
発売日:2006年7月25日
ジャンル:Hip Hop / R&B / Pop / Funk
概要
Pharrell Williamsのソロ名義でのデビュー・アルバム『In My Mind』は、The Neptunesのプロデューサー、N.E.R.Dのメンバーとしてすでに2000年代のポップ/ヒップホップを大きく動かしていた彼が、自分自身を主役に置いた2006年作である。The Neptunesでの相棒Chad Hugoも一部で制作に関わるが、アルバムの中心はPharrell自身のプロダクションと歌、ラップにある。Gwen Stefani、Kanye West、JAY-Z、Snoop Dogg、Pusha Tらを迎えながら、ゲストの個性よりPharrellの音楽観が前に出る構成になっている。
サウンドは、硬く乾いたドラム、隙間の多いシンセ、反復する短いフレーズ、ファルセットを中心としたR&Bと、Pharrell自身がラップするヒップホップに大きく分かれる。豪華な時代のメインストリーム作品でありながら、楽器を大量に重ねるより数個の音を目立たせるThe Neptunesらしい引き算が基本だ。歌詞では恋愛や性的な駆け引きと並んで、成功、金、ファッション、自信といったテーマが繰り返される。後年の『G I R L』ほど歌手として一本化されておらず、プロデューサー、ラッパー、R&Bシンガーという複数のPharrellが一枚の中で競い合っているところに、デビュー作らしい面白さと不均一さがある。
全曲レビュー
1. 「Can I Have It Like That」
Gwen Stefaniを迎えたオープニング曲で、低く反復するベースと乾いたドラム、短い電子音だけで大きな空間を作る。Pharrellは歌よりラップを中心にし、成功後の生活や高級品を次々に並べながら、自分が望むものを手にできる立場を誇示する。Stefaniのフックは極端に簡潔で、旋律というよりリズムの一部として機能する。音を足すのではなく空白を残すことで威圧感を生む、2000年代The Neptunesの美学が凝縮されている。
2. 「How Does It Feel?」
鋭いドラムと反復するシンセを背景に、Pharrellが自分の成功を確認するようにラップする。タイトルの問いかけは内省というより、成功した現在の立場を周囲へ見せつける挑発に近い。トラックは低音を過剰に埋めず、声の周囲に大きな余白を取るため、一つひとつの言葉とドラムが強く聞こえる。華やかな内容に対して音が意外なほど簡素なのが特徴で、プロデューサーとしての自信がそのままアレンジに表れている。
3. 「Raspy Shit」
タイトル通り、滑らかなR&Bとは反対側にあるざらついたラップ曲である。Pharrellは短い言葉をリズムへ細かく合わせ、メロディより声の響きとフロウを優先する。成功や自身のスタイルを語る内容にも、当時のヒップホップにおけるプロデューサー兼スターとしての立場が反映されている。トラックも装飾を抑え、同じ音型を繰り返すことで催眠的な感触を作るため、序盤のラップ中心の流れをさらに硬くしている。
4. 「Best Friend」
それまでの自己誇示から離れ、友情や身近な人々との関係へ視線を移す。柔らかな鍵盤と抑えたビートによって声を前へ出し、Pharrellもラップを使いながら普段より個人的な内容を語る。成功した現在だけではなく、それ以前から自分を支えた関係へ目を向けるため、序盤の豪華な生活を並べる曲とは温度が大きく異なる。ラッパーとしての技術を見せるより、自分の背景を説明することを優先した一曲である。
5. 「You Can Do It Too」
軽いシンセと跳ねるドラムを使い、成功を自分だけの特権として誇るのではなく、聴き手にも可能性があると呼びかける。もっとも、歌詞にはPharrell自身の成功体験や物質的な豊かさも色濃く残るため、純粋な自己啓発曲にはならない。フックを単純にして繰り返すことでメッセージを直接伝え、複雑な展開は避けている。前半の自慢を別の方向へ転換し、成功を共有可能な目標として扱う曲だ。
6. 「Keep It Playa」
Slim Thugを迎え、ゆったりしたビートの上で力を抜いたラップを聞かせる。派手に音を詰め込まず、低音とドラムの間に大きな隙間を作るため、二人の声の違いがはっきりする。「playa」としての振る舞いをめぐる歌詞は当時のヒップホップ的な自己演出に強く根差しており、アルバムの中でも特に時代性が濃い。Pharrellの軽い声とSlim Thugの低い声を対比させたことが、シンプルなトラックに変化を与えている。
7. 「That Girl」
Snoop Doggをフィーチャーし、アルバムの前半から後半へ向けてR&B色を強める。滑らかなベースと柔らかな鍵盤に乗せたPharrellのファルセットは、それまでのラップ中心の曲より親密な距離で聞こえる。歌詞では過去の女性との関係を振り返り、成功や自信だけでは処理できない未練を残す。Snoop Doggの落ち着いたフロウもトラックの余裕ある感触によく合い、本作の中でも歌とラップの接続が自然な一曲である。
8. 「Angel」
軽やかな鍵盤と弾むリズムを中心にしたポップ寄りのR&Bで、Pharrellの高い歌声が全面に出る。相手を「angel」と呼ぶ歌詞は非常に直接的で、複雑な物語より恋に浮かれた感覚をメロディで伝える。コーラスは明るく開き、前半の硬いヒップホップとは対照的に色彩も柔らかい。後年のPharrellが歌手として前面に出るポップ路線を予告するような曲で、アルバムの性格を大きく切り替えている。
9. 「Young Girl / I Really Like You」
二つのパートを組み合わせた曲で、前半と後半でリズムや雰囲気を変えることで、単純なラブソングより長い展開を作る。Pharrellはファルセットを中心に、相手への強い関心を繰り返し表現する。音の切り替えによって感情の温度も変化し、一つのアイデアを短いフックだけで終わらせず、組曲に近い形へ発展させている。簡潔な曲が多いアルバムの中では、構成そのものを聞かせる例外的なトラックだ。
10. 「Take It Off (Dim the Lights)」
夜の親密な場面を扱ったR&Bで、強いドラムより柔らかな鍵盤とボーカルの重なりを優先する。タイトルが示す通り性的な内容を直接扱うが、音楽は攻撃的ではなく、照明を落とした部屋を思わせる抑えた質感で進む。Pharrellのファルセットは歌唱力を誇示するより、トラックの滑らかな音色の一部として使われる。アルバム後半がヒップホップからR&Bへ明確に重心を移したことを示す曲である。
11. 「Stay with Me」
Pusha Tを迎え、恋愛を扱いながら再びラップと歌を組み合わせる。Pharrellの柔らかなボーカルに対し、Pusha Tの硬く明瞭なラップが入ることで、同じトラックの中に異なる温度が生まれる。相手にそばにいてほしいというフックは単純だが、そこへラップを置くことで甘いバラードだけにはならない。The Neptunes周辺で長く仕事をしてきたPusha Tとの相性もよく、プロデューサーとしてのPharrellの人脈が音楽的に機能している。
12. 「Baby」
細かなリズムと柔らかなシンセを使ったR&Bで、Pharrellは高音域を中心に軽く歌う。恋愛や身体的な親密さを扱う点では後半の流れを引き継ぐが、アレンジは特に簡潔で、短いフレーズの反復によって曲を成立させている。豊かなコードを次々に使うより、数少ない音を適切な場所へ置くThe Neptunes的な考え方がよく見える。派手なゲストを置かず、Pharrell自身の声とトラック制作に焦点を絞った一曲だ。
13. 「Our Father」
アルバム終盤で、それまでの恋愛や成功から宗教的な内省へ視点を移す。題名はキリスト教の「主の祈り」を連想させ、Pharrellは自分の成功を完全に自力だけの成果として扱うのではなく、より大きな存在への感謝や祈りへ向かう。トラックも比較的落ち着いており、華やかな生活を語ってきた前半との対比が強い。アルバムの人物像に精神的な側面を加えることで、終盤の空気を変えている。
14. 「Number One」
Kanye Westを迎えた明るいポップ/R&Bで、弾むシンセと軽快なドラムの上をPharrellのファルセットが進む。相手を自分にとっての「ナンバーワン」と呼ぶ内容は非常に素直で、複雑な比喩よりサビの即効性を重視する。Kanyeのラップも曲を壊すほど前へ出ず、Pharrellのメロディを補強する役割に収まっている。アルバム終盤で再び色彩を明るくし、ヒップホップとポップの中間にあるPharrellの得意領域を示す。
15. 「Show You How to Hustle」
最後はLaurenをフィーチャーし、恋愛中心だった後半から再び成功や「hustle」をめぐる話題へ戻る。冒頭から続いてきたPharrellの成功者としての人格を締めくくる曲で、仕事や金、上昇志向がラップの中心となる。アルバム全体を感傷的な結論へ導くのではなく、最後まで自信と自己演出を保つ構成だ。『In My Mind』が内省的なシンガーソングライター作品ではなく、2006年時点のPharrellが持つ複数の顔を提示するアルバムであることを再確認させる。
総評
『In My Mind』の特徴は、Pharrellが「自分は何者か」を一つに絞っていないことである。前半では成功やファッションを語るラッパーとして振る舞い、後半ではファルセットを使うR&Bシンガーへ移る。その間には友情、信仰、恋愛も入り、The Neptunesのプロデューサーとして知られていた人物が、自分自身をスターとしてどう見せるか試している。セルフプロデュースのデビュー作らしく、統一された人格を作るより、持っているアイデアを広く並べることが優先されている。
音楽面で最も一貫しているのは、やはりPharrellの引き算である。ドラムを乾かし、シンセのフレーズを短くし、低音にも空間を残すことで、一つひとつの音を大きく感じさせる。「Can I Have It Like That」はその典型で、実際の楽器数以上に巨大なトラックへ聞こえる。2000年代半ばのメインストリーム・ヒップホップ/R&Bが豪華な音へ向かう中でも、The Neptunes周辺の楽曲がすぐ識別できた理由が、このアルバムにもはっきり残っている。
弱点もその二面性にある。ラップ主体の前半とR&B主体の後半が比較的明確に分かれるため、一枚のアルバムとして自然に感情が展開するというより、Pharrellの二種類の作品集を接続したように感じる部分がある。また、彼のラップは独特の軽さを持つものの、JAY-ZやPusha T、Snoop Doggといった専門のラッパーが登場すると、声やフロウの強度には差も見える。逆に歌では、その細く柔らかな声がミニマルなトラックとよく合い、後の方向性をより明確に予告している。
その意味で『In My Mind』は、Pharrellの完成形というより重要な中間地点である。The Neptunesとして他人の個性を引き出してきた制作技術を自分へ向け、N.E.R.Dとは違う個人名義のキャラクターを探している。後の『G I R L』では歌、ファンク、ポップを中心に方向性が整理されるが、本作には整理される前だからこその雑多さがある。2000年代のPharrellがプロデューサーの裏方という枠を越え、ラップ、歌、ファッション、スター性まで含む存在へ変わっていく過程をそのまま記録したアルバムである。
おすすめアルバム
G I R L by Pharrell Williams
2014年の2作目。ラップ中心の側面を後退させ、ファンク、ソウル、ポップとファルセットへ焦点を絞っている。『In My Mind』に散在していた歌手としてのPharrellが、より明確な方向へ整理された作品である。
Fly or Die by N.E.R.D
2004年作。Pharrell、Chad Hugo、Shay Haleyがロック、ファンク、ヒップホップを生演奏も交えて混ぜている。『In My Mind』よりバンド志向が強く、Pharrellがソロ活動で切り離したもう一つの音楽的側面が分かる。
Hell Hath No Fury by Clipse
2006年作。The Neptunesによる冷たく隙間の多いビートと、Pusha T、Maliceの鋭いラップが結びついた作品。同年の『In My Mind』と比較すると、Pharrellのプロダクションが専門のラッパーを相手にした時の強みが鮮明になる。
The College Dropout by Kanye West
2004年作。プロデューサー自身がラッパー兼スターとして前面へ出て、個人的な価値観とポップなヒップホップを結びつけた。サウンドは異なるが、『In My Mind』と同じく制作者と演者の境界を曖昧にした時代を象徴する一枚である。
Justified by Justin Timberlake
2002年作。The Neptunesが主要曲を手掛け、乾いたビート、ファルセット、R&Bとポップの接続がPharrell自身の作品にもつながっている。『In My Mind』を聴くと、他の歌手へ提供していた音を本人がどう自分のキャラクターへ置き換えたかが見えてくる。

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