
発売日: 1978年1月18日
ジャンル: ロック、シンガーソングライター、ハードロック
概要
『Excitable Boy』は、ウォーレン・ジヴォンが1978年に発表した3作目のスタジオアルバムであり、
彼のキャリア最大の成功作かつ代名詞的な作品である。
ジャクソン・ブラウンとウォーレン・ジヴォン自身の共同プロデュースのもと制作され、
「Werewolves of London(ロンドンの狼男)」というシングルヒットに牽引されて、
アルバムは全米Top10入りを果たした。
だが、この作品は単なるヒットアルバムではない。
キャッチーなメロディの裏に潜む、暴力、狂気、死、そしてブラックユーモア。
これらが絶妙なバランスで交錯し、
一見親しみやすくも内側に底知れない闇を孕んだ独自の世界を築き上げている。
『Excitable Boy』は、
70年代アメリカンロックの黄金期において、
最も危険で、最も魅力的な異端の傑作なのである。
全曲レビュー
1. Johnny Strikes Up the Band
軽快なロックンロールナンバー。
音楽の持つ解放感と祝祭性をストレートに讃える、明るいオープニング。
2. Roland the Headless Thompson Gunner
内戦下のアフリカを舞台にした、血塗られた復讐劇。
フォーク調のメロディに乗せて、
戦争ビジネスと暴力の無限連鎖を冷徹に描く。
3. Excitable Boy
アルバムタイトル曲。
明るいメロディとは裏腹に、
とんでもない犯罪行為を軽々しく描くブラックユーモアの極致。
4. Werewolves of London
ジヴォン最大のヒット曲。
おどけたピアノリフとユーモラスな歌詞で、
都市に潜む狂気をポップに昇華した傑作。
5. Accidentally Like a Martyr
失恋と喪失をテーマにした、アルバム屈指の美しいバラード。
ジヴォンの感傷的な一面が静かに胸を打つ。
6. Nighttime in the Switching Yard
ファンクロック風のリズムナンバー。
都会の夜をテーマにした軽快なダンスチューンで、アルバムにリズムの変化を与える。
7. Veracruz
1914年のアメリカ海軍によるメキシコ・ベラクルス占領事件を題材にした、歴史叙事詩。
スペイン語を交えたリリックが異国情緒を醸し出す。
8. Tenderness on the Block
ジャクソン・ブラウンとの共作。
思春期の娘を見守る父親の心情を、優しくも切なく描いたハートウォーミングなナンバー。
9. Lawyers, Guns and Money
アルバムの締めくくりを飾る、スリリングなロックチューン。
無茶な行動に走った語り手が、
“弁護士と銃と金を送ってくれ”と叫ぶ、ジヴォンらしい破天荒な物語。
総評
『Excitable Boy』は、
ウォーレン・ジヴォンというアーティストが持つ
暗闇と光、暴力と優しさ、ユーモアと絶望――
そのすべてを完璧なバランスで統合した奇跡のアルバムである。
「Werewolves of London」の陽気なポップ感覚に代表される親しみやすさと、
「Roland the Headless Thompson Gunner」や「Excitable Boy」で見せるダークな狂気、
「Accidentally Like a Martyr」や「Tenderness on the Block」での胸に沁みる叙情性。
この両極を自在に行き来できる表現力こそ、
ジヴォンが”ただの風変わりなロックンローラー”ではなく、
アメリカンロックの偉大なストーリーテラーであることを証明している。
『Excitable Boy』は、
単なるヒット作ではない。
それは、
狂騒と孤独が背中合わせになった70年代アメリカの肖像画なのである。
おすすめアルバム
- Warren Zevon / Warren Zevon
ジヴォンの本格的なスタート地点。より内省的な傑作。 - Randy Newman / Little Criminals
皮肉とユーモアで社会を斬る、同時代の知性派シンガーの名盤。 - Tom Waits / Small Change
夜と酒場の哀愁を濃厚に描いた、暗黒の詩人トム・ウェイツの代表作。 - Jackson Browne / Running on Empty
70年代後期アメリカンロックの疲弊と疾走感を描いたコンセプトアルバム。 - The Band / Northern Lights – Southern Cross
アメリカーナの深い情感を湛えた、円熟期のバンドによる名作。
歌詞の深読みと文化的背景
1978年――
アメリカはベトナム戦争の傷跡を引きずりながら、
ディスコブームと消費文化の波に飲み込まれつつあった。
『Excitable Boy』に溢れるのは、
そんな時代の虚無感と退廃、そして諦めきれない小さな希望である。
「Roland the Headless Thompson Gunner」では、
正義も大義も意味を失った戦場の無常を描き、
「Accidentally Like a Martyr」では、
個人的な失恋を世界の終わりのように歌い上げる。
「Excitable Boy」では、
表面的な明るさの裏に、
社会が抱える狂気と暴力性を鋭く暴き出す。
ウォーレン・ジヴォンは、
決して声高に社会批判をするわけではない。
だが彼のブラックユーモアと叙情性は、
時代そのものの哀しみと不条理を、
より鋭く、より普遍的に切り取っている。
『Excitable Boy』は、
そんな壊れかけた時代への静かなレクイエムなのである。
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