
発売日: 2023年10月20日
ジャンル: ポストパンク、アートロック、インダストリアル・ブルース
概要
『The Killer』は、Crime & the City Solutionが約10年ぶりに発表した通算6作目のスタジオ・アルバムであり、
2023年の音楽シーンに突如として現れた、静かなる黙示録の再来である。
Simon Bonneyを中心としたこのバンドは、前作『American Twilight』(2013年)でデトロイトを舞台にアメリカーナとポストパンクの融合を果たしたが、
本作ではさらに個人と国家、加害と被害、暴力と祈りといった重層的テーマを一層研ぎ澄まし、
音楽的にもブルース/インダストリアル/室内楽的構造が結晶化した静謐な緊張感を纏っている。
アルバムタイトルである『The Killer』は、殺人者としての“加害者”にとどまらず、
体制、国家、記憶、歴史――あらゆる“破壊の力”のメタファーとして機能する。
Bonneyの語りはこれまで以上に内省的であり、また儀式的でもあり、
Crime & the City Solutionという名の詩的報告者たちは、再び“殺されたものたち”の声を拾いに戻ってきたのだ。
全曲レビュー
1. Not Necessarily Nice
ノイズ混じりのギターと機械的なドラムが交差する、不穏なオープニング。
“必ずしも善ではない”という反語的タイトルが示すのは、倫理の崩壊と矛盾する現代の道徳。
Bonneyはこの現代の裂け目に、自らの声を滑り込ませるように語る。
2. The Killer
タイトル曲にしてアルバムの核心。
殺人者の視点、あるいは**「誰もが加害者たりうる社会」の寓意**を、神話的イメージで描き出す。
鋭利なギターと深いベースが織りなす音像は、Nick Cave的殺伐さとScott Walker的劇場性を併せ持つ。
3. Brave Hearted Woman
女性賛歌であると同時に、“暴力の時代における静かな抵抗”を象徴するトラック。
タイトルが示すように、ここでは“勇気”が叫びではなく沈黙と持続として描かれる。
ヴァイオリンの旋律が心に深く刺さる。
4. River of God
スローなテンポの中で、宗教的なイメージが濃密に漂う。
“神の川”とは、赦しと裁きの両義性を帯びたメタファー。
信仰の中に潜む暴力を見つめる、静謐で深遠な一曲。
5. Peace in My Time
希望的なタイトルとは裏腹に、“個人的な平和は公共の崩壊のうえに成立する”という皮肉な視点が織り込まれる。
Bonneyの語り口は、牧歌的というよりむしろ退廃の中に見出す疑似救済のようである。
6. This Is Your Face
最もパーソナルで、詩的な楽曲。
他者を見つめること=自己を見つめること、というテーマが、繊細なアコースティックギターと低い語りの交差で浮かび上がる。
7. Burning of Rome
本作中もっともドラマティックな一曲。
“ローマの炎上”は、歴史的事件であると同時に、文明の終焉と倫理の崩壊の象徴。
犯罪、芸術、宗教が同時に揺らぐ瞬間のサウンドトラックであり、Crime & the City Solutionの真骨頂である。
総評
『The Killer』は、Crime & the City Solutionが詩と音による“魂の調査報告書”を現代に再提出したアルバムであり、
それは単なる復活でも、懐古でもなく、現代を生きる者たちへの鋭利な問いかけである。
Simon Bonneyの声は、すでに“歌”を超え、“記憶と予言の媒体”として機能している。
音楽もまたジャンルを横断し、ブルースの祈り、ポストパンクの緊張、インダストリアルの断絶が織り交ぜられている。
このアルバムにはヒット曲も、明確なカタルシスもない。
だがそれゆえに、この時代において最もリアルな音楽の一つとなっているのだ。
Crime & the City Solutionは、
再び“都市”に降り立ち、そして殺されたものたちの声を、音として記録したのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Scott Walker – Tilt (1995)
暴力と美学、語りと沈黙が交錯する実験詩的アルバム。 - Nick Cave & the Bad Seeds – Ghosteen (2019)
死と喪失、再生を静謐に描いた現代の預言的作品。 - Swans – Leaving Meaning (2019)
音響と語りによる精神的彫刻。Bonneyの現在形と共鳴。 - Gira / Hyde – Angels of Light (2005)
深い語りと緊張感、宗教的象徴を兼ね備えた静かな黙示録。 - Rowland S. Howard – Pop Crimes (2009)
Crimeの元ギタリストによる遺作。荒廃と美の極地。
歌詞の深読みと文化的背景
『The Killer』の歌詞は、暴力の主体が“他者”ではなく“構造”にあることを突きつける。
タイトル曲をはじめ、本作に登場する“キラー”は特定の誰かではなく、“時代”そのものの暗喩なのだ。
Bonneyは、これまで以上に**“静かな観察者”として、現代社会の倫理崩壊、信仰の断絶、国家の無関心を冷徹に見つめている。
それでも、彼の声にはわずかながら“祈りにも似た希望”が残っている**。
Crime & the City Solutionは、このアルバムで、
人が人であることの矛盾と哀しみを、音楽という形式に焼き付けたのである。
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