アルバムレビュー：Amor e Música by Maria Rita

発売日: 2018年1月26日
ジャンル: サンバ、MPB（ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ）、サンバ・カンサォン、バラード

概要

『Amor e Música』は、マリア・ヒタが2018年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、タイトルの通り、“愛と音楽”という彼女の人生の二大テーマを率直かつ温かく描いた作品である。

2014年の『Coração a Batucar』以来4年ぶりのアルバムとなった本作は、これまでのような“挑戦”や“ジャンルの再定義”という色合いからは一歩引き、よりパーソナルで軽やか、そして自然体なムードが支配している。

マリアはここで、“サンバに生きることを選んだ一人の女性”としての語り口を完成させており、声の表情は円熟し、メロディに委ねる余裕がある。
編曲はアコースティックなサンバを基調に、フォホーやショーロの風味も織り交ぜた優美な仕上がりで、どの曲にも親密な“話し声”のような温度が漂っている。

収録曲は、すべて近年のサンバ〜MPB作家たちによる新曲で構成されており、彼女の「今の声」に最も合った楽曲を厳選した印象が強い。
『Amor e Música』は、マリア・ヒタのキャリアにおいて**“等身大の成熟”を表した転機的作品**なのだ。

1. Amor e Música（作詞作曲：Dudu Nobre, Fred Camacho）
アルバムの幕開けを飾る、幸福感に満ちたミディアム・サンバ。
「愛と音楽があれば、生きていける」――その普遍的なメッセージが、マリアの穏やかな歌声で心に染み入る。

2. Reza（作詞作曲：Samuel Rosa, Chico Amaral）
『Elo』にも収録されていた楽曲の再演。
フォルクローレ調の優しいリズムに乗せた“祈り”のような歌詞が、マリアの声によっていっそう柔らかく響く。

3. Nem Por Um Segundo（作詞作曲：Fred Camacho, Marcelinho Moreira）
「一秒たりとも君を忘れなかった」というフレーズが印象的なラブソング。
恋愛の誠実さと未練をサンバ・カンサォンで描く構成。

4. Cadê Obá?（作詞作曲：Davi Moraes, Arlindo Cruz）
宗教的なモチーフを含んだスピリチュアルなトラック。
アフロ・ブラジリアンなパーカッションと、瞑想的な旋律が絡み合う。

5. Chamado（作詞作曲：Fred Camacho, Leandro Fab）
“呼びかけ”をテーマにしたコンテンポラリーなサンバ。
誰かを待つ焦燥と、呼ばれることの切なさが同居するエモーショナルな一曲。

6. Fazendo Cena（作詞作曲：Fred Camacho, Marcelinho Moreira）
「わざと演じてしまう恋の劇場」を描いた、遊び心のあるラブソング。
軽快なリズムと演劇的な表現が楽しく、ライブ映えも想像できる。

7. Perfeita Sintonia（作詞作曲：Rogê, Délcio Luiz）
恋人との“完璧な調和”を描いたメロウなトラック。
マリアの声がまるで恋のハーモニーそのもののように響く。

8. Saudade Louca（作詞作曲：Fred Camacho, Pretinho da Serrinha）
“狂おしいほどのサウダージ”をテーマにしたスロー・サンバ。
繰り返される旋律と、じっとりと滲む感情が印象的。

9. Saco de Feijão（作詞作曲：Arlindo Cruz, Zeca Pagodinho）
“豆の袋”というタイトルながら、生活感とユーモアに満ちたサンバ。
日常の些細なやりとりから愛を浮かび上がらせる、ブラジル音楽ならではの味わい。

10. Cutuca（作詞作曲：Xande de Pilares, Leandro Fab）
“つつく”という意味の動詞から展開される、駆け引きサンバ。
軽妙なメロディとマリアの小悪魔的な歌い回しが冴える。

11. Nunca Se Vai（作詞作曲：Fred Camacho, Douglas Lemos）
「本当に愛した人は、決して去らない」という、別れと継続を重ねた哲学的バラード。
本作を締めくくるにふさわしい深さと優しさに満ちたトラック。

『Amor e Música』は、マリア・ヒタが“歌う理由”をあらためて見つめ直し、それをシンプルな言葉とリズムで語った温かい作品である。

サンバという形式は変わらずとも、そのトーンは一層やさしく、丸く、そして柔らかくなっている。
歌声は技巧よりも“心の揺れ”に重心が置かれ、聴く人の暮らしに寄り添う“日常のサウンドトラック”のような親密さを持つ。

特筆すべきは、リリックの視点が非常に成熟していることである。
恋や人生の機微を、怒りや激情ではなく、ユーモアや理解、そして“音楽の力”に託して語っていく手法は、まさに“人生を経た歌い手”の表現と言える。

『Amor e Música』は、“心地よさ”を超えた“生活のなかの真実”を、歌とリズムにのせてそっと差し出してくれる。
マリア・ヒタは、ここで初めて“無理のない愛”と“自然な音楽”を手に入れたのかもしれない。

『Amor e Música』の歌詞群には、都会に生きる現代のブラジル人が抱える恋愛、日常、郷愁、再生といったテーマが、非常に自然な言葉で綴られている。

「Cadê Obá?」のようなアフロ・ブラジリアン文化への言及は、音楽と宗教、記憶と祖先とのつながりを浮かび上がらせ、「Saco de Feijão」や「Cutuca」のようなユーモラスな曲では、生活と音楽が密接につながるブラジル文化の本質が映し出されている。

また、“愛”の描かれ方も非常に成熟しており、所有や激情ではなく、“時間とともに変わっていく感情”としての愛が主題化されている点が新鮮である。
それは、MPBの文脈に連なる“知性と詩情を持つサンバ”というスタイルの継承でもあり、マリア・ヒタがまさにその橋渡し役を果たしていることを示している。

『Amor e Música』は、“愛のように寄り添い、音楽のように生きる”という思想が、そのまま響きとなったアルバムである。