発売日: 1993年8月31日
ジャンル: ネオ・サイケデリア、ドリーム・ポップ、インディー・ロック、ブリットポップ
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. I Hang Suspended
- 2. Upon 9th and Fairchild
- 3. Wish I Was Skinny
- 4. Leaves and Sand
- 5. Butterfly McQueen
- 6. Rodney King (Song for Lenny Bruce)
- 7. Thinking of Ways
- 8. Barney (…And Me)
- 9. Spun Around
- 10. If You Want It, Take It
- 11. Best Lose the Fear
- 12. Take the Time Around
- 13. Lazarus
- 14. One Is For
- 15. Run My Way Runway
- 16. I’ve Lost the Reason
- 17. The White Noise Revisited
- 総評
- おすすめアルバム
- ファンや評論家の反応
概要
『Giant Steps』は、The Boo Radleysが1993年に発表したサード・アルバムであり、彼らのキャリアの中でも最も革新性と完成度を両立した決定的傑作である。
1990年代初頭、シューゲイザー・ムーブメントの一角として台頭した彼らは、本作においてその枠を大胆に飛び越えた。
タイトルはジャズ界の巨人ジョン・コルトレーンのアルバム『Giant Steps』に由来し、バンドの音楽的野心を象徴している。
シューゲイザーのギターレイヤー、サイケデリックな実験、ジャズ的コード進行、ブラスやホーンセクション、ダブ、リズムの多様性。
それらすべてが緻密に織り込まれた70分超の長編作品は、“あらゆる音楽が同居するポップアルバム”として1993年当時、批評家から絶賛を浴びた。
英音楽誌Selectでは「1993年最高のアルバム」と評され、NMEやMelody Makerでも高得点を獲得。
のちにブリットポップの起点として本作を位置づける声も多く、Blur『Parklife』やOasis『Definitely Maybe』以前の“隠れた金字塔”とされている。
とりわけマーティン・カーのソングライティングとアレンジのスケールは圧倒的であり、アルバムはポップの実験室と呼びたくなるほどに多彩な音に満ちている。
全曲レビュー
1. I Hang Suspended
高揚感あふれるイントロで幕を開ける一曲。
ギター・ポップの皮をかぶった実験作であり、開放感と緊張感が交錯する構成が素晴らしい。
2. Upon 9th and Fairchild
管楽器とディレイ処理されたギターが絡むサイケデリック・ポップ。
タイトルにある「9番通りとフェアチャイルド通り」は都市の寓話的な象徴として機能する。
3. Wish I Was Skinny
メロディアスで親しみやすい中にも、自己否定とユーモアが交差するリリックが印象的。
サビの展開はThe Beatles的なコード進行も感じさせる。
4. Leaves and Sand
穏やかなアコースティック・ギターとホーンのアレンジが美しい。
風と砂というモチーフが、儚さと回帰を象徴している。
5. Butterfly McQueen
エフェクトと不協和音が交錯する奇妙なサイケ・ナンバー。
タイトルは女優バタフライ・マクイーンから取られたものと思われる。
6. Rodney King (Song for Lenny Bruce)
ロドニー・キングとレニー・ブルースという異なる社会的象徴を並べた曲。
政治性と文化批評を交差させる実験的ポップであり、非常に意欲的。
7. Thinking of Ways
美しいメロディと構成を持つアルバム中盤のハイライト。
“何かを考えること”自体が目的になっていくような、静かな哲学性を湛えている。
8. Barney (…And Me)
優しさと皮肉が同居するドリーム・ポップ。
歌詞の構造には物語性があり、登場人物“Barney”を通じて自己と他者の関係を描く。
9. Spun Around
タイトルの通り、回転し続けるようなコード進行とメロディ。
トリップ的なサウンドが心地よく、アルバムの中でも特にサイケ色が濃い。
10. If You Want It, Take It
大胆なテンポチェンジと突発的展開が続く。
欲望と自由、所有と放棄のテーマがレイヤー化されたリリックに表れている。
11. Best Lose the Fear
短く、緊張感のあるインストゥルメンタル風楽曲。
リズムとノイズの反復が聴覚的なクッションとなって機能している。
12. Take the Time Around
一転してクラシックなポップスタイル。
90年代的ポップの原型をなぞるようでありながら、どこかねじれた構成が心地よい。
13. Lazarus
7分を超える本作の中心的楽曲。
静から動へのダイナミックな構成、重厚なホーン、轟音ギター、ポストロック的展開。
この曲一つで『Giant Steps』のすべてを体現していると言える。
14. One Is For
静寂の余韻を残す小曲。
深呼吸のような間奏的役割を持ち、次のクライマックスに向けた感情の溜めとなる。
15. Run My Way Runway
ファンキーなリズムとポップなメロディが融合した佳曲。
タイトルは言葉遊びであり、「私の道＝滑走路」という比喩的構造が面白い。
16. I’ve Lost the Reason
内省的で、憂いを帯びたコード進行が特徴。
理由を見失うこと——それはある種の自由でもあり、喪失でもあるという感情を描く。
17. The White Noise Revisited
ノイズとメロディ、破壊と再構築。
最終曲としての風格を持ち、アルバムの世界をしっかりと着地させる。
総評
『Giant Steps』は、The Boo Radleysがジャンルの壁を超え、ポップという形式を徹底的に解体し再構築した記念碑的作品である。
単なるシューゲイザー・バンドにとどまらず、サイケ、ジャズ、ダブ、フォーク、ポップ、インディーのあらゆる要素を内包しながら、それらを決して散漫にはせず、アルバムとしての一貫性を維持している点が驚異的である。
また、全17曲という長尺にもかかわらず、構成は巧みに緩急がつけられており、通して聴いても飽きがこない。
むしろ聴き進めるごとに発見があり、リスナーの精神を拡張させるような知的かつ感覚的な快楽を提供してくれる。
『Giant Steps』は、ブリットポップ前夜のUK音楽シーンにおいて、もっとも革新的で普遍的なアルバムの一つであり、時代を超えて響き続ける隠れたマスターピースなのである。
おすすめアルバム
- Blur / Modern Life Is Rubbish
ポップの再構築と英国文化批評が交差する傑作。『Giant Steps』の精神と呼応する。 - Mercury Rev / Deserter’s Songs
オーケストラルでドリーミーな音響が、Boo Radleysのサイケ路線と響き合う。 - XTC / Skylarking
ポップへの偏愛と構成美。『Giant Steps』のルーツのひとつとも言える。 - The Beta Band / The Three E.P.’s
ジャンルの縦断、ループ、実験性など、『Giant Steps』と並ぶ90sの音の冒険。 - Spiritualized / Ladies and Gentlemen We Are Floating in Space
音響と宗教性、ポップとノイズのせめぎ合いが、美的に極まった名作。
ファンや評論家の反応
本作は、当時のUKメディアから熱狂的に支持され、Select誌では「1993年最高のアルバム」として1位に選出。
また、NMEやQ誌でも年間ベストの常連として名前が挙がり、90年代ブリティッシュ・ポップスの原点としても後年再評価が進んでいる。
The Boo Radleysはこのアルバムで、その後の『Wake Up!』による商業的成功の足場を築いたが、多くのファンにとって真の傑作はこの『Giant Steps』であるという認識が定着している。
サイケデリア、シューゲイザー、ポップ、アヴァンポップ——あらゆる音楽的指向がここで交差し、昇華されていることに対する賞賛は、今なお止むことがない。
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