発売日: 1999年3月23日
ジャンル: エレクトロ・ポップ、トリップホップ、オルタナティヴ・ポップ
概要
『Give Yourself a Hand』は、Crash Test Dummiesが1999年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、
彼らのディスコグラフィの中でも特に異色の、**電子音を全面に押し出した“変身作”**として知られている。
1990年代後半、トリップホップやビッグビート、ブリットポップの退潮とともに、ポップミュージックが多様に変容する中、
Crash Test Dummiesもまた、アコースティック主体のフォーク・サウンドから、エレクトロ/ファンク寄りの方向へと大胆に舵を切った。
本作ではBrad Robertsのバリトン・ヴォイスに加え、ピアニスト兼作詞家のエレン・リードが数曲でリード・ボーカルを担当し、
女性的な視点やセクシャルなニュアンスが加わったことも大きな特徴である。
歌詞のテーマも、性、都市生活、ナルシシズム、消費社会など、現代的かつ軽妙な風刺と挑発に満ちた内容が並ぶ。
プロデュースはGreg Wells(後にAdele、Katy Perryらを手がける)が担当し、
打ち込みやファンキーなベース、サンプリングを多用したサウンドは、まるでBeckやJamiroquaiの実験精神と結びついたような質感を持つ。
これはフォークバンドによる電撃的なモダン・ポップへの接近であり、Crash Test Dummiesという“異物”の可能性を最大限に押し広げた試みだった。
全曲レビュー
1. Keep a Lid on Things
ファンキーなギターカッティングとエレクトロ・ビートが印象的な、オープニング・トラック。
“感情を抑える”ことを文字通りの比喩で描くユーモラスな一曲で、
Brad Robertsが珍しくファルセットを使って歌う意欲作。
2. A Cigarette Is All You Get
軽快なドラムマシンと、セクシャルな駆け引きを描いた挑発的な歌詞が特徴。
“煙草一本で済まされる関係性”というタイトルに込められた虚無と享楽の同居が本作のテーマ性を象徴する。
3. Just Chillin’
ジャジーで都会的なムードが漂うチルアウト・トラック。
タイトル通り「まったりすること」を全面的に肯定しながら、現代の怠惰と快楽主義への皮肉も漂う。
4. I Love Your Goo
官能的で奇妙なタイトルの通り、身体性を揶揄しながらも愛情を語る一風変わったラブソング。
アートポップ的視点が強く、レオナルド・コーエン的な文脈も感じさせる倒錯性を持つ。
5. Triple Master Blaster
ファンク色の強いベースラインとリズムが特徴的なナンバー。
“トリプル・マスター・ブラスター”という造語的タイトルは、支配・優越・誇張の象徴として機能する。
6. I’m Outlived by That Thing?(本作では再収録)
1996年の『A Worm’s Life』収録曲の再録だが、全く別物のアレンジに変貌しており、
本作のエレクトロなサウンドスケープに組み込まれることで、消費社会の風刺性がより際立つ。
7. Pissed With Me
Ellen Reidがリード・ボーカルを務める1曲目。
女性の視点から語られる怒りと自立の物語であり、ポップな中に確かなフェミニズム性を含む。
8. Your Gun Won’t Fire
カートゥーン的なリズムに乗せて、性的不能と人間関係の停滞を重ねた諧謔的楽曲。
軽さの裏に、Crash Test Dummiesならではの深読み可能な“哀しみ”が潜んでいる。
9. I’m a Dog(再録版)
『A Worm’s Life』収録の自虐ソングを、よりチープなシンセ・サウンドで再構築。
アイロニカルな自己イメージを強調しつつ、リスナーに“人間性とは何か”を突きつける。
10. Give Yourself a Hand
アルバム・タイトル曲にして、自己愛とナルシシズムの風刺的賛歌。
「自分に拍手しろ(=自画自賛)」というメッセージは、インフルエンサー的自意識の先取りとも言える。
11. Get You in the Morning
エレン・リードによるボーカル曲。
朝の誘惑と気だるさをテーマに、日常の中に潜む情欲と愛情のゆらぎを描くスロウナンバー。
12. A Little Something
アルバムを締めくくるスローな曲調のラストナンバー。
“ほんの少しでいいから”という願いの裏に、現代の過剰性への疲弊と、慎ましさの復権が滲む。
淡々とした余韻のなかで、本作の騒がしさが反転し、静かな終焉を迎える。
総評
『Give Yourself a Hand』は、Crash Test Dummiesが既存のフォーク・ポップ的イメージから完全に脱却し、
都市的でエレクトロニックな“90年代終末のムード”を纏った変革作である。
聴き手を選ぶ内容であることは否めないが、
そこに込められた挑発、脱構築、アイロニー、そして一種のナルシシズムは、
のちにSNS時代を迎える我々にとって、先見的とも言える“現代的自己意識”の鋭利な解剖図である。
Brad Robertsのファルセットやファンキーなビート、リードの女性ボーカルなど、
Crash Test Dummiesの“声”そのものが多重化したことで、
語り手不在の都市的カオス=ポストモダンなポップの記録となったこの作品は、
単なる迷走ではなく、変容し続ける異才たちの誠実な試行錯誤の結晶なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Beck – Midnite Vultures (1999)
エレクトロ・ファンクと風刺の融合。Crash Test Dummiesの本作と精神的に共鳴。 - Jamiroquai – Synkronized (1999)
ファンクとエレクトロの美学。Bradの変化を肯定的に捉える鍵となる作品。 - St. Vincent – Actor (2009)
ポップと不穏、女性的視点の変容。エレン・リードのボーカル曲と通じる構造。 - Pulp – This Is Hardcore (1998)
ポップスターと自己意識、享楽と疲弊の共存を描いた名作。 - Gorillaz – Gorillaz (2001)
ジャンルを横断し、架空の語り手とともに語る都市的異物性の代表作。
ビジュアルとアートワーク
『Give Yourself a Hand』のアートワークは、Brad Roberts自身が手のオブジェを持った写真で構成されており、
タイトルの“手を与える”=自己賞賛/自慰的行為/社会的ナルシシズムを象徴している。
同時に、“語る身体”としての手”という主題が、アルバム全体の歌詞世界とも緩やかにリンクしており、
Crash Test Dummiesにおける“視覚と聴覚の統合的な皮肉”が見て取れる。
このビジュアルは、**音楽よりもさらに“何を笑っていいのか分からない違和感”**を与えるという点で、
本作の奇妙な魅力を視覚的にも補完しているのだ。
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