
発売日: 1993年10月11日
ジャンル: シンガーソングライター、フォークロック、アダルトコンテンポラリー
概要
『I’m Alive』は、ジャクソン・ブラウンが1993年に発表した10作目のスタジオアルバムであり、
1980年代の社会派路線から再び、個人的な愛と喪失というテーマに回帰した作品である。
前作『World in Motion』まで続いた政治的メッセージの強いアルバム群とは異なり、
本作では自身の離婚や恋愛の痛みをストレートに表現し、
70年代初期の叙情的な作風への原点回帰とも呼べるアプローチを見せている。
音楽的には、シンプルで温かなフォークロック・サウンドを基調に、
ミニマルなアレンジとブラウン自身の内省的な歌声を前面に押し出した。
90年代初頭、オルタナティヴ・ロックとグランジが全盛を迎える中で、
『I’m Alive』は静かに、しかし確かな存在感を放つ大人のアルバムとなったのである。
全曲レビュー
1. I’m Alive
アルバムのタイトル曲であり、テーマを象徴するオープニング。
傷つきながらも生きていることへの静かな誇りと希望が、優しく、しかし力強く歌われる。
2. My Problem Is You
恋愛関係のすれ違いをテーマにした軽快なミディアムテンポの曲。
ユーモラスな語り口の裏に、深い切なさが滲む。
3. Everywhere I Go
孤独と自由をテーマにした旅の歌。
シンプルなビートとブラウンの飾らない歌声が心地よいドライヴ感を生み出している。
4. I’ll Do Anything
実際にジェームズ・L・ブルックスの映画用に書かれた楽曲。
恋愛における献身と自己犠牲の滑稽さを、コミカルに描いている。
5. Miles Away
感情的な距離と物理的な距離の両方をテーマにした叙情的なバラード。
遠ざかる愛を、静かに、しかし痛切に歌い上げる。
6. Too Many Angels
壮大なコーラスと美しいメロディが印象的なバラード。
失われた純粋さ、そしてそれでもなお存在する希望への讃歌となっている。
7. Take This Rain
悲しみを雨になぞらえた叙情詩。
ピアノとストリングスを中心としたアレンジが、楽曲に深い哀愁を与えている。
8. Two of Me, Two of You
自己矛盾と恋愛のもどかしさを描いた、ミディアムテンポのフォークナンバー。
“自分自身すらまとまらない”という苦い感情が素直に表現される。
9. Sky Blue and Black
愛と喪失の物語を、美しいメロディに乗せて描くアルバム屈指の名曲。
別れた相手への想いと、なおも続く愛情を、圧倒的な情感で表現している。
10. All Good Things
アルバムを締めくくる、静かなクロージングナンバー。
「すべての良いものは終わりを迎える」という認識を、穏やかに、受け入れるように歌う。
総評
『I’m Alive』は、ジャクソン・ブラウンが
再び”個人の感情”という領域に戻り、
それを70年代初頭の名作群にも比肩する深さと誠実さで描き切ったアルバムである。
社会を変えようとする大きな声ではなく、
愛に破れ、孤独を抱え、それでも生き続ける個人の小さな声。
ブラウンは、その声に耳を澄ませ、
傷つきながらもなお響き続ける”生”そのものを、音楽に刻みつけた。
洗練されたサウンド、研ぎ澄まされた歌詞、
そして何より、人生の痛みと美しさを受け入れる成熟した眼差し。
『I’m Alive』は、ジャクソン・ブラウンの静かな復活であり、
リスナー自身の”生きる痛みと誇り”を優しく肯定してくれる、
かけがえのないアルバムなのである。
おすすめアルバム
- Jackson Browne / Late for the Sky
本作と通じる内省と喪失感を描いた初期の最高傑作。 - Joni Mitchell / Turbulent Indigo
90年代に発表された、深い孤独と芸術的成熟を描く傑作。 - Bruce Springsteen / Tunnel of Love
恋愛と自己認識をテーマにした、成熟した視点のロックアルバム。 - Paul Simon / The Rhythm of the Saints
人生の旅と内省をテーマにした、リズミカルで深い作品。 -
Leonard Cohen / The Future
希望と絶望の間を行き交う、哲学的でシニカルな名作。
歌詞の深読みと文化的背景
『I’m Alive』の背景には、ジャクソン・ブラウン自身の離婚、
そして80年代の政治的活動による疲弊がある。
激動の社会を変えようと叫んだ80年代を経て、
90年代初頭、世界は冷戦後の新たな不安に包まれていた。
そんな中でブラウンは、
社会ではなく、自分自身――
より小さな、しかし確かな真実を見つめる旅に出た。
「Sky Blue and Black」では、別れた恋人への想いが、
「Take This Rain」では、悲しみの浄化が、
「I’m Alive」では、絶望の中に芽生える微かな希望が歌われる。
『I’m Alive』は、
大きな声を張り上げることではなく、
小さな声で、自分の痛みと希望を語ることの尊さを教えてくれる。
それは、静かで、しかし確かな生の証明なのだ。
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