
発売日: 1974年9月13日
ジャンル: シンガーソングライター、フォークロック、カントリーロック
概要
『Late for the Sky』は、ジャクソン・ブラウンが1974年に発表した3作目のスタジオアルバムであり、
彼のキャリアにおける決定的な代表作として、今なお高い評価を受け続けている。
本作では、愛の終焉、時間の流れ、死への意識――
それら避けがたいテーマを、驚くほど冷静でありながら情感豊かな筆致で描いている。
プロデューサーはジョン・ハウランドとブラウン自身。
演奏は、ブラウンの長年の盟友であるデヴィッド・リンドレーを中心に、
シンプルかつ緻密なアレンジが施されており、歌詞とメロディがまっすぐに響く構成となっている。
1970年代中盤、理想を失い、現実と向き合うことを余儀なくされたアメリカ社会。
『Late for the Sky』は、その時代に生きた個人の孤独と誠実な問いかけを、
圧倒的な純度で封じ込めた、静かなる傑作なのである。
全曲レビュー
1. Late for the Sky
アルバムを象徴するタイトル曲。
愛が終わりつつある瞬間を静かに、しかし克明に描写する。
ピアノとストリングスの切ない響きが胸に迫る。
2. Fountain of Sorrow
かつての恋人との思い出を回想しながら、
失われた夢と純真さを静かに悼む長編バラード。
ブラウンの最高傑作のひとつとされる名曲である。
3. Farther On
人生の旅路における孤独と希望をテーマにした、内省的なフォークバラード。
乾いた声とアコースティックギターの響きが、深い余韻を残す。
4. The Late Show
恋愛における演技性と本音のすれ違いを、
静かに、しかし鋭く描いたナンバー。
都会的でクールなムードが漂う。
5. The Road and the Sky
本作では異色のロックナンバー。
開放感あふれるドライヴソングだが、
その底流にはやはり孤独と無常感が流れている。
6. For a Dancer
死をテーマにしながらも、
亡き友への静かな鎮魂と生への賛歌を綴った美しい曲。
結婚式や葬儀で歌われることも多い、ブラウン屈指の感動作。
7. Walking Slow
ブルージーなリズムに乗せた、珍しく陽気なナンバー。
日常の小さな幸福を素直に讃えている。
8. Before the Deluge
アルバムを締めくくる壮大なバラード。
人類の傲慢と滅亡、そして再生への祈りを、
静かな怒りと深い慈愛を込めて歌い上げる。
総評
『Late for the Sky』は、ジャクソン・ブラウンの作品の中でも、
最も深く、最も痛切で、最も美しいアルバムである。
ここには、ドラマチックなカタルシスも、安易な希望もない。
あるのは、避けがたい別れ、失われたものへの哀惜、
それでもなお生き続けようとする小さな意志だけだ。
ブラウンは、自らの弱さをさらけ出すことを恐れない。
むしろ、その傷つきやすさ、脆さを誠実に見つめることで、
聴く者すべてに共感と救済の手を差し伸べている。
『Late for the Sky』は、時間を超えて響き続ける。
それは、誰もが避けられない喪失と向き合う夜に、
そっと寄り添ってくれるアルバムなのである。
おすすめアルバム
- Jackson Browne / For Everyman
本作の直前に発表された、より社会的視野を持った力作。 - Neil Young / Tonight’s the Night
喪失と絶望を赤裸々に描いた、同時代の名盤。 - Joni Mitchell / Court and Spark
個人の感情と社会的背景を繊細に交錯させた、洗練されたアルバム。 - Bob Dylan / Blood on the Tracks
愛と喪失をテーマにした、シンガーソングライター史上屈指の傑作。 -
Van Morrison / Veedon Fleece
同時代に生まれた、内省と精神的旅路を描く静謐な名作。
歌詞の深読みと文化的背景
『Late for the Sky』の歌詞世界には、
1970年代中盤のアメリカ――理想の喪失と現実への目覚め――が色濃く反映されている。
60年代の夢(公民権運動、ヒッピー文化、平和運動)は潰え、
若者たちは個人的な痛みと向き合わざるを得なかった。
ブラウンは、その時代精神を声高に叫ぶのではなく、
あくまで個人の物語として静かに語った。
「Fountain of Sorrow」のような曲では、
愛の終わりと成長を、時間の流れと重ね合わせ、
「Before the Deluge」では、
人類の滅びを寓話的に歌いながら、最後に希望の種を残す。
ブラウンは語る――
希望とは、約束された未来ではなく、
失われたものを悼みながらも、それでも歩み続ける意志の中にあるのだと。
『Late for the Sky』は、
そんな静かな希望と深い哀しみをたたえた、
永遠に心に残る音楽の記録なのである。
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