
1. 歌詞の概要
「Bring Your Daughter… to the Slaughter」は、Iron Maidenが1990年に発表したアルバム『No Prayer for the Dying』に収録された楽曲であり、シングルとしてもリリースされた。イギリスではバンド唯一の全英シングルチャート1位を獲得した曲として知られている。
歌詞は、一見するとダークで挑発的なタイトルの通り、不穏で背徳的なイメージに満ちている。「娘を屠殺へ連れて行け」という衝撃的なフレーズは比喩的に使われ、性的誘惑、罪と罰、そして人間の本能的な衝動を描いている。主人公は欲望と死の影に翻弄されながら、抗えぬ運命へと突き進んでいく。単純なホラー的イメージではなく、聖書的な罪の意識と人間存在の暗黒面が重ねられているのが特徴である。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲はもともとブルース・ディッキンソン(ヴォーカル)がソロとして映画『A Nightmare on Elm Street 5: The Dream Child(エルム街の悪夢5)』(1989年)のサウンドトラック用に書いたものである。その後、Iron Maidenのアルバム用に再録音され、シングルとしてリリースされることになった。
当時のIron Maidenは、シンセを導入した壮大な『Somewhere in Time』『Seventh Son of a Seventh Son』路線から一転し、シンプルで荒削りなロックンロール的サウンドへと回帰していた。『No Prayer for the Dying』はその変化を象徴するアルバムであり、「Bring Your Daughter… to the Slaughter」もヘヴィでシンプルなリフとキャッチーなコーラスによって、メイデンの新たな方向性を示していた。
全英シングルチャートで1位を獲得したことは大きな話題となったが、その挑発的な歌詞やタイトルは当時のメディアや宗教団体から批判も浴びた。しかしIron Maidenにとっては、まさに「反逆と挑発の象徴」として受け止められたのだった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(歌詞引用元:Iron Maiden – Bring Your Daughter… to the Slaughter Lyrics | Genius)
Bring your daughter, bring your daughter to the slaughter
娘を連れて来い、屠殺場へと
Let her go, let her go, let her go
行かせてしまえ、そのまま、彼女を
So, let her go!
だから、行かせてしまえ!
You’re mine and you belong to me, yeah
お前は俺のもの、俺に属しているんだ
このフレーズは性的・宗教的なイメージを交錯させ、欲望と罪、所有と破滅というテーマを象徴的に描いている。
4. 歌詞の考察
「Bring Your Daughter… to the Slaughter」は、その挑発的なタイトルから「問題作」として語られることが多いが、歌詞を注意深く読むと単なる暴力や残虐性ではなく、「欲望に翻弄される人間の宿命」をテーマとしていることが見えてくる。
「娘を屠殺場へ連れて行け」という言葉は、性的誘惑や無垢の喪失を暗示し、人間が抗えない衝動や破滅的な欲望を象徴している。聖書的には「罪の罰」を思わせ、肉体的な欲望と精神的救済の対立を表現しているとも解釈できる。
また、この曲はブルース・ディッキンソンのシニカルなユーモアと演劇的な歌唱が強調されており、アイロニーを込めた「恐怖と快楽の寓話」として聴くのが適切だろう。メタルの持つ背徳的魅力を体現した楽曲とも言える。
音楽的には、重厚でシンプルなギターリフと印象的なコーラスによって、一種のカルト的な高揚感が生まれている。『No Prayer for the Dying』というアルバムの中でも際立った存在感を持ち、ライブでも強烈な盛り上がりを生む楽曲である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Holy Smoke by Iron Maiden
同じアルバム収録で、宗教をシニカルに風刺した楽曲。 - Be Quick or Be Dead by Iron Maiden
社会批判的で攻撃的な90年代初期の代表曲。 - Fear of the Dark by Iron Maiden
人間の恐怖と心理を描いた名曲で、ライブでも定番。 - Bark at the Moon by Ozzy Osbourne
ホラー的イメージを取り入れたメタルの代表曲。 - Symphony of Destruction by Megadeth
欲望と権力の破壊性を歌う社会派メタル。
6. 挑発的タイトルで1位を獲得した異色作
「Bring Your Daughter… to the Slaughter」は、Iron Maidenのディスコグラフィーの中でも特異な位置を占める楽曲である。挑発的なタイトルと歌詞は物議を醸したが、結果的にバンド唯一の全英シングルチャート1位を記録し、その名をさらに不動のものにした。
それはIron Maidenが単なるメタルバンドではなく、「社会を挑発し、時に論争を巻き起こす存在」であったことを象徴するエピソードでもある。背徳的でダーク、しかしどこかシニカルな魅力を放つこの曲は、メイデンの反逆精神を凝縮した異色のアンセムとして今も語り継がれているのである。
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