1. 歌詞の概要
「Anything But That(エニシング・バット・ザット)」は、The Watchmen(ザ・ウォッチメン)が1998年に発表したアルバム『Silent Radar』の中盤に位置する楽曲であり、**人間関係における“受け入れられない真実”と“言葉にできない拒絶”**をテーマに据えた、感情のしこりをそのまま音にしたような一曲である。
タイトルの「Anything But That」は、直訳すれば「それだけはやめてくれ」「それ以外ならなんでもいい」という意味を持つ。
この言葉は、愛する誰かとの間に起きた決定的な“何か”を拒む語り手の切実な叫びでもあり、同時に、**“現実を直視することへの恐怖”**を象徴している。
歌詞の語りは断片的で直接的な答えを避けながら進行し、逆にその曖昧さが、感情の複雑さと深さを印象づける。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Silent Radar』は、The Watchmenにとってより内省的で成熟したサウンドへの転換点となったアルバムであり、「Anything But That」はその精神性を如実に表す楽曲のひとつである。
バンドはそれまでにも恋愛や孤独をテーマにしてきたが、本作では言葉にできない感情や、説明のつかない心の動きを音楽と歌詞で掘り下げている。
この曲では、グルーヴィーなベースラインと緊張感のあるギターが、まるで心の中の“止まらない問いかけ”を音で再現しているかのようだ。
また、Daniel Greavesのヴォーカルは、怒りや嘆きではなく、**「受け止めきれない苦悩を必死に抑えている声」**として表現されており、聴く者の心の奥にじんわりと染み入ってくる。

3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、印象的なフレーズを抜粋し、和訳を紹介する。
“Say anything, but not that”
「何を言ってもいい、でもそれだけはやめてくれ」
“I could take a lie, or silence / But not the truth like that”
「嘘でも、沈黙でも耐えられる / でも、そんな真実は無理だ」
“I was holding out, waiting for less”
「僕は期待してた、もっとマシなものを」
“You gave me more / More than I could accept”
「でも君は、僕の許容量を超えるものをくれた」
歌詞全文はこちら:
The Watchmen – Anything But That Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
この曲が描いているのは、「真実」を“知ること”よりも、“知ってしまったあと”の“感情の行き場のなさ”である。
“Anything but that(それだけはやめてくれ)”というフレーズは、耳を塞ぎたくなるような“核心”を避けようとする必死さを象徴している。
そしてその核心とは、おそらく「愛の終わり」「信頼の喪失」「裏切り」など、語り手の内面を根底から揺るがす何かだ。
また、「嘘や沈黙ならまだ受け入れられるけど、真実は無理だ」というフレーズに見られるように、この曲では**“本当のこと”が必ずしも救いにならないという逆説が提示されている。
それは、感情がまだ現実を受け入れる準備ができていないときに、“誠実さ”がむしろ暴力になってしまう**瞬間を映し出している。
さらに、「You gave me more than I could accept(君は僕の手に余るほどのことをした)」というラインには、皮肉と崩壊の予兆が込められている。
人はときに、優しさですら受け止めきれず、自分自身の器の小ささに直面してしまう。
この楽曲は、その感情の限界と、それを認めざるを得ない苦しさを痛いほど繊細に描いている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Shadowboxer by Fiona Apple
言葉を交わすことそのものが攻撃になる、感情の応酬と心理戦を描いた名曲。 - Somebody That I Used to Know by Gotye
別れたあとに残る“わかりあえなさ”と“伝わらなかった真実”の残響。 - Say Hello 2 Heaven by Temple of the Dog
受け入れがたい現実をどうにか飲み込もうとする、魂の追悼歌。 - Both Sides Now by Joni Mitchell
愛の見え方が変わっていくプロセスを、成熟した視点で捉えたバラード。 -
Colorblind by Counting Crows
感情を受け止めることの困難さと、静かに崩れていく心を描いた繊細な一曲。
6. “真実よりも、言葉にならないままの優しさを”
「Anything But That」は、感情の限界に触れたとき、人がどれほど脆く、そして誠実になれないかを描く、苦さの中に優しさが滲む失望のバラードである。
それは決してドラマティックな破局の物語ではない。
むしろ、何気ないひとことで崩れてしまう心のバランスに寄り添うような、日常に近い失望の歌だ。
この曲は、誠実さが時として凶器になり得ることを知っている人間の、静かな祈りである。
「どうか、それだけは言わないで」――その一言に込められた想いを、誰しも一度は抱いたことがあるのではないだろうか。
だからこそ、この曲は、今もそっと胸の奥に響き続けている。
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