発売日: 2000年9月25日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポストパンク、サイケデリック・ロック、アート・ロック
『A Rock in the Weary Land』は、The Waterboysが2000年に発表した7年ぶりのスタジオ・アルバムであり、
マイク・スコットが“Waterboys”というバンド名義を復活させて放った新章の幕開けとともに、21世紀的サウンドへの大胆な舵切りを示した意欲作である。
1993年の『Dream Harder』を最後にバンド名義を封印し、ソロとして活動していたスコットは、
このアルバムでより荒々しく、ノイジーで、サイケデリックなロック・サウンドを前面に押し出し、
ビッグ・ミュージックともケルト・フォークとも異なる、“破裂する詩”としてのWaterboys”を再構築した。
タイトルの“疲れた土地にある岩”とは、混乱と不安に満ちた世界における信仰、芸術、または言葉そのものの力を示す象徴であり、
アルバム全体には、ポストミレニアルな不安と激しさ、そしてマイク・スコット自身の内的エネルギーが濃縮されている。
全曲レビュー
1. Let It Happen
ノイジーなギターとドラムが炸裂する、アグレッシブなオープニング。
タイトル通り、“起こるべきことは起こる”という宿命と開き直りが交錯し、
マイク・スコットの歌声が鋭く、切り裂くように響く。
2. My Love Is My Rock in the Weary Land
アルバムのタイトルを引用した代表曲。
“僕の愛はこの疲れた世界の岩だ”という一節が繰り返され、
暴力的なノイズのなかに信念と自己肯定の核を見出そうとするロック賛歌。
3. It’s All Gone
空虚と再生、喪失と回帰をテーマにしたミッドテンポのナンバー。
ポストパンク的な冷ややかさと、The Waterboysらしい詩的な熱が同居する。
4. Is She Conscious?
女性の内面世界と霊性をめぐる、スピリチュアルで実験的な楽曲。
語りのような歌とループする電子音が、現実と幻覚の境界線を曖昧にする。
5. We Are Jonah
旧約聖書の預言者ヨナをテーマにしたコンセプチュアルな楽曲。
逃げる者、抗う者、そして飲み込まれる者としての人間像が、
ポップでキャッチーなメロディの中に複層的に描かれる。
6. Malediction
呪詛(malediction)というタイトルが示す通り、怒りと諦念が入り混じった一曲。
轟音ギターと呻くようなヴォーカルが、内面の毒を音へと変換する。
7. Dumbing Down the World
世界の愚鈍化を批評的に描いたナンバー。
メディア批判や政治的怠惰への苛立ちがリリックに込められ、
シニカルでありながら疾走感がある。
8. His Word Is Not His Bond
“彼の言葉は契約ではない”──つまり、信じるに足るものが崩壊した現代を象徴する曲。
スコットの語りと激しいドラムが、誠実さの喪失に対する痛烈な批判を展開。
9. Night Falls on London
都市の夜を舞台にした幻想的バラード。
静けさのなかに狂気が潜むような構成で、
ロンドンの霧と心の闇が重なり合う。
10. The Charlatan’s Lament
“詐欺師の嘆き”という皮肉に満ちた曲で、社会や自己を相対化する視点が光る。
古風なフォーク的メロディと現代的な不協和音の融合がユニーク。
11. The Wind in the Wires
タイトル通り、風と電線の音が鳴るような電子的インストゥルメンタル。
アルバム終盤に不穏な静けさをもたらす短いトラック。
12. Crown
ラストを飾るのは、霊的覚醒をテーマにした壮大なスロー・ナンバー。
“Crown(冠)”とは、苦難の果てに見出す光であり、
マイク・スコットが再び詩人として王冠を手にした瞬間でもある。
総評
『A Rock in the Weary Land』は、The Waterboysのディスコグラフィにおいてもっともアグレッシブでノイジーな作品であると同時に、
そのなかにあってなお、マイク・スコットの詩人としての声は信仰と祈りのメッセージを手放していない。
それは、美しいものの崩壊を見届けた者による、新しい信仰の形の提案とも言えるだろう。
1990年代後半〜2000年代初頭の不安定な時代背景と共鳴しながら、
本作は**“希望の喪失”と“自己の再構築”のあいだで揺れる人間の姿**を鋭く、時に残酷に描き出す。
これはロック・アルバムというより、壊れかけた預言書の断章なのかもしれない。
おすすめアルバム
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Radiohead / Amnesiac
不安と混沌を詩と音で描いたポストミレニアル・ロックの金字塔。 -
Nick Cave & The Bad Seeds / No More Shall We Part
破滅からの祈りと赦しをテーマにした内的ラブソング集。 -
Peter Gabriel / Up
感情と記憶の深層を掘り下げる電子的スピリチュアル・ロック。 -
Mark Lanegan / Bubblegum
轟音と傷の交差点に咲くダークな詩情。 -
Swans / White Light from the Mouth of Infinity
神秘とノイズ、神と人間が交錯するロック・リチュアル。
特筆すべき事項
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本作のレコーディングはロンドンのReal World Studiosなど複数のセッションを経て完成し、
マイク・スコットは従来の固定メンバー制を廃し、多彩なセッション・ミュージシャンとともに制作した。 -
『Dream Harder』以降の活動休止を経て、The Waterboysの名義が復活したことで、
ファンにとっては“第二期Waterboys”の幕開けを象徴する作品となった。 -
本作のラフで荒削りな音像は、一部の初期ファンから賛否両論を呼んだが、
後年においては“ポストビッグ・ミュージックの最重要作”として再評価が進んでいる。
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