
1. 歌詞の概要
Going Kokomoは、オーストラリア・シドニー出身のインディー・ポップ・デュオ、Royel OtisのEP Sofa Kingsに収録された楽曲である。
Sofa Kingsは2023年3月にリリースされたEPで、Going Kokomoはその収録曲のひとつ。Dorkのトラック情報では、Going KokomoはSofa Kingsの5曲目、2023年3月30日リリース、曲長3分11秒のインディー・ポップ曲として掲載されている。Shazamでも、同曲は2023年3月31日にHouse Anxiety / OurnessからSofa Kingsの一部としてリリースされたと記録されている。
タイトルのGoing Kokomoは、どこか冗談めいている。
Kokomoと聞くと、多くの人はThe Beach BoysのKokomoを思い浮かべるかもしれない。
南国、逃避、ビーチ、カクテル、現実から少し離れた場所。
ただし、Royel OtisのGoing Kokomoは、きれいなリゾート・ソングではない。
もっと脱力している。
もっと日常的で、少し変で、肩の力が抜けている。
彼ら自身はこの曲について、「小さなことにこだわらず、手放すこと」を歌った曲だと説明している。さらに、巨大な青いソースボトルから少しでもちゃんと絞り出そうとしているただの人間なのだから、ここにいる間は楽しめばいい、というユーモラスな言い方で曲の感覚を語っている。
この説明が、とてもRoyel Otisらしい。
大げさな人生哲学ではない。
壮大な救済でもない。
でも、妙に本質を突いている。
人生は思い通りにいかない。
何かを絞り出そうとしても、うまく出ない。
面倒なことは多い。
小さな失敗も、変な焦りも、どうでもいい苛立ちもある。
それでも、まあ楽しめばいい。
Going Kokomoは、その「まあ、いいか」の曲である。
歌詞には、逃避の気分がある。
でも、完全に現実から逃げ切るわけではない。
むしろ、現実の中で少しだけ気分の角度を変える。
深刻になりすぎない。
自分を大きく見積もりすぎない。
ちょっとした混乱を、軽いギターとゆるいメロディに変えてしまう。
Royel Otisの音楽には、そういう軽さがある。
軽いけれど、空っぽではない。
ふざけているようで、妙に切ない。
陽気なギターの奥に、眠たげな憂鬱が薄く混ざっている。
Going Kokomoも、その魅力がよく出た曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
Royel Otisは、Royel MaddellとOtis Pavlovicによるオーストラリア・シドニーのインディー・ポップ・デュオである。
ふたりは2019年ごろに活動を始め、2021年のEP Campus、2022年のBar n Grill、2023年のSofa Kingsを経て、2024年にデビュー・アルバムPRATTS & PAINをリリースした。ユニバーサル ミュージック ジャパンの紹介では、彼らは軽やかなメロディと遊び心あるサウンドで注目を集め、2024年のデビュー・アルバムPRATTS & PAINで大きな成功を収めた新世代バンドとして紹介されている。UNIVERSAL MUSIC Going Kokomoは、彼らが世界的な注目をさらに広げる直前の時期に置かれる曲だ。
Sofa Kings期のRoyel Otisは、すでにOysters in My Pocketなどでインディー・リスナーの間に広がっていた。
しかし、まだ大きなポップスターというより、気の抜けた魅力を持つインディー・デュオという印象が強かった。
この時期の彼らの曲には、シドニーの明るい空気と、どこかベッドから起ききれていないような気だるさが同居している。
ギターはジャングリーで、メロディは耳に残る。
でも、歌い方はやや投げやりで、リズムは力みすぎない。
そのバランスが独特だ。
Going Kokomoは、そのSofa Kingsの中でも特に「手放す」感覚が強い。
曲のテーマは、深刻な問題を一気に解決することではない。
むしろ、深刻にしすぎていた自分を少し笑うこと。
思い通りにいかない日々に、もう少し緩く向き合うこと。
自分がこの世界の中心ではなく、巨大な青いソースボトルの前で奮闘するただの人間だと認めること。
この「ただの人間」という感覚は、Royel Otisの音楽にとても合っている。
彼らの曲は、スター然としていない。
派手な自己主張より、肩の力の抜けた日常感がある。
でも、その日常感の中に、ふっと抜けるようなメロディがある。
だからGoing Kokomoは、逃避の歌でありながら、同時に地に足のついた曲でもある。
どこかへ行きたい。
でも、本当に行きたいのは楽園ではなく、少し軽くなった自分の心なのかもしれない。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は、SpotifyやDorkなどの歌詞掲載サービスで確認できる。ここでは権利に配慮し、短い一部のみを引用する。
引用元:Dork Going Kokomo Lyrics、Spotify掲載歌詞
作詞・作曲:Royel Otis
収録:Sofa Kings
リリース:2023年3月30日 / 31日
レーベル:House Anxiety / Ourness
Going Kokomo
和訳:
ココモへ向かっていく
このフレーズは、曲の中心にある合図のような言葉である。
Kokomoは、現実の地名であると同時に、頭の中の逃避先のようにも響く。
海辺。
南国。
何も考えなくていい場所。
面倒なことから少し離れた場所。
ただし、この曲ではそれが本気の楽園として描かれるというより、冗談っぽい気分転換の言葉として機能している。
「もういい、Kokomoへ行こう」
そんな軽い逃げ方である。
I don’t wanna know
和訳:
知りたくない
このような拒否の感覚は、曲全体に流れている。
知りたくない。
考えたくない。
細かいことに巻き込まれたくない。
これは無責任にも聞こえるが、同時にひとつの防衛でもある。
すべてを知ろうとすると疲れる。
すべてに意味を求めると、身動きが取れなくなる。
Going Kokomoの語り手は、そこから一歩退こうとしている。
Let it go
和訳:
手放せばいい
この曲の核心は、この感覚にある。
握りしめすぎない。
細かいことに執着しない。
自分を追い詰めない。
Royel Otis本人たちが曲について語った「小さなことにこだわらず、手放す」という説明ともつながる。BroadwayWorld
ここでのlet it goは、劇的な解放ではない。
もっと日常的で、もっと雑な解放である。
まあいいか。
今日はそれでいい。
全部を解決できなくても、少し笑えたらいい。
そういう温度の言葉だ。
4. 歌詞の考察
Going Kokomoの歌詞は、人生の重さを軽く受け流すための小さな呪文のように聞こえる。
深刻なことはある。
うまくいかないこともある。
でも、そのすべてを正面から受け止め続ける必要はない。
ときには、馬鹿みたいな言葉を口にして、少し遠くへ行くふりをすることが必要なのだ。
Kokomoという言葉は、そのための逃避先である。
ただし、Royel Otisはそこへ本当に到着しようとしているわけではないように聞こえる。
むしろ、Going Kokomoと言うことそのものが大切なのだ。
言葉にすることで、気分が変わる。
少しだけ現実から距離が取れる。
頭の中にビーチのような余白ができる。
この曲の魅力は、逃避を深刻にしないところにある。
逃避というと、破滅的なイメージもある。
すべてを捨てて逃げる。
現実から完全に目を背ける。
戻れない場所まで行ってしまう。
でもGoing Kokomoの逃避は、もっと軽い。
午後の散歩のような逃避。
友人とくだらないことを言うような逃避。
仕事や不安から数分だけ抜け出すような逃避。
この軽さが、曲の音にも表れている。
ギターは柔らかく跳ねる。
ボーカルは力みすぎない。
メロディは親しみやすいが、べたつかない。
全体に、風が抜けるような余白がある。
そのため、歌詞が「手放す」ことを歌っても、説教臭くならない。
Royel Otisは、人生の真理を大上段から語っているわけではない。
むしろ、少しふざけながら、気づけばかなり大事なことを言っている。
この感じがとても良い。
彼らが曲について語った「巨大な青いソースボトルから少しでもちゃんと絞り出そうとしているただの人間」という表現は、ほとんどナンセンスに近い。Ghettoblaster Magazine
でも、実はかなり正確だ。
人生は巨大で、こちらは小さい。
全部をコントロールできるわけではない。
思い通りに出てこない。
でも、何とか少しでも絞り出そうとする。
愛でも、仕事でも、創作でも、日々の幸福でも同じだ。
うまくいかない。
でも、少し出たらそれでいい。
それを楽しめばいい。
Going Kokomoは、その脱力した哲学を音楽にしている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Oysters in My Pocket by Royel Otis
Royel Otisを広く知らしめた代表曲のひとつ。Bar n Grill収録曲で、ジャングリーなギターとゆるいボーカル、少し変なユーモアが絶妙に混ざっている。Going Kokomoの脱力感が好きなら、まずこの曲の軽快な中毒性に反応するはずだ。ユニバーサル ミュージック ジャパンの紹介でも、Oysters in My Pocketは彼らの大きなブレイクにつながった楽曲として触れられている。uDiscoverMusic | 洋楽についての音楽サイト
- Sofa King by Royel Otis
Going Kokomoと同じSofa Kings期のムードを知るうえで重要な曲。タイトルからして言葉遊びがあり、Royel Otisらしいふざけた軽さとメロディの良さが同居している。EP全体の空気を理解するには外せない。
- I Wanna Dance with You by Royel Otis
Royel Otisのロマンティックで少し気だるい側面がよく出た曲。Going Kokomoのような逃避感よりも、誰かと一緒にいたいというシンプルな気持ちが前に出ている。軽いギター・ポップの中にある甘さを味わえる。
- In the End by Royel Otis
よりメランコリックなRoyel Otisを聴きたい人に向く曲。Going Kokomoが「まあ楽しもう」という軽さを持つのに対し、こちらはもう少し内向きで、ぼんやりした寂しさがある。彼らの曲がただ陽気なだけではないことがよくわかる。
- The Less I Know the Better by Tame Impala
Royel Otisのオーストラリア産インディー・ポップ感、軽いサイケ感、身体を揺らすグルーヴが好きな人におすすめしたい曲。Going Kokomoの「細かいことは知らなくていい」という気分にも、タイトルの感覚がどこか通じる。
6. 手放すための、ゆるいインディー・ポップ
Going Kokomoは、Royel Otisの魅力をとても自然に示す曲である。
大きなドラマはない。
叫びもない。
複雑な物語もない。
でも、聴いていると少し肩が軽くなる。
この曲は、問題を解決しない。
ただ、問題との距離を変えてくれる。
それはとても大事なことだ。
人は、いつも真剣でいることはできない。
いつも深く考え続けることもできない。
小さなことに引っかかりすぎると、日々はすぐ重くなる。
そんなときに必要なのは、完璧な答えではなく、少し気の抜けた歌かもしれない。
Going Kokomoは、まさにそういう曲である。
「小さなことにこだわらない」
「手放す」
「ただの人間なのだから楽しめばいい」
言葉にすると、少し自己啓発のようにも聞こえる。
でもRoyel Otisがやると、そんなに立派なものにはならない。
もっとだらっとしている。
もっと笑っている。
もっとどうでもよさそうで、それが逆に本当らしい。
この軽さは、彼らの大きな武器だ。
Royel Otisの音楽は、きれいに作られているのに、作り込みすぎていないように聞こえる。
メロディは強いが、押しつけがましくない。
ギターは明るいが、過剰に眩しくない。
歌はゆるいが、だらしないだけではない。
Going Kokomoにも、そのバランスがある。
Kokomoへ行くという言葉は、現実逃避の合図である。
でも、それは破滅的な逃避ではない。
ちょっとだけ心を遠くへ置くこと。
深刻な顔をやめること。
笑えるくらい自分を小さく見ること。
そういう逃避である。
この曲を聴いていると、完璧である必要はないと思える。
巨大な青いソースボトルから、少しでも何かを絞り出せたらいい。
人生から完璧な意味を取り出せなくても、今日を少し楽しめたらいい。
Going Kokomoは、そのくらいの温度で世界に向き合う曲だ。
そして、その温度はとても心地いい。
晴れた午後にも合う。
少し疲れた夜にも合う。
旅先にも合う。
何もしたくない日に、ただ流しておくのにも合う。
Royel Otisは、重いことを軽く鳴らせるバンドである。
Going Kokomoは、その軽さの中に、小さな知恵が隠れている曲なのだ。

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