの影響を感じさせる官能的スロウ・ジャム。
“君に呪われたように恋してしまう”という甘美な表現が印象的。
サックスの旋律とプリンスのボーカルが絡み、
夜の静寂を切り裂くような美しさを放つ。

11曲目：Arrogance

わずか2分半の短いファンク・スケッチ。
攻撃的で挑発的なトーンが、彼の“自己神話解体”を示唆する。
プリンスがメディアやレーベルに対して感じていた苛立ちを反映しているとも言われる。

12曲目：The Flow

Tony M.のラップを中心に展開する、
ヒップホップ寄りのトラック。
“流れを止めるな”というタイトルどおり、
音楽のエネルギーが連続的に進化していく。

13曲目：7

アルバムを象徴する名曲にして最大のハイライト。
中東音楽の要素を取り入れた神秘的サウンドの上で、
“七人の敵を愛によって倒す”という寓話的ストーリーが展開される。
宗教的比喩と愛の啓示が融合した、プリンスの信仰哲学の結晶。
ミュージックビデオではメイテとともに幻想的な儀式的映像が展開され、
“愛＝救済”という彼の思想を象徴する。

14曲目：And God Created Woman

聖書の一節をモチーフにした、官能と信仰の狭間を描く静謐な楽曲。
アコースティック・ギターとピアノが織りなす柔らかい音像。
女性を“神の創造物”として崇拝する姿勢が、
『Lovesexy』の精神性を引き継ぐ。

15曲目：3 Chains o’ Gold

アルバム中もっとも劇的な構成を持つプログレッシブ・ファンク。
“愛・裏切り・神の試練”をテーマとする宗教的叙事詩で、
プリンスが音楽の枠を超えて映画的ナラティヴを展開する。
ギターソロは圧巻であり、プリンスの演奏家としての頂点を示している。

16曲目：The Sacrifice of Victor

アルバムのエンディングを飾るゴスペル・ナンバー。
黒人社会における信仰と希望をテーマにし、
“我々は犠牲を経て愛を得る”という普遍的真理で締めくくる。
プリンス自身の生い立ちとアフロ・スピリチュアリズムが重ね合わされた、
力強い祈りの歌である。

総評

『Love Symbol Album』は、プリンスのキャリアにおける最も野心的かつ象徴的な作品である。

ここで彼は、“アーティストとしての自我を象徴化する”という前人未踏の試みを行った。
音楽的には、80年代のファンク／ポップを経たプリンスが、
90年代的ヒップホップやニュー・ジャック・スウィングの文脈を吸収し、
バンド・アンサンブルによる生命感と統合した意欲作。

物語性を帯びた構成は、まるでオペラや宗教劇のよう。
“愛＝神＝真理”という彼の哲学が、
肉体的な表現と精神的覚醒の両面から描かれている。

『7』『My Name Is Prince』『Sexy MF』のような代表曲群は、
彼の二面性――聖と俗、愛と欲、光と闇――を最も明確に体現しており、
この二項対立の中でこそプリンスの芸術は輝く。

批評的には賛否両論を呼んだが、
その複雑さこそが本作の魅力であり、
プリンスが“アーティストではなく概念”へと進化した瞬間を記録している。

制作の裏側

録音はミネアポリスのペイズリー・パーク・スタジオで行われ、
NPGのメンバー（ロージー・ゲインズ、トニー・M、リーヴァイ・サイカー、マイケル・Bなど）が全面参加。
当時の恋人メイテ・ガルシアが物語の重要な役割を担い、
後に彼女はプリンスのステージ・パートナー兼妻となる。

また、レコード会社との緊張関係が高まりつつあった時期でもあり、
“Love Symbol”というアイコンは、彼の音楽的自由の象徴でもあった。
この作品以降、プリンスは“名前を持たないアーティスト”として活動を始めることになる。

歌詞の深読みと文化的背景

『Love Symbol Album』は、プリンスの神話的世界観の中でも最も明確に宗教的・性的・社会的メッセージが交錯する作品である。

「7」では“敵を愛で打ち倒す”というキリスト教的パラドックスが歌われ、
「The Sacrifice of Victor」では黒人文化と信仰のルーツを再確認する。
一方で「Sexy MF」や「I Wanna Melt With U」は、
性そのものを神聖視する“エロス神学”を体現している。

このように、プリンスは“肉体と魂”“信仰と快楽”を二項対立ではなく、
ひとつの円環として描く。
それこそが彼の一貫した芸術思想――「愛こそが神」という信念である。

ビジュアルとアートワーク

ジャケットには金色のLOVE SYMBOLが中央に浮かび、
その背後には神殿のような構造とプリンスのシルエット。
ミュージックビデオ群（特に「7」「My Name Is Prince」「Sexy MF」）では、
宗教的モチーフと官能的演出が融合し、
音楽・映像・思想が完全に一体化している。

このアルバム以降、プリンスは“自らの身体を神殿とする”表現を強化し、
アートと現実の境界を溶かしていく。

『Love Symbol Album』は、
プリンスが“人間”から“象徴”へと変貌した瞬間の記録であり、
愛・信仰・肉体・芸術――すべてを結びつけた壮大なスピリチュアル・マニフェストである。
それは、彼自身の存在が音楽そのものに昇華した瞬間なのだ。