
発売日: 2013年3月26日
ジャンル: ポストパンク、ゴシック・ロック、オルタナティヴ・アメリカーナ
概要
『American Twilight』は、Crime & the City Solutionが23年ぶりに発表した待望の復活作であり、
その空白期間を超えてなお圧倒的な存在感と音楽的深化を見せつけた、20世紀の預言者たちによる21世紀への報告書である。
1990年の『Paradise Discotheque』以来となる本作では、拠点をデトロイトに移したこともあり、
これまでのヨーロッパ的な終末観にアメリカーナ的な広がりと現代的リアリズムが加わっている。
中心人物であるSimon Bonneyはオーストラリアから米国に移住し、
新たにDavid Eugene Edwards(Wovenhand)、Jim White(Dirty Three)、Troy Gregory(ex-The Dirtbombs)などを迎えた編成によって、
Crime & the City Solutionは**音楽的にも地理的にも再構築=“再移住”**されたのである。
『American Twilight』は、
都市の崩壊と個人の再生、預言と告白、怒りと希望を内包する作品であり、
Crime & the City Solutionの名にふさわしい、**“犯罪と救済の音楽詩”**として再び鳴り始めた鐘の音なのだ。
全曲レビュー
1. Goddess
アルバム冒頭から炸裂する、力強いビートと骨太なギター。
Bonneyの声は依然として深く響き、神話的存在としての“女神”と破壊的欲望の交錯を描く。
Wovenhand的な西部の霊性とNick Cave的な闇のドラマが交差する現代のゴスペル。
2. My Love Takes Me There
美しくメランコリックなミッドテンポ。
“愛が私をそこへ連れていく”という言葉は、現実逃避ではなく魂の移動=贖罪の旅を意味している。
Jim Whiteのドラムが、沈んだ感情に静かな推進力を与える。
3. Domina
ミステリアスで呪術的な雰囲気が漂う一曲。
“Domina”=支配する女としての象徴は、性的権力とスピリチュアルな崇拝のあいだで揺れる。
電子音とギターのノイズが重なり、現代の儀式音楽のような趣を持つ。
4. The Colonel (Doesn’t Call Anymore)
どこかアメリカの黄昏時を想起させるブルージーな一曲。
“呼ばなくなった大佐”は、失われた時代や政治的理想の象徴とも読める。
ノスタルジアと警鐘が同居する、追悼と批判の入り混じったバラード。
5. Riven Man
不穏なリフと反復する歌詞が、“裂かれた人間”=現代人の分裂的存在を直視する。
ここでBonneyは、救済ではなく“断裂そのものの詩情”を歌う。
音響はインダストリアルにも接近し、かつての荒涼感が新しい形で蘇る。
6. American Twilight
タイトル曲にして本作の核心。
“アメリカの黄昏”という言葉は、帝国の終わりだけでなく、希望の残照も孕む。
ヴァイオリンとスライドギターが織りなす風景は、廃墟の中で光を探す旅人の視点を感じさせる。
Crime & the City Solutionが見た“21世紀の神話的アメリカ”の結晶。
7. The Sun’s Tears
「太陽の涙」という幻想的タイトルに反して、内容は痛烈な現実批判。
気候変動、戦争、精神の崩壊といったモチーフが盛り込まれ、光の象徴たる太陽が涙するという強烈なアイロニーが炸裂する。
8. Streets of West Memphis
本作屈指の叙情詩。
殺人事件で知られるウエスト・メンフィスの街を舞台に、都市の呪われた歴史と個人の罪が交錯する。
アコースティックギターとストリングスが淡く光る、Crime流のアメリカーナ叙景。
9. Talking to the Bones
アルバム最後を締めくくるのは、死者との対話。
“骨に話しかける”という表現は、忘れられた声への耳傾け、過去と向き合う儀式的行為として描かれる。
静謐でありながら、“終わり”ではなく“次の章”を予感させるラストである。
総評
『American Twilight』は、Crime & the City Solutionの再生を告げるだけでなく、
ロックの預言者が21世紀においても語るべき言葉を失っていないことを証明した作品である。
過去作にあった終末的な叙情は、
ここでより現実と接続しながら、広大なアメリカの風景と社会的亀裂に身を投じている。
Simon Bonneyの語りは、依然として黙示録的でありながら、
どこかに**“祈りではなく問い”としての言葉のあり方**を模索しているように聞こえる。
その意味で『American Twilight』は、
Crime & the City Solutionのディスコグラフィの中でも最も“現在”に根ざした作品であり、
ノスタルジーではなく“時間の裂け目に生きる感覚”を鳴らす音楽なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Wovenhand – The Laughing Stalk (2012)
本作に参加したDavid Eugene Edwardsの霊的アメリカーナの結晶。 - Swans – To Be Kind (2014)
暴力と祈りの間で揺れる現代的黙示録音楽。音圧と語りの緊張感が共鳴。 - Nick Cave & the Bad Seeds – Push the Sky Away (2013)
詩的内省と現代への視線が交差する“静かな怒り”の名盤。 - Mark Lanegan – Blues Funeral (2012)
荒涼とした歌声とエレクトロ/ロックの融合。Bonneyとの精神的親和性が高い。 - Low – Double Negative (2018)
崩壊する世界と音の実験が重なるポストアメリカ的な名作。
歌詞の深読みと文化的背景
『American Twilight』の歌詞は、宗教、帝国、個人、死者、そして記憶の声に満ちている。
Bonneyはもはや“預言者”ではなく、“亡霊たちの聞き手”であり、
それゆえに彼の語りは、支配ではなく“聴くこと”から始まる音楽的行為なのだ。
アメリカという舞台は、本作において単なる地名ではなく、
**“信仰と暴力、希望と腐敗が併存する神話の現在形”**として描かれる。
Crime & the City Solutionはこの作品で、
21世紀という「犯罪と赦しの狭間にある都市」に再び降り立ち、
“語られるべき沈黙”を、音と共に記録してみせたのである。
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