発売日: 2010年10月12日
ジャンル: エレクトロ・ヒップホップ、クラブ・ポップ、EDM
概要
『Free Wired』は、Far East Movementが2010年にメジャーデビューを果たしたアルバムであり、アジア系アメリカ人アーティストとして初めて全米No.1シングルを達成した歴史的作品である。
ロサンゼルスのコリアタウンを拠点とするグループとして、FMはすでにインディー・シーンで頭角を現していたが、このアルバムによって彼らの名は一気に世界へと広がることとなった。
「Like a G6」をはじめとするヒット曲群は、エレクトロ、ヒップホップ、ポップの要素を掛け合わせたエネルギッシュなサウンドで、2010年代前半のクラブカルチャーとシームレスに共鳴。
タイトルの「Free Wired」は、自由な創造とテクノロジー時代の即興性を象徴する造語であり、デジタル・ネイティブ世代の感性に訴えかけるキーワードとなった。
このアルバムの大きな特徴は、ジャンル横断的なアプローチと、アジア系であることをあえて「語らない」戦略である。文化的背景よりもサウンドとバイブスにフォーカスし、ダンスフロアを主戦場とすることで、彼らは従来の「マイノリティ枠」を超える存在となった。
全曲レビュー
1. Girls on the Dance Floor (feat. The Stereotypes)
本作以前にインディー時代から人気を博した代表曲。
ディスコ調のエレクトロ・ビートに乗せて、夜の快楽主義を象徴的に描写するクラブ・アンセム。
2. Like a G6 (feat. The Cataracs & Dev)
全米1位を獲得したモンスター・ヒット。
重低音が効いたミニマルなトラックに、”G6″(高級プライベートジェット)のメタファーがリッチで非現実的な快楽を表現。
Devのフックが耳に残る中毒性を持つ。
3. Rocketeer (feat. Ryan Tedder)
OneRepublicのRyan Tedderを迎えたメロディアスなバラード系トラック。
夢や飛翔をテーマにした歌詞は、クラブ・バンガー中心の中で異色の存在であり、リスナーに希望や憧れを投げかける。
4. If I Was You (OMG) (feat. Snoop Dogg)
Snoop Doggの余裕あるラップと、EDM的なビートの対比がユニークな一曲。
カジュアルなナンパソングとしても機能するが、ジャンルをまたぐ協業の象徴的な楽曲でもある。
5. She Owns the Night (feat. Mohombi)
モホンビのラテンテイストを取り入れた、ダンサブルなトラック。
情熱的でカラフルなサウンドが夜を駆け抜けるような高揚感を演出する。
6. So What?
パンクとエレクトロを融合させたエッジの効いたサウンド。
反抗心と若者らしい無軌道さが、2000年代後半のMyspace的な美学を想起させる。
7. Don’t Look Now (feat. Keri Hilson)
R&Bの女王Keri Hilsonがしっとりと歌い上げる、ミドルテンポのトラック。
浮遊感あるビートと抒情的なメロディが、都会の夜の孤独を美しく映し出す。
8. Fighting for Air (feat. Frankmusik)
エレクトロ・ポップのプロデューサーFrankmusikとの共作。
苦しみながらももがくような感情を「空気を求める」という比喩で表現した、内省的な一曲。
9. White Flag (feat. Kayla Kai)
白旗=降参というタイトルに反して、力強いメッセージを持つアップテンポなナンバー。
Kayla Kaiのボーカルが緊張感を高める。
10. 2gether (feat. Roger Sanchez & Kanobby)
ハウスDJのRoger Sanchezとのコラボによる、90年代フレイバーのダンストラック。
「一体感」「つながり」をテーマにした、ポジティブなパーティー・チューン。
総評
『Free Wired』は、Far East Movementにとってブレイクスルーとなっただけでなく、2010年代の音楽シーンにおける「アジア系アメリカ人の存在感」を根底から変えた重要作でもある。
本作はジャンルという概念を軽やかに飛び越え、エレクトロ、ヒップホップ、R&B、ハウスといったスタイルを自在にミックスしてみせた。これは「Free(自由)」と「Wired(接続された)」というコンセプトに直結しており、デジタル時代の音楽制作のあり方を象徴しているともいえる。
また、彼らの強みは「アジア系であること」を大声で主張するのではなく、自然体で表現の中に滲ませていくスタンスにあった。
それが結果として、幅広いリスナー層にリーチし、アジア系アーティストがマジョリティ市場で成功するための新たなモデルとなったのだ。
「Like a G6」のような中毒性のあるパーティー・トラックだけでなく、「Rocketeer」や「Fighting for Air」のような内省的なナンバーも含まれることで、アルバム全体に起伏があり、聴き応えのある構成となっている。
Far East Movementはこの作品で、音楽的にも文化的にも「壁を壊す」ことに成功しており、その意義は単なる一発屋的なヒットにとどまらない。
おすすめアルバム(5枚)
- LMFAO『Party Rock Anthem』
同時代のエレクトロ・パーティー・サウンドを代表する一枚。FMの勢いとシンクロする世界観。 - Dev『The Night The Sun Came Up』
「Like a G6」のフックを担当したDevによるデビュー作。独特のエレクトロ・ポップ感が魅力。 - The Cataracs『Gordo Taqueria』
「Like a G6」の制作チームであるCataracsの作品。西海岸エレクトロ・ヒップホップのエッセンスが詰まっている。 - Black Eyed Peas『The E.N.D.』
ジャンルを超えてクラブミュージックに接近したポップアルバム。FMのアプローチにも影響を与えた。 - Krewella『Get Wet』
EDMとヴォーカル・ポップを融合させたユニット。『Free Wired』以降のFMの音とも接続点がある。
ビジュアルとアートワーク
『Free Wired』のジャケットは、ネオンカラーの都市空間を彷彿とさせるサイバーパンク的なビジュアルで構成されている。
光るコードや配線が絡み合うグラフィックは、まさに「Free Wired=自由に接続された精神」の視覚的表現であり、テクノロジーと若者文化の接合点を象徴する。
また、ミュージックビデオでも、クラブ、都市夜景、ファッションなど視覚的なトレンドを巧みに取り入れ、音と映像が一体化したメディア戦略を展開していた。
この時代のFar East Movementは、「音楽」そのものだけでなく、その周辺に広がるカルチャー全体を設計するアーティストとしても、非常に先鋭的なポジションにいたと言えるだろう。
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