No Cars Go by Arcade Fire（2007）楽曲解説

1. 歌詞の概要

「No Cars Go」は、Arcade Fireが2007年に発表したセカンドアルバム『Neon Bible』に収録されている楽曲である。実はこの曲は、バンドがまだインディーズ時代にリリースしたEP『Arcade Fire』（通称：Self-Titled EP, 2003年）にすでに存在していたが、『Neon Bible』に収録する際に大幅にアレンジと録音が刷新され、より壮大で完成度の高い形に生まれ変わった。

歌詞のテーマは「逃避」と「理想郷」への憧れである。タイトルの「No Cars Go」とは、「車が行けない場所」、すなわち現実世界の喧騒や抑圧から隔絶された場所を意味している。その場所は子どもの夢やファンタジーの延長のようでもあり、また大人が失った純粋な自由を象徴しているようにも感じられる。歌詞全体はシンプルながら反復が多く、まるで祝祭のようにリスナーを包み込む。Arcade Fire特有のオーケストラ的サウンドと合唱的ボーカルが重なり合い、聴く者を「車が届かないユートピア」へと連れていくのである。

2. 歌詞のバックグラウンド

Arcade Fireは、2004年のデビューアルバム『Funeral』で一躍世界的な注目を集め、その後に続いた『Neon Bible』では宗教や社会批判といった重いテーマを前面に押し出した。しかし「No Cars Go」はその中で異彩を放ち、むしろ無垢な解放感やファンタジーに満ちた楽曲としてアルバム全体の重苦しさを和らげる役割を果たしている。

もともと『Arcade Fire EP』版は粗削りでシンプルなアレンジだったが、『Neon Bible』収録版では壮大なストリングス、アコーディオン、ブラス、ドラムの爆発的リズムによってスケール感が増している。ライブでも定番曲となり、観客が一体となってコーラスを歌う場面は、Arcade Fireのコンサートの象徴的瞬間のひとつとなっている。

また、この楽曲は「現実からの逃避」というテーマをポジティブなものとして描いている点が興味深い。『Neon Bible』の他の曲が宗教や戦争、メディアといった社会問題を批判的に描くのに対し、「No Cars Go」はむしろそうした重苦しい世界から飛び出し、理想郷へ向かう「希望の扉」として存在している。これはバンドにとっても重要な意味を持ち、音楽そのものが逃避であり、ユートピア的空間を生み出す手段であることを強調しているように思える。

3. 歌詞の抜粋と和訳

（引用元：Genius Lyrics）

Between the click of the light and the start of the dream
灯りが消えて夢が始まる、その瞬間の狭間で

We know a place where no planes go
俺たちは知っている、飛行機も行けない場所を

We know a place where no ships go
俺たちは知っている、船もたどり着けない場所を

No cars go where we know
車も行けない、俺たちだけが知る場所へ

ここで繰り返される「No planes」「No ships」「No cars」というフレーズは、現実世界の交通手段すべてを拒否することを意味しており、それはすなわち「現実の論理では到達できない夢の世界」を暗示している。

4. 歌詞の考察

「No Cars Go」は、Arcade Fireの中でも特に普遍的な魅力を持つ楽曲である。その理由は、歌詞の抽象性と音楽的な高揚感が合わさることで、聴く者一人ひとりが「自分の理想郷」をそこに重ね合わせることができるからである。

歌詞の反復は、子どもの遊び歌や祈りのようにも感じられる。そこには「もう一度純粋な夢を見たい」という願望が込められているのではないだろうか。「灯りが消えて夢が始まる瞬間」は、現実と非現実の境界線を象徴しており、その先にある場所は現代社会の合理性やテクノロジーでは到達できない「心の聖域」なのだ。

『Neon Bible』全体の文脈で見ると、この曲はアルバムを貫く批判的・重苦しい視点に対する「もうひとつの回答」である。すなわち、現実を変えられないとき、人は夢や音楽の中に新しい世界をつくりだす。それは単なる逃避ではなく、創造的な抵抗の形でもあるのだ。ライブで観客が大合唱をするのも、この曲が「みんなで共有できるユートピアの瞬間」を音楽的に体現しているからだといえる。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

• Wake Up by Arcade Fire
  壮大なコーラスが特徴の「理想郷」への讃歌。
• Sprawl II (Mountains Beyond Mountains) by Arcade Fire
  日常の閉塞感を突破しようとする、幻想的なダンスナンバー。
• Road to Nowhere by Talking Heads
  「どこへ行くかわからない旅」を祝福する楽曲。
• Mr. Blue Sky by Electric Light Orchestra
  現実を超えた明るさと祝祭感を持つ名曲。
• Dream Baby Dream by Suicide
  夢と逃避を祈りのように繰り返すミニマルな名曲。

6. 理想郷の音楽としての「No Cars Go」

「No Cars Go」は、Arcade Fireの音楽が単なる批評や告発に留まらず、人々を救い、解放する力を持っていることを示す楽曲である。重苦しい社会の現実を直視しながらも、彼らは音楽を通じて「車が行けない場所」すなわち「希望の地」を示してくれる。だからこそこの曲は、リリースから時間が経った今でもライブのハイライトであり、ファンにとって特別な意味を持つのである。

Arcade Fireが掲げる「音楽によるユートピア」の象徴、それが「No Cars Go」なのだ。