
発売日:1981年6月15日
ジャンル:ニュー・ロマンティック、シンセポップ、ニューウェイヴ、ダンス・ロック、ポスト・パンク、アート・ポップ
概要
Duran Duranのデビュー・アルバム『Duran Duran』は、1980年代初頭の英国ニュー・ロマンティック/シンセポップ・シーンを代表する作品であり、バンドが後に『Rio』で世界的成功を収めるための音楽的・視覚的基盤を確立したアルバムである。1981年に発表された本作は、ポスト・パンク以後の冷たい緊張感、ディスコやファンク由来のダンス性、シンセサイザーによる近未来的な音色、そしてクラブ・カルチャーとファッションの華やかさを結びつけた作品として、当時の英国ポップの変化を象徴している。
Duran Duranは、Simon Le Bon、Nick Rhodes、John Taylor、Roger Taylor、Andy Taylorの5人によって構成されるバンドである。彼らの音楽は、一般的には華やかなニュー・ロマンティックの代表として語られることが多いが、デビュー作を聴くと、その根底にはポスト・パンク的な硬さと、クラブ・ミュージックへの強い関心があることが分かる。特にJohn Taylorのベースは、Duran Duranの初期サウンドにおける最重要要素のひとつであり、ファンクやディスコの影響を受けた動きのあるラインによって、シンセポップの冷たい表面に強い身体性を与えている。
Nick Rhodesのシンセサイザーは、本作の未来的なイメージを決定づけている。彼の音色は、1970年代末のポスト・パンク的な暗さを受け継ぎながらも、より光沢があり、映像的で、人工的な美しさを持つ。シンセサイザーは単なる背景装飾ではなく、都市の夜、クラブの照明、監視カメラ的な冷たさ、SF映画的な距離感を生み出す役割を担っている。そこにAndy Taylorのギターがロック的な鋭さを加え、Roger Taylorのドラムがタイトなダンス・ビートを形成することで、Duran Duran独自の「踊れるニューウェイヴ」が成立している。
本作が発表された1981年は、英国ポップにおいて重要な時期である。パンクの衝撃が落ち着き、ポスト・パンクが多様化し、シンセサイザーを用いた新しいポップ・ミュージックが急速に広がっていた。The Human League、Ultravox、Japan、Spandau Ballet、Soft Cell、ABCなどが、それぞれ異なる形で電子音、ファッション、クラブ文化、アート性を結びつけていた。Duran Duranはその中で、特に映像性とダンス性を強く打ち出し、後のMTV時代に最も適応したバンドのひとつとなる。
『Duran Duran』の重要性は、単に「Girls on Film」や「Planet Earth」といった初期ヒット曲を含むことだけではない。本作には、後の『Rio』でより洗練される要素がすでに明確に存在している。疾走するベース、硬質なドラム、シンセサイザーの冷たい光、映像的な歌詞、都市的な孤独、欲望と視線の問題、そしてファッション性と音楽性を一体化させる感覚である。『Rio』が色彩豊かなリゾート的・国際的なポップへ進んだ作品だとすれば、『Duran Duran』はより夜のクラブ、都市の暗がり、ポスト・パンクの影を残したアルバムである。
歌詞面では、欲望、映像、視線、孤独、若さ、危険、都市生活が重要なテーマとなっている。「Girls on Film」では、女性の身体と映像メディアの関係が挑発的に扱われ、「Planet Earth」ではニュー・ロマンティックの自己意識がSF的な視点と結びつく。「Careless Memories」や「Friends of Mine」では、華やかさの背後にある暴力や喪失感が表れる。Duran Duranはしばしば軽薄なイメージで語られるが、初期の歌詞には、ポップの表面を支える視線の暴力、消費される身体、都市的な不安が濃く存在している。
また、本作は音楽と映像の関係においても重要である。特に「Girls on Film」は、ミュージック・ビデオを通じて大きな話題を呼び、Duran Duranが視覚的なバンドとして認識されるきっかけとなった。1980年代のポップ・ミュージックにおいて、映像は単なる宣伝手段ではなく、アーティストの世界観を作る中心的な要素になっていく。Duran Duranはその変化をいち早く利用し、音楽、ファッション、映像、セクシュアリティを一体化させた。
『Duran Duran』は、後の世界的成功前夜にあるバンドの若さと野心を記録した作品である。音はまだ完全には洗練されておらず、荒削りな部分もある。しかしその分、ポスト・パンクからシンセポップへ、クラブ・バンドから国際的ポップ・スターへと変わっていく瞬間の緊張が刻まれている。1980年代ポップの華やかな表面が形成される直前の、冷たく、鋭く、スタイリッシュなデビュー作である。
全曲レビュー
1. Girls on Film
アルバム冒頭を飾る「Girls on Film」は、Duran Duranの初期を代表する楽曲であり、バンドの音楽的・視覚的イメージを決定づけた重要曲である。カメラのシャッター音を思わせる導入から始まり、曲はすぐに映像、視線、欲望、消費の世界へ聴き手を引き込む。タイトルの「Girls on Film」は、フィルムに映し出される女性たち、つまりメディアによって視覚的に消費される身体を意味している。
音楽的には、John Taylorのベースが強い存在感を放つ。ファンクやディスコの影響を受けたベースラインは、曲にダンス性を与えるだけでなく、都会的で少し危険な緊張感を作り出している。Roger Taylorのドラムはタイトで、Andy Taylorのギターは鋭くリズムを切り刻む。Nick Rhodesのシンセサイザーは、冷たい光沢を加え、曲全体をポスト・パンク以後のクラブ空間へと変える。
歌詞は、単なるセクシュアルなイメージの提示ではない。そこには、カメラに映される女性、見る側の欲望、メディア産業による身体の消費が含まれている。Duran Duranはこの曲で、映像文化の華やかさとその背後にある搾取的な構造を、明確な批評としてではなく、挑発的なポップ表現として提示している。歌詞の語り手はその世界を批判しているのか、それとも一部として楽しんでいるのか、完全には分からない。この曖昧さが曲の危うさを生んでいる。
「Girls on Film」は、ミュージック・ビデオによってさらに強い意味を持った。映像はセクシュアリティと挑発を前面に出し、当時のMTV時代の到来と結びついて大きな注目を集めた。ここでDuran Duranは、音楽が映像と結びつくことでどれほど強力なポップ・イメージを作れるかを示した。
アルバムの冒頭曲として、この曲は非常に効果的である。ダンス可能で、鋭く、都会的で、映像的で、少し冷酷である。Duran Duranが単なるシンセポップ・バンドではなく、視覚文化と欲望を音楽化するバンドであったことを最初に提示している。
2. Planet Earth
「Planet Earth」は、Duran Duranのデビュー・シングルであり、ニュー・ロマンティックという文化的ムーブメントを象徴する楽曲のひとつである。タイトルは「地球」を意味するが、歌詞と音楽の感覚は、地上の日常というよりも、SF的な距離感、外部から地球を眺めるような異化された視点を持っている。
音楽的には、シンセサイザーが非常に重要である。Nick Rhodesの電子音は、近未来的で、冷たく、同時に華やかである。そこにJohn Taylorのベースが肉体的なグルーヴを加えることで、曲は単なる電子ポップではなく、クラブで踊るためのニューウェイヴとして機能する。ドラムはタイトに刻まれ、ギターは控えめながら鋭い輪郭を与える。
歌詞には「New Romantic」という言葉が登場し、当時のクラブ・カルチャーやファッション・シーンへの自己言及として重要である。Duran Duranはここで、自分たちが属する新しい世代、新しい美学を明確に名指ししている。ただし、その歌詞は単なるムーブメントの宣言ではなく、どこか異星人のように地球を観察する感覚を伴っている。これは、若者文化が自分たちを現実社会から少し切り離された存在として演出していたこととも関係している。
Simon Le Bonの歌唱は、まだ若く、やや硬さもあるが、その硬さが曲のSF的な雰囲気と合っている。彼の声は熱く感情を吐き出すというより、スタイリッシュな距離感を持っている。これにより、曲はパンクの怒りではなく、クールな自己演出として響く。
「Planet Earth」は、Duran Duranの始まりを告げる曲であると同時に、1980年代初頭の英国ポップがどこへ向かおうとしていたかを示す楽曲である。電子音、ファッション、クラブ、未来感、自己言及が結びつき、ニュー・ロマンティックの時代精神が凝縮されている。
3. Anyone Out There
「Anyone Out There」は、アルバム序盤の華やかなシングル曲群に続いて、より内省的な側面を見せる楽曲である。タイトルは「誰かそこにいるのか」という意味を持ち、都市の中での孤独、呼びかけ、応答の不在を感じさせる。Duran Duranの音楽はしばしば外向的で華やかに語られるが、この曲には初期の彼らが持っていたメランコリックな感覚がはっきり表れている。
音楽的には、シンセサイザーとギターが比較的バランスよく配置されている。ベースはここでも滑らかに動き、曲に推進力を与えるが、全体の空気は「Girls on Film」や「Planet Earth」ほど派手ではない。Nick Rhodesのシンセサイザーは、暗い空間を作るように響き、曲に夜の都市的な質感を与えている。
歌詞では、相手に呼びかける語り手の孤独が中心にある。誰かがそこにいるのか、声は届いているのかという問いは、恋愛関係だけでなく、都市生活におけるコミュニケーションの不安としても読める。人が多くいる場所にいながら、誰にも本当には届かない感覚。これはニューウェイヴ以降のポップに頻繁に現れるテーマであり、Duran Duranもその感覚を共有している。
Simon Le Bonのヴォーカルは、この曲ではやや感傷的で、呼びかけの切実さを帯びている。ただし、過度に情緒的になることはなく、バンド全体の冷たい音像の中に感情が閉じ込められている。その抑制が、曲の孤独感をより強くしている。
「Anyone Out There」は、Duran Duranが単にスタイリッシュな表層だけのバンドではなく、初期から孤独や不在を扱っていたことを示す楽曲である。華やかなニュー・ロマンティックのイメージの背後にある、冷たい都市感覚を担う重要な曲である。
4. To the Shore
「To the Shore」は、アルバムの中でも比較的穏やかで、幻想的な雰囲気を持つ楽曲である。タイトルは「岸辺へ」という意味で、都市やクラブの人工的な空間から離れ、水辺や風景へ向かうような感覚を持つ。後の『Rio』におけるリゾート的・水辺的なイメージを先取りしているともいえる。
音楽的には、シンセサイザーの柔らかな音色が中心となり、曲全体に浮遊感がある。リズムは控えめで、ベースも他の曲ほど前面には出ない。Duran Duranのダンス・ロック的な側面よりも、アート・ポップ的な空間作りが強く出た曲である。Nick Rhodesの音色設計が、曲の幻想的な空気を支えている。
歌詞は、明確な物語というよりも、場所への移動、遠い景色、岸辺へ向かう感覚を描いている。岸辺は境界の場所である。陸と海、現実と逃避、都市と自然、内面と外界が接する地点である。この曲では、その境界へ向かう動きが静かに表現されている。
Simon Le Bonの歌唱も、ここでは比較的抑制され、夢の中で語りかけるように響く。彼の声は、曲の淡い映像性とよく合っている。Duran Duranの初期作品の中では目立つシングルではないが、アルバム全体に奥行きを与える曲である。
「To the Shore」は、デビュー作の中で、Duran Duranがすでに単なるクラブ向けのシンセポップを超え、風景や映像的な空間を音楽化しようとしていたことを示している。後の「Save a Prayer」や「The Chauffeur」につながる、叙情的で幻想的な側面の初期形である。
5. Careless Memories
「Careless Memories」は、アルバムの中でも特にロック色が強く、攻撃的な楽曲である。タイトルは「無分別な記憶」「軽率な思い出」と訳せるが、歌詞の内容には裏切り、失望、怒り、過去への嫌悪が含まれている。Duran Duranの華やかなイメージとは異なる、ポスト・パンク的な鋭さが前面に出た曲である。
音楽的には、Andy Taylorのギターが非常に強い存在感を持つ。鋭いリフと硬いリズムによって、曲は緊迫したロック・ソングとして進む。John Taylorのベースはここでも動きがあり、リズム隊は曲をタイトに支える。Nick Rhodesのシンセサイザーは背景で冷たい質感を与え、ギターの攻撃性をさらに強調している。
歌詞では、過去の関係への怒りや失望が描かれる。記憶は甘いものではなく、むしろ無責任で傷つけるものとして扱われる。タイトルにある「careless」という言葉は、誰かの無神経さ、あるいは自分自身の未熟さを示しているようにも読める。Duran Duranの歌詞における恋愛は、しばしば華やかなロマンスではなく、視線、距離、傷、誤解を含む。
Simon Le Bonの歌唱は、ここではより強く、感情を押し出している。彼の声は完全なパンク的怒号ではないが、初期Duran Duranの中ではかなり激しい表情を見せる。曲全体にも、ニュー・ロマンティック的な洗練だけではなく、ポスト・パンクから受け継がれた苛立ちがある。
「Careless Memories」は、Duran Duranのデビュー作が単なるシンセポップではなかったことを示す重要な曲である。ギター・バンドとしての強さ、怒りを含んだ歌詞、鋭いリズムによって、アルバムに必要な硬さを与えている。
6. Night Boat
「Night Boat」は、デビュー作の中でも最も不穏で、実験的な雰囲気を持つ楽曲のひとつである。タイトルは「夜の船」を意味し、闇、水、移動、不安、見えない目的地といったイメージを喚起する。Duran Duranの初期におけるゴシック的・ポスト・パンク的な側面が強く表れた曲である。
音楽的には、低く沈んだシンセサイザーと不穏なリズムが中心となる。曲は派手に踊らせるためのダンス・ナンバーではなく、夜の暗い水面を進むような緊張を持つ。ベースは重く、ドラムは抑制され、シンセサイザーは不気味な空間を作る。ギターも鋭く、曲に冷たい緊張を加える。
歌詞は、夜の船に乗ること、暗闇の中を移動することを中心にしている。船は移動の手段であると同時に、陸から切り離された閉じた空間でもある。夜の船は、どこへ向かっているのか分からない。これは、若さや都市生活の不安、あるいは精神的な漂流の比喩として読める。
Simon Le Bonの歌唱は、ここではやや演劇的で、曲の不気味な雰囲気を強調している。彼の声は明るく開かれるのではなく、暗い音響の中に沈み込む。Duran Duranが後により華やかな国際的ポップへ進むことを考えると、この曲の暗さは非常に興味深い。
「Night Boat」は、初期Duran Duranの中でも特にアート・ロック的な曲である。ニュー・ロマンティックの華やかさの裏側にある暗い美意識、ポスト・パンクからの影響、映像的な不穏さが凝縮されている。『Duran Duran』というアルバムに深い影を与える重要な楽曲である。
7. Sound of Thunder
「Sound of Thunder」は、タイトル通り雷鳴のような緊張と不安を含んだ楽曲である。Duran Duranのダンス性と、ポスト・パンク的な暗さが結びついた曲であり、アルバム後半の中でも強い存在感を持っている。
音楽的には、シンセサイザーの不穏な音色と、ベースの動きが印象的である。曲は一定のグルーヴを保ちながら進むが、そこには明るい解放感よりも、迫り来る何かへの警戒感がある。ドラムはタイトで、ギターは必要な場面で鋭いアクセントを加える。
歌詞では、雷鳴という自然現象が、内面的な不安や外部からの脅威の象徴として使われている。雷は突然訪れ、空気を変え、身体に緊張をもたらす。この曲では、その感覚が都市的なニューウェイヴ・サウンドの中で表現されている。自然のイメージでありながら、音楽は非常に人工的である。この対比が曲の面白さである。
Simon Le Bonのヴォーカルは、曲の緊張を受け止めながら、どこか距離を置いて響く。彼は不安を直接叫ぶのではなく、スタイリッシュな声の中に閉じ込める。これがDuran Duranの初期サウンドに独特の冷たさを与えている。
「Sound of Thunder」は、アルバムの中で、明るいポップ性よりも暗いニューウェイヴ感覚を担う曲である。雷鳴というイメージを通じて、若いバンドが持っていた不安と緊張を表現している。
8. Friends of Mine
「Friends of Mine」は、アルバム後半の中でも特に暗く、社会的な不穏さを感じさせる楽曲である。タイトルは「私の友人たち」を意味するが、曲調は温かな友情の歌ではない。むしろ、若者文化、暴力、堕落、危険な人間関係をめぐる冷たい観察が込められている。
音楽的には、ベースとドラムが作る重いグルーヴが中心で、ギターとシンセサイザーがその上で緊張感を作る。曲にはポスト・パンク的な硬さがあり、初期Duran Duranの中でも比較的ダークな位置を占める。踊れる要素はあるが、それは快楽的というより、危険な夜のクラブに足を踏み入れるような感覚である。
歌詞では、友人たちの行動や状況が断片的に描かれる。そこには、華やかな社交ではなく、暴力、破滅、裏社会的な気配がある。若い世代の自由や享楽が、常に危険と隣り合わせであることが示されている。Duran Duranは、単に楽しい夜を描くのではなく、その裏側にある不安や崩壊を見ている。
この曲は、ニュー・ロマンティックの華やかさとは異なる、英国ポスト・パンクの暗い都市感覚に近い。Duran Duranがファッション性や映像美だけのバンドではなく、初期にはかなり冷えた社会観察を持っていたことが分かる。
「Friends of Mine」は、アルバムに陰影と重さを加える重要な曲である。後の『Rio』でバンドはより明るく洗練された方向へ向かうが、本作のこの曲には、まだ夜の街の危険でざらついた感触が残っている。
9. Tel Aviv
アルバムを締めくくる「Tel Aviv」は、インストゥルメンタルを中心とした楽曲であり、Duran Duranのデビュー作の中でも特に異色の終曲である。タイトルはイスラエルの都市テルアビブを指すが、曲は具体的な土地の描写というより、遠い都市への幻想、異国的な空気、映画音楽的な広がりを持っている。
音楽的には、Nick Rhodesのシンセサイザーが大きな役割を果たし、曲全体に広がりと神秘性を与えている。バンドのリズム隊も控えめに支え、曲はポップ・ソングというより、アルバムのエンドロールのように機能する。Duran Duranの映像的な感覚が最も抽象的な形で表れた楽曲である。
「Tel Aviv」は、アルバムの最後に置かれることで、デビュー作の世界を外へ開く役割を果たしている。これまでの曲が都市、クラブ、視線、欲望、夜の不安を描いてきたとすれば、この曲はそれらを遠い地平へ運び去るように響く。『Rio』で本格化する異国趣味や映像的な旅の感覚が、ここにすでに現れている。
インストゥルメンタル的な終曲を置くことは、当時のポップ・アルバムとしてはやや大胆である。Duran Duranはデビュー時点から、単なるシングル中心のバンドではなく、アルバム全体をひとつの映像的体験として構成しようとしていたことが分かる。
「Tel Aviv」は、派手な代表曲ではないが、バンドのアート・ポップ的な志向を示す重要な終曲である。アルバムを華やかなヒット曲で終えるのではなく、異国的で曖昧な余韻の中に閉じることで、Duran Duranの音楽が視覚的想像力と強く結びついていることを示している。
総評
『Duran Duran』は、1980年代ポップの巨大な潮流を予告するデビュー作である。後の『Rio』に比べると、音はまだ荒削りで、プロダクションもやや硬い。しかし、その硬さこそが本作の魅力である。ここには、ポスト・パンクの緊張、クラブ・ミュージックの身体性、シンセポップの未来感、ニュー・ロマンティックのファッション性が、まだ完全に滑らかには混ざり切らないまま存在している。その未整理な緊張が、デビュー作ならではの強度を生んでいる。
本作の最大の特徴は、シンセサイザーとベースの関係にある。Nick Rhodesのシンセサイザーは、曲に冷たい光沢と映像的な空間を与える。一方で、John Taylorのベースは非常に肉体的で、ファンクやディスコの影響を明確に示している。この組み合わせによって、Duran Duranは単なる電子ポップではなく、踊れるロック・バンドとしての個性を確立した。機械的な音と生身のグルーヴの融合は、彼らの音楽の核である。
また、本作にはAndy Taylorのギターがもたらすロック的な鋭さも重要である。「Careless Memories」や「Friends of Mine」では、ギターがバンドのポスト・パンク的な側面を強く支えている。Duran Duranはしばしばシンセポップの文脈で語られるが、実際にはギター、ベース、ドラムのバンド・アンサンブルが非常に強い。電子音だけではなく、ロック・バンドとしての推進力があるからこそ、彼らの楽曲は時代を超えて聴ける強度を持っている。
歌詞面では、映像、視線、都市、夜、欲望、不安が大きなテーマである。「Girls on Film」は映像メディアと女性の身体の消費を挑発的に扱い、「Planet Earth」はニュー・ロマンティックの自己意識をSF的に提示する。「Anyone Out There」や「Night Boat」には孤独と漂流の感覚があり、「Friends of Mine」には若者文化の暗部がある。Duran Duranのデビュー作は、表面的には華やかだが、その内側には冷えた観察眼と都市的な不安が存在している。
音楽史的に見ると、本作はニュー・ロマンティックの重要な記録である。パンク以後の英国音楽は、怒りや粗さだけではなく、スタイル、映像、電子音、クラブ文化を新しい表現の中心に置いた。Duran Duranはその中でも、最もポップで国際的な成功を収めるバンドとなるが、デビュー作の段階ではまだアンダーグラウンドなクラブ感覚やポスト・パンクの影を濃く残している。その意味で本作は、華やかな80年代ポップが形成される前夜の空気をよく伝えている。
後の『Rio』では、Duran Duranの音楽はより色彩豊かで、洗練され、映像的に完成されたものになる。『Duran Duran』はそれに比べると、より暗く、硬く、都市的である。『Rio』が海やリゾート、国際的なポップの開放感を持つ作品だとすれば、本作は夜のクラブ、監視カメラ、フィルム、暗い水面、ネオンの反射といったイメージに近い。そこに、バンドの初期ならではの鋭さがある。
本作は、1980年代のMTV時代を予告する作品でもある。「Girls on Film」の成功は、Duran Duranが音楽と映像を一体化させるバンドであることを示した。彼らは単に曲を作るだけでなく、映像的な世界観、ファッション、身体の見せ方を含めてポップ表現を構築した。これは80年代以降のポップ・スター像に大きな影響を与えた。
日本のリスナーにとって『Duran Duran』は、『Rio』の華やかな印象から遡って聴くと、意外な暗さと硬さを感じるアルバムである。だが、その暗さこそが重要である。ここには、後の商業的成功によって見えにくくなる、バンドのポスト・パンク的な出自とクラブ・バンドとしての緊張がある。特に「Planet Earth」「Girls on Film」「Careless Memories」「Night Boat」「Friends of Mine」は、Duran Duranの初期美学を理解するうえで重要な曲である。
『Duran Duran』は、完成された到達点ではなく、始まりのアルバムである。しかし、その始まりにはすでに、後の成功に必要な要素がほぼすべて含まれている。シンセサイザーの光、ベースの躍動、映像的な歌詞、ファッション性、夜の不安、欲望の演出。Duran Duranはこのデビュー作で、1980年代ポップの新しい形を提示し、その後の『Rio』でそれを世界的なスケールへ拡大していくことになる。
おすすめアルバム
1. Duran Duran — Rio(1982年)
Duran Duranの2作目であり、バンドを世界的なポップ・スターへ押し上げた代表作。デビュー作のシンセポップ、ファンク、ニューウェイヴ的要素をより洗練させ、「Rio」「Hungry Like the Wolf」「Save a Prayer」などの名曲を生んだ。『Duran Duran』の暗く硬い美学が、より色彩豊かで国際的なポップへ発展した作品である。
2. Duran Duran — Seven and the Ragged Tiger(1983年)
『Rio』に続く3作目であり、世界的成功後のバンドがより豪華で大規模なプロダクションへ向かった作品。「The Reflex」「Union of the Snake」などを収録し、ニュー・ロマンティックの華やかさと実験的な音作りが共存している。初期三部作の流れを理解するうえで重要である。
3. Japan — Tin Drum(1981年)
Duran Duranと同時代の英国ニューウェイヴ/アート・ポップの重要作。ファンク的なベース、シンセサイザー、異国趣味、David Sylvianの内省的な歌唱が特徴である。Duran Duranよりも静かで実験的だが、1981年の英国ポップが電子音とスタイルをどのように結びつけていたかを理解するうえで関連性が高い。
4. Spandau Ballet — Journeys to Glory(1981年)
ニュー・ロマンティック初期の空気を強く反映した作品。Duran Duranのデビュー作と同じく、クラブ・カルチャー、ファッション性、シンセサイザー、ポスト・パンク以後のダンス感覚を含んでいる。より演劇的で硬質なニュー・ロマンティックの側面を知るうえで有効である。
5. The Human League — Dare(1981年)
1981年の英国シンセポップを代表する名盤。Duran Duranがバンド・グルーヴとシンセサイザーを融合したのに対し、The Human Leagueは電子音をより中心に据えたポップを展開した。『Duran Duran』と同時代におけるシンセポップの別の完成形として比較して聴く価値が高い。

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