
発売日: 2004年4月27日(日本限定)
ジャンル: ハードロック、パンクロック、オルタナティブ・ロック
概要
『Naked』は、Joan Jett & The Blackheartsが2004年に日本限定でリリースしたスタジオ・アルバムであり、彼女の“再臨”を世界に先駆けて告げた、挑戦と再出発のアルバムである。
1994年の『Pure and Simple』以来、10年ぶりとなる新作となったこのアルバムは、Joan Jettの“裸”の声と、変化し続ける世界に対する眼差しが詰まった作品であり、そのタイトル通り、虚飾のないパーソナルな表現が貫かれている。
当時のアメリカではまだリリースされておらず、日本のファンがいち早くその“復活”を目撃した形となったが、のちに本作の楽曲群は2006年のアルバム『Sinner』に一部収録されるなど、Joanの2000年代以降の活動の基盤をなす重要作となっている。
プロデュースはJoan自身と長年の盟友Kenny Laguna。社会批評とロックンロールの愉楽が入り混じり、かつてのパンク・アイコンが再び「今」と接続する瞬間が数多く捉えられている。
全曲レビュー
1. Naked
タイトル曲にしてオープニングを飾る、自らをむき出しにすること=ロックで語ることをテーマにした1曲。
Joanの歌声はハスキーでソリッド。彼女の「私はここにいる、隠さずに」というメッセージが、全編にわたって堂々と鳴り響く。
パンク的疾走感とオルタナ的沈静が交錯する、00年代型Joan Jettの幕開け。
2. Everyone Knows
80年代を彷彿とさせるキャッチーなコーラスと、リズミカルなカッティングが心地よい。
だが歌詞はシニカルで、「誰もが知ってるふりをして、何も知らない」という現代社会への痛烈な風刺が込められている。
Joanの“怒っているけど笑ってる”スタンスが光るポップ・パンク。
3. Baby Blue
感傷的なギターと繊細なメロディが印象的なバラード。
Joanはここで珍しく、誰かを想う弱さと、手放す決意の狭間で揺れる女性像を描いている。
ボーカルは力を抑え、言葉の重みと間(ま)で魅せる構成が秀逸。
4. Bad Time
恋愛の倦怠期、または終わりかけの関係性をテーマにしたナンバー。
Joan特有のドライな語り口が、不安定なリズムと噛み合い、「これは悪いタイミングだった」と呟く女の強がりと哀しさがにじみ出る。
一見ポップだが、内面はかなりダーク。
5. Science Fiction/Double Feature
ロッキー・ホラー・ショーのオープニングを、Joan Jett流に再構築したユニークなカバー。
原曲のカルト的美学を尊重しつつも、Joanのボーカルが加わることで“異端の祝祭”としての意味が強化されている。
ロックとシアトリカルな世界観が見事に融合したトラック。
6. What Can I Do for You
リスナーに語りかけるような口調が印象的な一曲。
「私にできることは何?」というタイトルには、ロックスターとファン、あるいは社会との関係性を問い直す姿勢が感じられる。
シンプルなコード進行と繰り返されるフレーズの中に、深い誠意と葛藤がある。
7. Watersign
幻想的なリフとドリーミーなサウンドが浮遊感を生む、異色のトラック。
Joanが水のサイン(蟹座・蠍座・魚座)に象徴される感情と直感の世界に触れるような、内面的で詩的な構成が新鮮。
オルタナ・フォークにも近いニュアンス。
8. Turn It Around
過去を断ち切り、新しい方向へ向かうというJoanらしい決意の曲。
リフはタフで前向き、サビでは一気に開ける。“立て直す”という言葉がこの時代のJoanにとっていかにリアルで切実だったかを感じさせる。
ライブでも映えそうなアリーナ感のあるナンバー。
9. 5
Joanのアルバムでは異例の短く番号タイトルだけの曲。
その名の通り、**人生の5つのステージ(子供、恋人、失恋、喪失、再生)**を抽象的に綴る詩的ロック。
無機質なリズムと有機的な声の対比が強烈で、アート性の高い1曲。
10. You Don’t Know What You’ve Got
Runaways時代にも似た、疾走感あるパンク・ロックの良作。
Joanの十八番とも言える“失ってから気づく”テーマを、あくまでロックンロールの熱量で押し切る。
シンプルな構成だからこそ、言葉の強さが際立つ。
11. Baby Blue (Acoustic Version)
3曲目のアコースティック・リプライズ。
エレクトリックとは異なり、Joanの声の震えやブレスの“生々しさ”が浮かび上がる。
静かに、そして確かに感情を刻みつけるような、アルバムのエピローグ。
総評
『Naked』は、Joan Jettが時代の変化とともに、自らの音楽と言葉を“むき出し”にすることで、再び現代と対話を始めたアルバムである。
90年代のフェミニズムとグランジを経て、2000年代に突入したこの時代。
Joanはパンクでもメタルでもない、「Joan Jettそのもの」としか形容しようのないロックを生み出している。
怒り、愛、痛み、再起。
それらを飾らず、怖れず、そして誠実に差し出す声は、かつてないほどに人間的で美しい。
日本限定というかたちでリリースされたこの作品は、最も“パーソナルでラディカルなJoan Jett”を閉じ込めた記録であり、00年代以降の彼女の創作活動の“原点”と捉えるべき重要作である。
おすすめアルバム(5枚)
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Joan Jett – Sinner (2006)
『Naked』の英語圏向けリビルド版。音源の再編集と収録曲の追加あり。 -
Juliana Hatfield – Made in China (2005)
オルタナ女性ロックの先端とJoan Jettの精神を継ぐアーティストの秀作。 -
Sleater-Kinney – The Woods (2005)
攻撃性と詩情、グランジ以降の女性パンクの進化形。 -
L7 – Slap-Happy (1999)
Joanに影響を受けたバンドの一つ。パンクの過激さとメロディの共存。 -
Ani DiFranco – Educated Guess (2004)
アコースティックでありながら鋭利なフェミニズムを放つ、Joanの“静の対極”。
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