アルバムレビュー：What the World Needs Now… by Public Image Ltd.

発売日: 2015年9月4日
ジャンル: ポストパンク、オルタナティヴ・ロック、エクスペリメンタル・ロック

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『What the World Needs Now…』は、Public Image Ltd.（PIL）が2015年に発表した10作目のスタジオ・アルバムであり、ジョン・ライドンが70年代から一貫して提示してきた“反抗のかたち”を、老成と知性のフィルターを通して更新した作品である。
タイトルはもちろん、バート・バカラックの有名なポップソング「What the World Needs Now Is Love（世界が今必要としているのは愛）」をもじったもので、皮肉と切実さの両義性が込められている。

ライドンはここで“怒り”を失っていない。
だがそれは、かつての若さに任せた爆発ではなく、社会の歪みや制度の不条理を、ねちっこく観察し、嘲笑し、挑発するような成熟した怒りへと変化している。
サウンド面では前作『This Is PiL』の延長線上にありながら、より鋭利に、より生々しく、バンドとしてのケミストリーも深まっている。

録音はスティーヴ・ウィンセント（ベース）、ブルース・スミス（ドラム）、ルー・エドモンズ（ギター）といった長年のメンバーとの共同作業で行われ、ライドンの言葉と声が“いまだ唯一無二の武器”であることを再確認させてくれる。

全曲レビュー

1. Double Trouble

アルバム冒頭を飾るのは、ジョン・ライドン流の日常と政治の融合。
冒頭のライン「What? You pissed on my bathroom floor?」は、実際の夫婦間の喧嘩をネタにしたという。
しかし、その“私的な不満”はやがて“公共空間における暴力”や“他者との不理解”へと転化される。
パンクの精神がユーモアとともに更新された代表曲。

2. Know Now

シンプルかつ推進力のあるギターリフと、反復されるフレーズ「I know now」が印象的なトラック。
社会的“覚醒”や“遅すぎた理解”がテーマで、現在の世界への“今さら気づいたのか？”という皮肉が込められている。
ライドンの語りは、怒りというよりも冷笑と哀れみを含む。

3. Bettie Page

1950年代のセックス・シンボル＝ベティ・ペイジを題材に、消費されるイメージと個人の尊厳を重ね合わせたメタ・ポップな楽曲。
ライドンはここで、フェティシズムとアイコン化、そして“忘れ去られること”の残酷さに目を向けている。
ギターとベースの相互作用が生むグルーヴが印象的。

4. C’est La Vie

“これが人生さ”というフランス語のフレーズにすべてを預けた、ややシニカルなバラッド調のナンバー。
死、孤独、社会の崩壊といった重たいテーマが語られる一方で、曲調はリラックスしたミッドテンポで、まるで疲れ果てた老人の独白のようでもある。

5. Spice of Choice

フリーキーなギターとポリリズミックなドラムが絡み合う、混沌としたトラック。
“選べるスパイス”という言い回しは、現代社会の“消費的自由”を風刺する比喩。
選択肢が増えることで、むしろ真実が見えなくなるという逆説が込められている。

6. The One

本作中もっともストレートに“ラブソング”の形式に近づいたナンバー。
とはいえ、ロマンティックな愛ではなく、むしろ“唯一無二であることの重さ”と“崇拝される側の苦悩”が描かれている。
ライドンの声がどこか儚く響く。

7. Big Blue Sky

広がる空をモチーフにしながらも、そこに希望ではなく「絶望と解放の入り混じった風景」を重ね合わせた叙情的トラック。
ダブ的な構成とギターのレイヤーが空間性を強調し、タイトル通り“空”の中に浮遊するような感覚を生み出す。

8. Whole Life Time

死生観をテーマにしたナンバーで、「全人生」というタイトルの通り、回想と後悔、希望と怒りが交錯する。
サビでは「I’m not afraid to die（死ぬことは怖くない）」と歌われるが、それは開き直りではなく、長年闘ってきた者の“静かな受容”に近い。

9. I’m Not Satisfied

自己否定でも被害者意識でもなく、「満足していないこと」を誇りとして掲げるようなアンチ・コンフォートソング。
反復されるタイトルフレーズは、社会への疑念と自らの未完成性を同時に讃えるマントラのように響く。

10. Corporate

資本主義と権力構造への痛烈な風刺。
“コーポレート”という言葉が、もはや国家やメディアと不可分になってしまった現代への怒りと疲労が込められている。
ライドンのヴォーカルはここで最も攻撃的で、まるでスローガンを叩きつけるよう。

11. Shoom

「What the world needs now is another f***ing tune」というフレーズで始まり、「Shoom」という奇妙な語をひたすら繰り返す、ダダイスティックでノイジーな最終曲。
言葉の意味よりも音そのものが暴走し、意味が崩壊することで、新たな始まりすら予感させる異色の締め括り。

総評

『What the World Needs Now…』は、Public Image Ltd.が40年にわたる活動の中で構築してきた“問いかけとしての音楽”の集大成ともいえる作品である。
ここにあるのは、怒りでもなければ懐古でもない。
むしろ、「言葉にすべきことはまだ残っている」という意志が、乾いた語調と反復によって静かに、だが確かに刻み込まれている。

ライドンは今も変わらず“不機嫌な語り手”であり続けているが、その語りには過去にはなかった深みと、自己と社会の関係を再構築する眼差しが宿っている。
音楽的にはシンプルでありながら、歌詞と声の重さが極端に強く、その分だけ“聴く者に考えることを強いる”構造となっている。

『What the World Needs Now…』というタイトルに、答えは書かれていない。
だが、このアルバムを聴いたあと、きっと誰もが自分にこう問い直すことになるだろう――「今、自分は何を必要としているのか」と。