1. 歌詞の概要
「Marea (we’ve lost dancing)」は、FRED AGAIN..が2021年にリリースした楽曲であり、パンデミック下における社会的・文化的喪失をテーマにした象徴的な作品である。
タイトルにある“Marea”とは、友人であるMarea Stamper、別名The Blessed Madonnaのことを指しており、彼女の声がサンプリングされている本作では、彼女の語りが楽曲の中心となる。曲全体は、COVID-19によって失われたクラブカルチャーと、ダンスという人間の根源的な表現手段への郷愁に満ちている。
「we’ve lost dancing(私たちは踊りを失った)」という一節は、ただの行為としての“踊り”ではなく、それが象徴する共同体、感情の解放、そして人生の豊かさの喪失を意味している。これは個人の喪失感であると同時に、世界中の人々が共有した「共通の沈黙」を音楽にしたような作品なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲に用いられているボーカルは、The Blessed Madonnaが2020年のロックダウン中に録音したスピーチから取られている。彼女はイギリスBBCラジオの番組内で、パンデミックによって人々がどれほど多くのものを失ったかについて語っており、それがFRED AGAIN..の心を打った。
FRED AGAIN..はそのスピーチを元に、この楽曲を制作。音楽的にはミニマルなハウス〜UKエレクトロニックの文脈にあるものだが、そこに乗る言葉の重みは、どんな歌詞にも勝る切実さを持っている。
「Actual Life」シリーズの一環としても非常に重要な楽曲であり、FRED AGAIN..が「今という時代をどう記録するか」に挑戦した代表作とも言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“The last year, we’ve lost dancing”
「去年、私たちは踊ることを失った」“We’ve lost the hugs with friends and people that we loved”
「友達や大切な人とのハグも、失ってしまった」“But what comes next will be marvellous”
「でも、これから訪れるものはきっと素晴らしいはず」
このように、The Blessed Madonnaの語りは詩的かつ真摯であり、そのまま詩としても成立するほどの力を持っている。彼女の言葉は、個人的な感情を超え、時代そのものの感情を映し出しているようにすら感じられる。
4. 歌詞の考察
「Marea (we’ve lost dancing)」は、音楽におけるサンプリングの役割を根本から問い直すような作品である。ただの音の引用ではなく、「記録された感情」としての言葉が、音楽という器に乗せられることで、私たちの心の深部に触れてくる。
パンデミックによって物理的な集まりや触れ合いが制限された2020〜2021年。多くの人が孤独に耐え、感情を言葉にできずに過ごしたこの時期において、The Blessed Madonnaのこのスピーチは、その思いを代弁するような力を持っていた。
特に「ダンス」が失われたという表現は、単なるレジャーの喪失ではなく、社会的儀式としての「共同性」が奪われたことを象徴している。クラブや音楽フェスティバルは、言葉を超えた身体的・精神的コミュニケーションの場であり、そこにこそ人間の喜びや悲しみ、連帯感が凝縮されていた。
そしてこの楽曲がすばらしいのは、ただ喪失を嘆くだけでなく、「それでも未来には希望がある」と静かに、しかし確かに伝えているところにある。The Blessed Madonnaの「what comes next will be marvellous(次に来るものは素晴らしい)」という言葉は、暗闇の中に差す一筋の光として聴こえてくる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Actual Life (April 14 – December 17 2020) by FRED AGAIN..
本楽曲と同じ空気感を持つアルバム全体が、パンデミック下での人々の声をサンプリングして構成されている。感情のドキュメンタリーとも言える作品群。 - Blessed Madonna’s Radio Shows (BBC Radio 6 Music)
本楽曲の語り主である彼女の選曲やスピーチを聴くことで、クラブカルチャーと精神性の結びつきをより深く理解できる。 - Tilted by Christine and the Queens
身体表現としてのダンスと内面の葛藤を巧みに表現した名曲。FRED AGAIN..のテーマと親和性が高い。 - Outro by M83
感情の高まりと希望を音響的に描き出す楽曲として、静と動の美しさが共通する。 - Strong by London Grammar & Dot Major
優しく、しかし力強く心に訴える感情の連なりが、同様のリスナーに響く。
6. ダンスという“失われた文化”の記憶装置として
「Marea (we’ve lost dancing)」は、FRED AGAIN..にとって単なる楽曲ではない。それは、2020年代の人々が抱えた喪失、希望、孤独、そして小さな希望の萌芽を記録する「文化的なタイムカプセル」なのだ。
クラブミュージックは、単に楽しむためのものではない。そこには、言語では伝えきれない感情や関係性、社会のあり方が凝縮されている。この曲は、その事実を改めてリスナーに突きつける。
The Blessed Madonnaの言葉をそのままサンプリングし、音楽として昇華させたFRED AGAIN..の手法は、非常に現代的でありながら、どこか古典的な“語り部”のようでもある。
「私たちは踊りを失った——けれど、それは戻ってくる」。そんな希望が、このトラックには確かに宿っている。
そしてそれは、ただの未来への希望ではなく、「音楽そのものが、私たちの感情の避難所であり、再生の場である」という、時代を超えるメッセージでもあるのだ。
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