1. 歌詞の概要
「Carry On」は、ノラ・ジョーンズが2016年にリリースした6枚目のスタジオ・アルバム『Day Breaks』のオープニングを飾る楽曲である。この曲に流れるのは、静けさ、穏やかさ、そして何より“継続すること”への優しい肯定だ。
タイトルの「Carry On(続けていく)」という言葉は、日常の中で小さく折れそうになる瞬間にふと差し込む光のようでもある。ここで描かれるのは、大きな出来事や劇的なドラマではなく、日々の営みを愛しながら、静かに前を向いて進んでいこうとするふたりの姿だ。
それは結婚生活かもしれないし、長年のパートナーシップかもしれない。あるいは、もっと広く、“誰かと共に生きていくこと”の尊さを表現したものとも取れる。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Day Breaks』は、ノラ・ジョーンズがデビュー作『Come Away with Me』以来となる、よりピアノ・ジャズ的アプローチへ回帰したアルバムである。「Carry On」はその姿勢を象徴するように、ピアノと控えめなリズムセクション、そしてナチュラルな歌声で構成されている。
本作でノラは、ブルー・ノート・レーベルらしい洗練されたジャズの香りを取り戻しつつ、自らの成熟した声を丁寧に生かしたアレンジを展開している。「Carry On」のレコーディングには、ジャズ界の重鎮であるウェイン・ショーター(サックス)やブライアン・ブレイド(ドラム)なども参加し、静謐ながら極めて濃密なサウンドスケープが作られている。
この曲はノラ自身の作詞・作曲によるものであり、彼女が長年の音楽キャリアを経て、改めて自分の“家”とも言える音楽スタイルに立ち戻ったことを感じさせる誠実な一作でもある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – Norah Jones “Carry On”
You’ve been treating me like a stranger
あなたは最近、まるで私が他人みたいに接してくるLike you don’t know me anymore
まるで、もう私のことなんて知らないみたいにI think we could carry on
でもね、それでもやっていけると思うのWhen the light in your eyes
あなたの瞳に灯る光がHas gone and turned away
消えて、どこかへ行ってしまっても
冒頭では、パートナーとの関係に距離ができたことへの戸惑いが描かれている。しかしその中で“carry on”という言葉が繰り返されることで、変化やズレを受け入れながらも、共に歩み続ける意志がにじみ出てくる。
We’ll still have our song
それでも私たちには、ふたりの歌が残っている
このラインに象徴されるように、「Carry On」は記憶や絆、そして音楽そのものが関係性の“保存装置”であることを静かに語っている。
4. 歌詞の考察
この曲の美しさは、壊れそうな関係を美化せず、かといって断絶もせず、あくまで「続けていく」ことに意義を見出している点にある。「Carry On」は、変わってしまったもののなかにある“まだ残っているもの”を見つめる詩なのだ。
恋愛や結婚、家族の関係は、年月の中で少しずつ表情を変える。初めの頃のような情熱が薄れても、共有した記憶や時間が関係を支えていることもある。ノラ・ジョーンズはこの曲で、そうした静かな持続性を讃えている。
歌詞のトーンは控えめだが、その中に潜む感情の揺らぎは決して小さくない。疑問と希望、戸惑いと赦し、そして愛と孤独──それらがすべて混ざり合った末に、それでも「私たちは歩き続ける」と結ぶところに、ノラらしい誠実さと優しさがある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Tragedy by Norah Jones
同じアルバム『Day Breaks』からの一曲。浮遊感のあるコード進行とメロディが、静かな感情の渦を描いている。 - Those Sweet Words by Norah Jones
『Feels Like Home』収録の優しいラブソング。日常の中の小さな愛のかけらをすくい上げるような繊細さが魅力。 - River by Joni Mitchell
孤独と赦し、そして人生の流れについてのバラード。ピアノと歌だけで、深い情景が立ち上がる。 - The Heart of Life by John Mayer
穏やかなギターと歌で、“それでも人生は優しい”というメッセージを綴る一曲。 -
Let It Be Me by Ray LaMontagne
愛を“受け入れ”として歌った静謐なバラード。変わっていく現実の中で残る“想い”に触れられる。
6. 優しさの更新:ノラ・ジョーンズの“原点回帰”とその先
「Carry On」が持つ一種の温度感──それはノラ・ジョーンズがキャリアを重ねた末に辿り着いた、成熟した表現である。2000年代初頭の彼女が奏でていた“癒し”とはまた異なり、この曲の“優しさ”は、痛みや不安、すれ違いを知ったうえで、それでも誰かと歩むという選択に寄り添っている。
『Day Breaks』というアルバム全体も、単なる回帰ではなく、経験を通した“再解釈”として聴くべき作品である。ジャズという音楽の即興性と、ノラ自身の感情の即興性が重なり合い、聴くたびに違う風景を見せてくれるのだ。
「Carry On」は、変わらない関係ではなく、“変わっても続く関係”を讃えた歌である。言葉にできない感情の襞にそっと触れるようなこの楽曲は、今を生きる私たちにとって、大切な“ささやき”のような存在になるかもしれない。
それは派手な音や主張ではなく、心の奥にそっと届いて、長く残る──ノラ・ジョーンズがずっと変わらずに大切にしてきた音楽の在り方なのだ。
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