発売日: 2022年3月11日
ジャンル: インディー・ロック、ドリーム・ポップ、ネオ・サイケデリア、オルタナティブ・ポップ
概要
『Keep on with Falling』は、The Boo Radleysが実に24年ぶりに発表した2022年の復活作であり、長い沈黙の後に届けられた第二章の幕開けである。
前作『Kingsize』（1998年）を最後に活動を停止していたバンドは、2020年代に入って突如再始動を発表。
だが最大の変化は、中心メンバーであり全楽曲の作詞作曲を担っていたマーティン・カーが不在という点である。
このアルバムは、ボーカルのサイモン・“シズ”・ロウを中心に新たに構築された体制で制作された。
そのため、かつての複雑な音響設計やアレンジの実験性こそ抑えめだが、ブリットポップ〜ネオ・サイケの時代を経た今、成熟したポップとしてのBoo Radleys像が提示されている。
アルバムタイトル「Keep on with Falling」は、“落ち続けることをやめない”という逆説的な言葉であり、過去の栄光に縋るのではなく、不安定さや脆さの中で歌い続けることの意志表明として読める。
かつてのエッジや尖鋭性とは違う、穏やかでメロディアスな印象が強く、それがかえって今のBoo Radleysの誠実さを映し出しているのだ。
全曲レビュー
1. I’ve Had Enough I’m Out
アルバムの幕開けを飾る決意表明的ロック・チューン。
「もううんざりだ、出ていくよ」という直截なタイトルに反し、音像は明るく開放的。
新しいBoo Radleysの始まりを感じさせる力強い一曲。
2. Keep on with Falling
表題曲にふさわしく、哀感と希望が交錯するミッドテンポ・ナンバー。
“落ち続けること”への肯定が、再始動バンドの現実を物語る。
3. All Along
クラシカルなギター・ポップの手触りを持つ楽曲。
過去との対話をしながら、現在を確かに歩いていくような感触がある。
4. I Say a Lot of Things
90年代の記憶を思わせるような、ドリーミーなコードと柔らかいボーカル。
言葉が溢れ出すようなタイトルに、長年の沈黙を破った感慨が滲む。
5. Tonight
躍動感のあるリズムとハーモニーが心地よい。
サビでの“Tonight”のリフレインは、シンプルながら心に残る。
6. A Full Syringe and Memories of You
アルバム中もっとも陰影が深く、タイトルも意味深。
“満たされた注射器”と“あなたの記憶”という対比は、依存と喪失を暗示しているようにも感じられる。
7. Call Your Name
軽快なテンポと明るいコード進行。
呼びかけのようなボーカルが印象的で、かつての“The Boo!”的なポップ性を思い出させる。
8. Here She Comes Again
“彼女がまたやってくる”という反復に、懐かしさと期待が交錯。
メロディ主導で展開する構成は、後期のBoo Radleysに通じるロマンティシズムがある。
9. You and Me
アコースティックギターとシンプルな構成が映える一曲。
普遍的な“あなたと私”というテーマを、飾り気なく描いている。
10. I Can’t Be What You Want Me to Be
やや内省的なトーンで、バンドの現在地を自問するような楽曲。
“君が望む自分にはなれない”というフレーズは、変化と葛藤の証しでもある。
11. Alone Together
アルバムを締めくくるにふさわしい、美しくメランコリックなトラック。
「共に孤独でいる」という逆説的なテーマが、成熟したバンドの哲学として響く。
総評
『Keep on with Falling』は、The Boo Radleysの復活を告げる“第二のデビュー作”であり、過去の栄光に寄りかからず、等身大の表現を貫いた音楽的再生の記録である。
マーティン・カー不在という事実は確かに大きい。
しかしそれによって、シズ・ロウと他メンバーが自らの声とメロディに再び向き合うこととなり、かつての混沌や実験性とは異なる“明晰で抒情的な音楽”が生まれている。
もちろん『Giant Steps』のような革新性や、『C’mon Kids』のような破壊衝動はここにはない。
だが、それこそが今の彼らの選択であり、この“落ちていく”過程すら美しく歌い上げようとする姿勢こそが、本作最大の魅力である。
『Keep on with Falling』は、再始動バンドによるノスタルジーではなく、現在を見つめ、未来へ歩く音楽なのだ。
おすすめアルバム
- Teenage Fanclub / Endless Arcade
ベテランギターポップバンドの円熟と哀愁が、共鳴する空気を持つ。 - Ride / This Is Not a Safe Place
シューゲイザーの復活と成熟を象徴する作品。再始動バンドとしての共通項も多い。 - The Charlatans / Modern Nature
90年代バンドの現代的再解釈。穏やかで洗練されたポップ性。 - Gene / Libertine
ブリットポップ後期の深い抒情と内省において、『Keep on with Falling』と精神的に近い。 -
Doves / The Universal Want
ポスト・ブリットポップ世代の感覚で、成熟したサウンドが広がる名盤。
制作の裏側（Behind the Scenes）
本作は、ロンドンとウェールズの小規模スタジオで断続的にレコーディングされ、デジタルとアナログの手法が併用された。
シズ・ロウはリードボーカルとともに作曲にも大きく関わり、歌詞面でも個人的な内容が色濃く反映されている。
バンド自身がセルフ・プロデュースに近い形で進行させたため、過剰な装飾はなく、DIY的な親密さと柔らかい空気感が作品全体を包んでいる。
リリースはインディー・レーベルBoostracksからとなり、かつてのメジャー時代と比べて非常にミニマルなプロモーションであったが、その控えめな姿勢も本作の誠実さと重なる部分である。
Boo Radleysは「再び巨大なステージに立つため」ではなく、「音楽を必要とする自分たちのために」このアルバムを作ったのだ。
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