
発売日: 1987年6月17日
ジャンル: オルタナティヴロック、ロックンロール、ブルー・アイド・ソウル、ポストパンク
概要
『Pleased to Meet Me』は、The Replacementsが1987年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの音楽的レンジを大きく広げたジャンル横断的な実験作として位置づけられる。
本作からはオリジナル・ギタリストのボブ・スティンソンが脱退し、残された3人編成での制作となったが、その空白を逆手に取り、バンドは新たな方向性へと果敢に踏み出している。
プロデューサーには、エルヴィス・コステロやXTCなども手がけたジム・ディキンソンを迎え、録音はソウルの都メンフィスで実施。
その影響もあり、本作ではR&B、ホーンセクション、ロカビリーなど、“Replacements流アメリカ音楽の再構築”ともいえる音楽性が展開されている。
ポール・ウェスターバーグのソングライティングはさらに円熟し、ロックの枠を超えた感情の表現に達しており、パンク的衝動と成熟した歌心が共存する特異なバランス感覚が、アルバム全体を貫いている。
全曲レビュー
1. I.O.U.
荒削りなガレージ・パンクで幕を開ける一曲。
“I.O.U. nothing”という反権威的で反抗的なフレーズが痛快に響く、バンドの初期衝動を思い出させるナンバー。
2. Alex Chilton
本作の代表曲にして、The Box Tops〜Big Starのリーダーであるアレックス・チルトンに捧げられたロックンロール讃歌。
「子どもたちはチルトンを聴くべきだ」と歌うリリックには、Replacementsが影響を受けた“パワーポップの精神”へのリスペクトが満ちている。
3. I Don’t Know
ユーモアと倦怠が交差するアップテンポなナンバー。
「俺は知らない」と繰り返すだけのリフレインが、実は一番リアルな感情として響く。
4. Nightclub Jitters
ジャジーなピアノとブラシ・ドラムが印象的な、Replacements流“夜のブルース”。
ジャズ・クラブの空気を感じさせる中で、ウェスターバーグの憂いある歌声が静かに揺れる。
5. The Ledge
10代の自殺をテーマにした、非常にセンシティブかつダークなトラック。
当時MTVでの放送が拒否された問題作であり、Replacementsが内面的闇にも切り込むことのできるバンドであることを示した楽曲でもある。
6. Never Mind
シンプルなコード進行と投げやりなリリックが絡む、ポストパンク的ミニマリズムの佳曲。
ニルヴァーナの『Nevermind』のタイトルの元ネタともされる言葉が、何かを諦めつつ受け入れていく感覚を的確に表している。
7. Valentine
恋と孤独をめぐるシンプルなバラード。
メロディと歌詞のナイーブさが、ウェスターバーグのソングライターとしての繊細な面を際立たせる。
8. Shooting Dirty Pool
ハードでノイジーなガレージ・ナンバー。
泥臭くて雑な演奏が逆に魅力となる、Replacementsらしい“破綻の美学”が全開。
9. Red Red Wine
UB40とは全く違う、酔っ払いの心情を描いたラフなロックンロール。
タイトルどおり、赤ワインを通じて描かれる感情の緩さとにじみが愛おしい。
10. Skyway
本作で最も繊細で美しいアコースティック・トラック。
ミネアポリスの“スカイウェイ”(高架歩道)を舞台にした、片思いの物語。
短いが、ウェスターバーグのリリックが文学的に昇華された瞬間のひとつ。
11. Can’t Hardly Wait
ホーンとストリングスを導入した、壮大で感傷的なクロージング・ナンバー。
ツアー生活の疲れ、孤独、希望、すべてが詰まった、バンド史上でも屈指の名曲。
「君に会うのが待ちきれない」——その一言が、旅の終わりと再会のすべてを表している。
総評
『Pleased to Meet Me』は、The Replacementsが“壊れかけたパンク・バンド”から、“アメリカ音楽の亡霊を抱えた詩人集団”へと変貌する過程を鮮明に記録したアルバムである。
ウェスターバーグのソングライティングは、過去作と比べて格段に幅広く、同時により情感を帯びたものとなっており、“泥酔と詩情”“反抗と親密さ”の共存という彼らの本質が、楽曲ごとに異なる表情で立ち現れる。
ジャンルに縛られない自由な音楽性と、すべてが“ちょっとだけ不完全”な演奏や録音の空気が、Replacementsというバンドの“人間的な魅力”を何よりも強く伝えてくれる。
それは、すべての“未完成な大人”たちのための音楽であり、だからこそ“今でも、あの夜のまま”なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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Big Star – Third/Sister Lovers (1978)
アレックス・チルトンの内省と不安定さを刻んだ伝説のアルバム。『Pleased to Meet Me』の精神的ルーツ。 -
The Clash – Sandinista! (1980)
ジャンルを横断する衝動と野心の結晶。Replacementsの多彩さと共鳴。 -
Paul Westerberg – Eventually (1996)
ソロ時代のウェスターバーグによる感傷とポップの結晶。 -
Wilco – Being There (1996)
アメリカーナとパンクの融合。ReplacementsのDNAを継ぐ良質な後継者。 -
The Hold Steady – Stay Positive (2008)
Replacementsの文脈を受け継ぎながら、文学的ロックへ昇華させた現代のアンサム。
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