
発売日: 2010年
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ドリームポップ、ニューウェイブ、アートロック
概要
『Soundtrack』は、Modern Englishが2010年にリリースした通算7作目のスタジオ・アルバムであり、
80年代初頭のポストパンク期から30年近くの時を経て、自らの“音楽的記憶”を再編集するかのように構成された、静かな再起の作品である。
このアルバムは、オリジナルメンバーの一部(ロビー・グレイ、マイケル・コネリーら)が再集結して制作され、
タイトルの “Soundtrack(サウンドトラック)” が象徴するように、
個人的な記憶と感情、そしてバンドの歴史までもが一つの映画のように紡がれていくような構成になっている。
前作『Everything’s Mad』(1996年)から14年というブランクを経て、
Modern Englishはここでかつてのドリームポップ的質感とニューウェイブ的構築性を取り戻しながら、
成熟した視点で過去と未来の交差点に立ち、音楽という記憶装置と向き合っている。
音楽的には、ギターとシンセのバランスが心地よく、過剰なプロダクションを避けたオーガニックな仕上がりとなっており、
「老いたバンドが過去を再演する」のではなく、「音楽の時間そのものを静かに語り直す」ことに成功した稀有なアルバムである。
全曲レビュー
1. It’s OK
優しく穏やかなギターとシンセで始まる、再出発の挨拶のようなオープニング。
「大丈夫だよ」という言葉が、慰めでありながらどこか空虚でもある。
だがその空虚さこそが、長く続く人生と音楽の真実なのかもしれない。
本作の空気を象徴する“柔らかくて諦めない”一曲。
2. Soundtrack
タイトル曲にしてアルバムの中心。
リフレインされるメロディはどこか懐かしく、まるで過去の記憶が断片的に流れていくフィルムのよう。
“これが僕の人生のサウンドトラック”というリリックに、
80年代ポストパンクを生きたバンドの“音楽=人生”観が凝縮されている。
3. Here Comes the Failure
90年代作でも登場したこのタイトルを再度引用しつつ、
今作ではより明確に**“失敗との共存”をテーマにしたバラード**として昇華。
しっとりとしたテンポの中に、希望も絶望も過去も未来も静かに同居するような構成。
敗北を嘆かず、それでも前を向くという人生観が滲む。
4. Call Me
軽快なギターリフが印象的なポップ・ナンバー。
“Call Me”という言葉は、文字通りの意味以上に、他者とのつながりや、消えかけた関係への再接続を暗示する。
距離感を伴う優しさが心地よく響く、さりげなく秀逸な曲。
5. Trees
環境や自然をモチーフとしながらも、人間関係の深層や成長を比喩的に描いたアート・ロック的楽曲。
ギターの残響が樹木の揺らぎのようで、詩と音が緊密に連動する構成が印象的。
歌詞は抽象的だが、その分だけ聴き手の解釈に余白を残す深さがある。
6. It’s Right Now
躍動感あるビートと前向きなリフが特徴の中盤のハイライト。
“今ここにあるもの”を肯定する姿勢は、Modern Englishにしては珍しいほど明るいトーン。
だがそれは無邪気なポジティブさではなく、**あらゆる喪失を経た者だけが持つ“静かな肯定”**である。
7. Up Here in the Brain
本作で最も内省的かつ実験的な一曲。
タイトルの通り、“脳内の風景”を描写するような断片的な詞とサウンドが交錯する。
ギターと電子音が浮遊し、現実と想像、記憶と現在が溶け合っていくような感覚を生む。
Brian Enoの系譜にあるようなアンビエント的感性すら感じられる。
8. Fin
ラストに置かれたこの曲のタイトルは、“終わり”を意味する仏語「Fin」。
アルバムを締めくくるにふさわしく、余韻の美学と静かな幕引きの感触を重視した構成となっている。
「終わり」というより、時間を閉じることで、記憶のループを完成させる儀式のような曲である。
総評
『Soundtrack』は、Modern Englishというバンドが**“音楽とは何か、自分たちがどこから来て、どこへ向かうのか”を静かに語り直したアルバム**である。
決して大きな音では語られない。
だがその静けさには、時代を越えてきた音楽家の誠実さと、聴く者の記憶に寄り添う優しさが宿っている。
過去を否定せず、懐古にも溺れず、
ただ「これが自分たちの人生のサウンドトラックだ」と語る姿に、
Modern Englishというバンドの成熟と品格が結晶している。
おすすめアルバム(5枚)
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The Blue Nile – Peace at Last (1996)
人生後半の穏やかな光と影を描いた静かな名盤。 -
Tindersticks – The Something Rain (2012)
深い声と豊かなアレンジが語る、成熟した音楽的語り。 -
Talk Talk – Spirit of Eden (1988)
音と沈黙の交差点に立つポストロックの先駆。『Soundtrack』の精神的兄弟。 -
David Sylvian – Secrets of the Beehive (1987)
詩的で内省的な音世界と洗練された感性が共振。 -
Peter Gabriel – Us (1992)
パーソナルな感情と音の彫刻。音楽と記憶の交差点として共通する構造を持つ。
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