
発売日: 1965年10月
ジャンル: フォークロック、サンシャインポップ、ガレージロック
概要
『It Ain’t Me Babe』は、ザ・タートルズが1965年に発表したデビューアルバムであり、
フォークロック・ムーブメントの流れに乗って登場した彼らの鮮烈な第一歩である。
当初は「クロスファイア」という名前でガレージバンドとして活動していた彼らは、
ボブ・ディランの「It Ain’t Me Babe」をカバーしたシングルで一躍注目を集め、
グループ名もザ・タートルズに改め、レコードデビューを果たした。
プロデュースはリディア・ジャーナイガンとホワイト・ウィルソンが担当。
フォークロックの瑞々しい響きと、
彼ら特有のキャッチーなメロディセンス、陽気なコーラスワークが既に顔を覗かせている。
ザ・タートルズはこの時点では、
まだ自作曲に本格的に取り組んではいなかったが、
本作は、
後の”ハッピーなポップ職人”としての彼らの萌芽を感じ取れる重要作なのである。
全曲レビュー
1. Wanderin’ Kind
グループオリジナルによるオープニングナンバー。
旅をテーマにした軽やかなフォークロックチューンで、瑞々しいバンドの個性がのぞく。
2. It Was a Very Good Year
フランク・シナトラでも知られるバラードを、
メロウで親しみやすいフォークアレンジに落とし込んだカバー。
3. Your Maw Said You Cried
R&Bスタンダードをエネルギッシュに再解釈。
若さゆえの無鉄砲さと熱気が弾ける一曲。
4. Eve of Destruction
バリー・マガイアのプロテストソングをカバー。
フォークロックならではの社会的メッセージが滲む。
5. Glitter and Gold
ザ・ティーメンの楽曲をカバー。
煌びやかなサウンドに、やや憂いを帯びたコーラスが印象的。
6. Let Me Be
ディラン路線から徐々にオリジナル路線へ向かう中でのヒット曲。
自由を求める若者の心情を、軽快なビートに乗せて爽やかに歌う。
7. Let the Cold Winds Blow
叙情的なバラードナンバー。
初期ザ・タートルズのロマンティックな一面がよく表れている。
8. It Ain’t Me Babe
アルバムのタイトル曲にして代表作。
ディランの悲しげな拒絶の歌を、
よりポップで親しみやすいタッチに昇華した、絶妙なカバー。
9. A Walk in the Sun
柔らかいコーラスとフォーク風味のメロディが心地よい、軽やかなナンバー。
10. Last Laugh
ややブルージーなフィーリングを持った楽曲。
若いながらも、感情の起伏をしっかり表現している。
11. Love Minus Zero / No Limit
ボブ・ディランの名曲を繊細にカバー。
フォークロックへの真摯な愛情が感じられる。
12. Like a Rolling Stone
再びディランカバー。
原曲の鋭さを少し丸くした、タートルズ流の青春ソウルが光る。
総評
『It Ain’t Me Babe』は、
ザ・タートルズが時代の波に乗りながら、自らの音楽性を模索していた時期を映し出す作品である。
ボブ・ディラン、バリー・マガイア、ティーメンなどのカバーが多いが、
そこには単なる模倣ではなく、
彼ら特有の明るさ、親しみやすさが随所に現れている。
このアルバムでのフォークロック色は、
後に「Happy Together」などで開花するサンシャインポップ路線への
自然なステップだったといえる。
『It Ain’t Me Babe』は、
まだ粗削りで、しかしだからこそ瑞々しい、
1960年代アメリカン・フォークロックの青春の記録なのである。
おすすめアルバム
- The Byrds / Mr. Tambourine Man
フォークロックの金字塔的デビュー作。ザ・タートルズにも多大な影響を与えた。 - The Lovin’ Spoonful / Do You Believe in Magic
ザ・タートルズと並ぶ、陽気なアメリカンフォークポップの先駆者。 - The Mamas & the Papas / If You Can Believe Your Eyes and Ears
美しいコーラスワークとフォークポップの理想形を示した傑作。 - Simon & Garfunkel / Sounds of Silence
同時期における、より内省的なフォークロックの代表作。 -
Sonny & Cher / Look at Us
ディランカバーとポップセンスを両立させた、60年代ミックスカルチャーの象徴作。
歌詞の深読みと文化的背景
1965年――
アメリカでは公民権運動、ベトナム戦争への反発、若者文化の高揚が重なり、
音楽は単なるエンターテイメントから社会の声へと変貌しつつあった。
そんな中、ザ・タートルズは、
ボブ・ディランの「It Ain’t Me Babe」を
“君を救うのは僕じゃない”という個人的な拒絶の歌として取り上げた。
だが彼らのカバーは、原曲の悲壮感をやや和らげ、
もっと軽やかで普遍的な青春の不安として響かせている。
『It Ain’t Me Babe』は、
時代の重さを感じつつも、
それを肩肘張らず、自然体で受け止めた若者たちのアルバムなのである。
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