1. 歌詞の概要
「Cute Thing」は、Car Seat Headrestが2018年にリリースしたアルバム『Twin Fantasy(Face to Face)』に収録された楽曲であり、恋愛と欲望、自己崩壊と希望が錯綜するエネルギッシュなロック・ナンバーである。この楽曲は、同アルバムの中でも特に肉体的かつ感情的な衝動がむき出しになった一曲であり、恋人への思慕と自己表現のもどかしさが交差する、ある種の“祈り”のようにも感じられる。
表面上は愛の歌に見えるが、その実、語り手は自己愛と他者への欲望の間で引き裂かれており、感情の矛盾や痛みに満ちている。恋人に対して「かわいい」と呼びかけながら、その裏では満たされない欲求や、音楽や芸術の力にすがろうとする姿勢も見えてくる。つまりこの曲は、「恋をしている自分」を必死に保とうとする、自我の断片の集合体なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Cute Thing」は、もともと2011年の自主制作版『Twin Fantasy(Mirror to Mirror)』にも収録されていたが、2018年のリメイク版では演奏、構成、歌詞の細部に至るまで大幅に再構成され、ウィル・トレドの成熟したヴィジョンが反映された。特にこの曲は、彼が10代の頃に抱いていた強烈な恋愛感情と、音楽に救いを求める衝動が混じり合った作品であり、彼自身のセクシュアリティや感情の複雑さが露わになっている。
特徴的なのは、曲中に登場するミュージシャンたちへの「お願い」である。フランク・オーシャンとプリンスに「彼をベッドに連れてきて」と歌いかけるくだりは、アイドル的崇拝をユーモラスに見せながらも、実際には「音楽が恋愛や人生を助けてくれる」という深い願いが込められている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I’ve got a right to be depressed
I’ve given every inch I had to fight it
落ち込む権利くらい俺にはある
立ち向かうために、持てる力を全部使い果たしたんだから
And I’ve got nothing to lose
So please, please, please
もう失うものなんてないんだ
だからお願いだ 頼むよ どうか
Frank Ocean, make me a mixtape
Prince, give me peace
フランク・オーシャン、俺のためにミックステープを作ってくれ
プリンス、俺に安らぎをくれ
Will you make me a cute thing?
俺を“キュートな存在”にしてくれるか?
引用元:Genius Lyrics – Car Seat Headrest “Cute Thing”
4. 歌詞の考察
この楽曲の中で最も象徴的なのは、冒頭の「I’ve got a right to be depressed(落ち込む権利くらい俺にはある)」という一文である。ここには、精神の不安定さを「弱さ」として扱うのではなく、ある種の“自己の在り方”として肯定しようとする意志がにじむ。
また、“Frank Ocean, make me a mixtape / Prince, give me peace”というフレーズは、単なるジョークではない。ここでは恋愛対象への願望が、音楽を媒介にして語られることで、「救い」と「自己表現」の二重性が浮き彫りになる。つまり恋愛の対象とは、肉体的存在であると同時に、芸術的な理想像でもあるのだ。
「Will you make me a cute thing?」という問いかけもまた、深い意味を含んでいる。語り手は他者によって「かわいく」されたいと願っている。これは、自分自身を肯定できない者が、愛されることで自己価値を確認したいという、きわめて切実な欲望の表現である。
ウィル・トレドの詞はここでも、誠実さと皮肉、愛と自己否定の境界線上を危うく歩いている。しかしそれこそが彼の詩の真骨頂であり、言葉を通して自意識の断片を“音楽という容れ物”に詰め込もうとしている様子が強烈に伝わってくる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Archers by The Antlers
内省的で傷ついた自己を音楽に昇華したような歌詞。恋愛と痛みの複雑な交錯が共通する。 - Love It If We Made It by The 1975
社会と個人の混乱を叫ぶように描いた曲。アイロニーと本気の間で揺れる感情が「Cute Thing」に通じる。 - Two-Headed Boy by Neutral Milk Hotel
異形と純粋さの混じった愛の歌。自己変容と他者への祈りが強く響く。 - Weird Fishes / Arpeggi by Radiohead
現実からの逃避と、そこにある救いの光を描くサウンドと詞の融合が近しい印象を与える。
6. “キュートであること”の切実さ
「Cute Thing」における“cute(かわいい)”という語は、見た目の可愛らしさを超えた、もっと深い欲望と痛みの象徴である。語り手は、誰かに「かわいい」と思われることで自己を成立させたい。だがそれは同時に、「かわいがられなければ存在価値がない」という脆さをも意味している。
この“かわいさへの憧れ”は、現代におけるSNSやセルフブランディング、承認欲求ともどこかでつながっているようにも思える。愛されることが存在の根拠になってしまう不安定な自我。それを包み隠さずさらけ出すこの曲は、若者の不安定さをそのまま“作品”として音に封じ込めたような、切実で生々しい芸術である。
そして結局のところ、「Cute Thing」という曲は、音楽という他者=聴き手に向けた願いの形でもあるのだ。「お願いだ、俺をキュートにしてくれ」。それは、自分自身を愛せない誰かが、それでもなお愛を求めて叫ぶ姿そのものである。ウィル・トレドのその声は、時に痛々しくもありながら、聴く者の心の奥に、静かに、そして鋭く突き刺さってくるのだ。
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