発売日: 1998年9月1日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポスト・グランジ、コンセプト・アルバム、ハードロック
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. All-Right (Oh, Yeah)
- 2. “Cha!” Said the Kitty
- 3. Lucky Time
- 4. Hit the Skids or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Rock
- 5. 500,000 Scovilles
- 6. What Can I Tell You?
- 7. Fine and Good
- 8. Lead Pipe Cinch
- 9. Cool Magnet
- 10. She Hates My Job
- 11. Stoney
- 12. Laminate Man
- 13. Lucky
- 14. All the Kids Are Right
- 15. Deep Cut
- 総評
- おすすめアルバム
- ファンや評論家の反応
概要
『Pack Up the Cats』は、Local Hが1998年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、
“アメリカ地方都市における青春の崩壊と音楽への執着”を描いた、野心的なコンセプト・アルバムである。
前作『As Good as Dead』でミッドウェストの鬱屈と若者の怒りを轟音で描ききった彼らは、
本作でさらにストーリーテリングと構成美を研ぎ澄ませ、**“音楽を志す男が夢と現実に引き裂かれていく物語”**という軸を据える。
一貫してローカル感覚に根差しながらも、
サウンドはグランジ〜ハードロックに加えて、よりサイケデリックでプログレッシヴな要素を導入。
バンドの中心人物スコット・ルーカスは、本作を**「2人組で作ったザ・ウォール」**と冗談めかして語っていたが、
それはあながち誇張でもない。
“Local Hの最高傑作”として挙げられることの多い、緻密で荒削りなロック叙事詩がここにある。
全曲レビュー
1. All-Right (Oh, Yeah)
希望に満ちたギターアルペジオから一気にバンドインする、
アルバムの幕開けにして物語の発端を告げる1曲。
「大丈夫、うまくいくはずだ」と繰り返すリリックは、その後に訪れる失速を暗示する皮肉な前振りでもある。
2. “Cha!” Said the Kitty
ひねりの効いたギターリフと謎めいたタイトル。
“猫”というモチーフが、自由と皮肉を象徴する。
演奏はタイトでストレートだが、どこか酩酊感を伴った不穏なポップさがある。
3. Lucky Time
夢を見始めた主人公が感じる高揚感と、その裏に潜む不安を交錯させる。
コーラスの分厚さとコード進行に、Local Hにしては珍しい祝祭感が宿る。
4. Hit the Skids or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Rock
ピーター・セラーズ主演の映画タイトルのパロディを冠した、アルバム中盤の大作。
7分を超える構成の中で、複数のパートとテンポ変化を繰り返すプログレッシヴなハードロック・オデッセイ。
音楽と人生の諦観が絡み合う。
5. 500,000 Scovilles
辛さの単位「スコヴィル値」をタイトルにした、激情型のグランジ・ナンバー。
サウンドも激辛で、怒りと情熱をそのまま叩きつけたような一撃。
6. What Can I Tell You?
恋愛と音楽、成功と誤解。主人公がすべてを語り尽くせない焦燥を抱える。
「何を言えばいい?」という問いが、人生そのものの迷いに直結するエモーショナルな曲。
7. Fine and Good
無表情な肯定、“元気だよ、大丈夫だよ”という言葉の虚しさを歌う。
演奏も敢えてテンションを抑え、冷めた視線の中に滲む諦観と優しさがにじむ。
8. Lead Pipe Cinch
再びヘヴィなロックに回帰。
“簡単なことだ”と歌いながら、何も簡単でない人生が描かれる。
ローカルな皮肉とロックの恍惚が交錯する、Local Hらしい一曲。
9. Cool Magnet
本作の中でもとびきりユーモラスなトラック。
「俺はクールを引き寄せる磁石だ」とイキりながら、まったくクールでない男を描く逆説の美学が光る。
10. She Hates My Job
主人公の恋人が彼の夢を支えられなくなっていく、関係の崩壊の始まりを描く短いパンク調ナンバー。
歌詞は直接的ながら、行間に複雑な苦味がある。
11. Stoney
サイケな音響とスローなテンポが、脱力と幻覚の狭間を描くような浮遊感を生む。
恋愛と音楽と自己との距離が溶け合っていく。
12. Laminate Man
“ラミネート男”という不可思議なキャラをめぐる短い小品。
夢と現実を境界なく語るストーリーテリングの妙が発揮される。
13. Lucky
3曲目「Lucky Time」のテーマを変奏的に再登場させ、
物語の円環構造を補強するメロディックなリプライズ。
希望と失望が交錯する中で、バンドはつぶやく——“運がよければ、あるいは…”
14. All the Kids Are Right
アルバム唯一のチャートヒットとなった本作の代表曲。
「演奏をしくじった夜、観客はすべてを見ていた」という自己批判と真摯な告白が、
現代における“パフォーマンスと誠実さ”を鋭く描き出す。
15. Deep Cut
エンディング。
“深く切り込む”という意味のタイトルが示す通り、夢の残骸をかき集めるような静けさと余韻がある。
物語は終わり、主人公は音楽の中に戻っていく。
総評
『Pack Up the Cats』は、Local Hがキャリアの中で最も構成的にも音楽的にも完成度を高めた概念作品であり、
1990年代後半という“グランジ後”の空白を見事に埋めた知的でエモーショナルなロック・アルバムである。
たった2人のバンドが、これほどまでに豊かで変化に富んだ物語と音楽の旅を描けるという事実は、
バンドの限界ではなく、形式を超えた創造性の証明である。
夢を追うことの滑稽さ、地方に生きることの苦さ、音楽を信じ続けることの孤独——
それらを詰め込んだ『Pack Up the Cats』は、“鳴らし続ける者たち”に贈る、勇敢で痛切なロック叙事詩なのだ。
おすすめアルバム
- The Smashing Pumpkins『Mellon Collie and the Infinite Sadness』
構成美と叙情性、90年代アメリカの夢と破綻を描いたロック絵巻。 - Queens of the Stone Age『Rated R』
ストーナー×ポップ×アイロニー。Local Hと同じく“語れるロック”。 - Failure『Fantastic Planet』
重厚な構成と音響美によるコンセプト作。孤独の美学が共鳴する。 - Superdrag『Head Trip in Every Key』
隠れたパワーポップ叙事詩。Local Hのポップ側面と精神性に近い。 - Radiohead『The Bends』
閉塞感と希望が拮抗する構造と、若者の揺れるアイデンティティが重なる。
ファンや評論家の反応
本作は、ファンの間では“Local Hの最高傑作”として絶大な支持を受けているが、
当時のレーベル(Island Records)がPolyGramとの合併に巻き込まれたことにより、
**十分なプロモーションが行われず、チャート的成功を逃した“悲劇の名作”**としても知られている。
それでも「All the Kids Are Right」などは、今でもライブの中心曲として愛され、
全体のストーリー性とアルバムの統一感は、再評価の声を年々高めている。
Local Hが放ったこの“猫をまとめて連れていく”という作品は、
あらゆる失敗者の音楽であり、あらゆる誠実なロックリスナーへの賛歌なのである。
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