発売日: 2001年6月5日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、エレクトロロック、ポストグランジ、カナディアン・ロック
概要
『Slomotion』は、The Watchmenが2001年に発表した5作目にして最後のスタジオ・アルバムであり、
同バンドが活動の終息を迎える直前に放った意欲的かつ異色のエレクトロ・ロック作品である。
前作『Silent Radar』での構築的アプローチをさらに推し進めた本作は、
ギター主体のサウンドから一歩引き、電子音やプログラミング、アンビエント的テクスチャを大幅に導入。
その結果、これまでの“骨太なカナダン・ロック”とは異なるサイバーで内省的なサウンドスケープが生まれた。
アルバムは2枚組構成で、Disc 1には新曲7曲を収録した「Slomotion EP」、
Disc 2にはバンドの代表曲を網羅したベスト・コンピレーション「Greatest Hits 1992–2001」が収められている。
まさにThe Watchmenの未来と過去を同時に提示する構成であり、
“終わり方を意識した最後の作品”としても独特な存在感を放っている。
全曲レビュー(Slomotion EP)
1. Slomotion
表題曲にしてアルバムの核。
スロウなビートに乗る囁くようなボーカルと、じわじわと盛り上がるエレクトロアレンジが特徴。
感情が加速せず、あえて“遅く動く”ことで本質に迫ろうとする哲学的ロック。
2. Absolutely Anytime
ダンサブルで軽快なトラック。
従来のThe Watchmenの重厚感を脱ぎ捨て、“今この瞬間を生きる”ことへの肯定感が光る一曲。
エレクトロニカとロックの融合を最もポップに成功させた例。
3. Holiday (Slow It Down)
タイトル通りのリラクシングなミッドテンポ。
ビートはループ的に進行しつつ、休息を求める現代人の心情をシンプルな歌詞で描く。
このアルバムの最も“アンビエント”な瞬間。
4. Coming Home Soon
バンドらしい抒情性が再び顔を覗かせる名曲。
“もうすぐ帰るよ”というフレーズに込められた、別れと再会、喪失と再接続の物語が美しい。
アコースティックギターと電子音の調和が見事。
5. Trampoline
跳ねるようなリズムと、変拍子的なフレーズ構成が特徴。
感情の高まりや不安定さを“身体感覚”で表現するような実験的楽曲。
タイトルは「上下する心のバネ」の比喩としても機能する。
6. Say Something Else
沈黙と会話のあいだにある“言えなかった何か”を主題にした内省的なナンバー。
過去の「Say Something」とも響き合う、Watchmenのリリック的テーマの回収点。
7. We Will Always Sing
バンドの“終章”としての意識が色濃く漂うラストトラック。
「僕らはいつまでも歌い続けるだろう」という決意と祈りを、電子音と空間的な残響に乗せて残す、エレジー的アンセム。

総評
『Slomotion』は、The Watchmenというバンドが**自らのロック的アイデンティティを脱構築し、音と意味の新しい接点を模索した“最終実験作”**である。
これまでのエモーショナルで骨太なサウンドは控えめになり、
代わりに浮遊感、サウンドスケープ、電子的質感が支配する本作は、
聴く者の“気持ち”ではなく、“気配”に訴えかける音楽とでも言うべき静かな強さを持っている。
同時に、Disc 2に収められたベスト盤によって、
この実験的な終着点がどれほどの蓄積と軌跡の上に立っているかが明確になる構成もまた、
キャリアを包括するフィナーレとして秀逸である。
おすすめアルバム
- Radiohead『Kid A』
ギターロックからエレクトロニカへの脱皮。実験性と内省が共鳴。 - David Sylvian『Dead Bees on a Cake』
静けさと実験性のバランスが美しいアートポップ。 - Massive Attack『Mezzanine』
闇と電子音が織り成す都市的孤独のサウンドトラック。 - Stars『Set Yourself on Fire』
カナダ発の内省的エレクトロポップ。感情と空間性のバランスが近い。 -
U2『Pop』
ロックバンドが電子音に挑んだ試金石。志の高さが共通。
ファンや評論家の反応
『Slomotion』は当初、長年のファンからは**“急激すぎる転換”として賛否が分かれた作品**でもあったが、
その後の再評価により、The Watchmenがいかに誠実に時代の変化と向き合っていたかを物語る重要作とされている。
また、ベスト盤とセットであることにより、新旧両方のファンにとっての橋渡し的役割も果たし、
バンドの終焉が単なる終わりではなく、“次への委ね”として位置づけられたことも高く評価された。
『Slomotion』は、音を止めることなく、ゆっくりと未来へフェードアウトしていくための静かなランディングなのだ。
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