発売日: 1995年1月24日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、グランジ、ポスト・グランジ、ハードロック
概要
『Ham Fisted』は、イリノイ州出身の2人組ロックバンド、Local Hが1995年に発表したデビュー・アルバムであり、
“ギター+ドラム”というミニマルな構成で驚異的な音圧と構成力を誇る異色バンドの出発点を記録した作品である。
ギター・ヴォーカルのスコット・ルーカスと、ドラムのジョー・ダニエルズによるデュオ編成にもかかわらず、
彼らはエフェクトと音作りの工夫によって、**“ベース不在を感じさせない重厚なサウンド”**を実現。
そのスタイルはしばしば「パワーデュオ」と呼ばれ、当時のグランジ〜ポスト・グランジ・ムーヴメントにおいて独特のポジションを築く。
アルバムタイトル『Ham Fisted』は「不器用な」「乱暴な」といった意味を持つが、
それは単なる自己卑下ではなく、荒削りな衝動性と誠実な感情を肯定する美学として読み解ける。
本作は全米規模でのヒットには至らなかったものの、
90年代中盤のロックの地下水脈として今も語られる初期衝動の塊である。
全曲レビュー
1. Feed
いきなり怒りと飢えが炸裂するような轟音リフと、
「Feed me」=“満たしてくれ”という叫びが繰り返される、極めてプリミティブなオープニング。
Local Hの美学がすでにここに凝縮されている。
2. Cynic
ニヒリズムと怒りを込めた1曲。
「皮肉屋で何が悪い?」と開き直るような歌詞と、鋭いストップ&ゴーの展開が印象的。
3. Mayonnaise and Malaise
鬱屈したミッドテンポ・グルーヴ。
マヨネーズと倦怠感という食傷気味なモチーフが、消費社会の孤独と無意味さを暗示する。
後年のLocal Hの知性派グランジ路線を感じさせる一曲。
4. User
感情の寄生と搾取をテーマにしたダークな歌詞。
「You’re just a user」というフレーズに込められた怒りと侮蔑が、痛々しいほどリアルに響く。
5. Manipulate Me
エッジの効いたギターとシンプルなシャッフル・ビートの反復で進行。
「操ってくれ」と逆説的に願う歌詞が、愛情への渇望と支配欲の葛藤を描く。
6. Bag of Hammers
不安定なテンポとブレイクを多用した、ハードコア寄りのアプローチ。
“ハンマーの袋”というメタファーが、暴力性と精神的混乱を示唆する。
7. Strict-9
毒物「ストリキニーネ」を題材にした比喩的なナンバー。
毒を愛に、あるいは快楽に置き換えることで、中毒的な人間関係の暗部を暴く。
8. Grrrlfriend
グランジとパワーポップの交差点にある隠れた名曲。
90年代の“riot grrrl”カルチャーを意識しつつ、自立と嫉妬のあわいを揺れる男性視点が興味深い。
9. Skid Marks
ブレーキ痕=事故や終焉を象徴するタイトル。
関係性の破綻を、フィジカルなメタファーとともに描き出す中速ヘヴィ・ナンバー。
10. Sports Bar
アルバムの中でも異色のアコースティック・パートを含むスロウな展開。
アメリカ郊外の退屈と麻痺を描いた、地方都市のリアルな空気感が漂う楽曲。
11. Manipulate Me (Reprise)
5曲目のリプライズ。ギターのうなりとリズムの不安定さが強調され、より破壊的な印象を残す。
カオティックな中に、一種の儀式性が漂うエンディング。
総評
『Ham Fisted』は、Local Hの原点であり、“荒削りな真剣勝負”としての90年代ロックの残響を今に伝える記録である。
スコット・ルーカスの咆哮と嘲笑のあいだを行き来するボーカルスタイルと、
ジョー・ダニエルズによるタイトで攻撃的なドラムが、わずか2人の演奏とは思えない音像を構築している。
本作は、後年のヒット曲「Bound for the Floor」や『As Good as Dead』のような洗練にはまだ至っていないが、
むしろそれゆえに、“若さと不器用さのリアル”が剥き出しになったドキュメントとしての魅力がある。
これは、まだうまく生きられない誰かのための、壊れたロックンロールの断片だ。
おすすめアルバム
- Helmet『Meantime』
同じく硬質なリフと無骨なリズムでグランジの暗部を鳴らす作品。 - Paw『Dragline』
アメリカ中西部の土臭さとヘヴィネスを共存させた隠れた名盤。 - Nirvana『Bleach』
デビュー作特有のラフさと怒り。Local Hの出自と共鳴。 - Mclusky『Do Dallas』
ローファイで暴力的、だが妙に知的なパワーデュオ。精神的共通点あり。 -
Failure『Comfort』
初期グランジとヘヴィロックの交差点にある、鋭く痛みを孕んだ作品。
ファンや評論家の反応
『Ham Fisted』は、メジャーからのデビュー作でありながらあまり商業的成功を収められなかったが、
後のファンベースにとっては**“Local Hの核”を知るための最重要作品**と見なされている。
「Feed」や「User」はライブでも定番化しており、
近年では再評価が進み、「実はあの時代で最も“本気だった”デビューアルバムのひとつ」との声も少なくない。
それはきっと、このアルバムが演出のない不器用な怒りと焦燥を、そのまま音にしているからだ。
つまり、Ham Fisted──不器用なまま、それでも叫びたかった何かが、ここにある。
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