発売日: 1975年10月
ジャンル: アート・ポップ、バロック・ポップ、ミュージカル・ロック
概要
『Indiscreet』は、Sparksが1975年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、プロデューサーに名匠トニー・ヴィスコンティ(David Bowie、T. Rex)を迎えたことで、これまで以上に野心的でシアトリカルな音楽性へと舵を切った作品である。
グラム・ロックの派手さを背景にしながらも、本作ではオーケストラ、ジャズ、ミュージックホール、フォーク、マーチといった多様な音楽スタイルを導入し、ロックという枠組みから大きくはみ出すサウンドが展開されている。
ラッセル・メイルの演劇的なボーカルと、ロン・メイルの皮肉に満ちたリリックは健在ながら、楽曲構造はさらに複雑化し、まるで舞台音楽や風刺劇を思わせる仕上がりとなっている。
このアルバムにおいてSparksは“アート・ポップの芸術的限界”を押し広げ、“ロックで何ができるか”という命題に対し極端に知的で遊び心に満ちた回答を示している。
全曲レビュー
1. Hospitality on Parade
マーチング・バンド風のリズムと、にこやかに響くラッセルのボーカルが絶妙なアイロニーを醸す。
“パレードのような歓待”という表面的な華やかさの裏に、管理社会やメディアの支配が見え隠れする。
アルバムのトーンを決定づける知的な開幕曲。
2. Happy Hunting Ground
“狩猟場”を比喩に用いた奇妙なラブソング。
過去の文明、部族性、性的比喩が交錯するリリックは、ロン・メイルの言葉遊びの巧みさが際立つ。
テンポの緩急も激しく、まるで風刺劇の一場面。
3. Without Using Hands
「手を使わずに」という言葉が身体性と禁忌の境界を想起させる、大胆で扇情的なナンバー。
ウィットに富んだリリックと、マイナー調のミュージカル風サウンドが妖艶な雰囲気を生み出す。
4. Get in the Swing
ブラスバンド風のアレンジが弾ける、アルバム随一のキャッチーソング。
「人生を楽しめ!」という直球のメッセージを、過剰なまでの陽気さで包み込むことで、逆に人生の滑稽さや空虚さが見えてくる。
Sparks流の陽性な皮肉。
5. Under the Table with Her
静かで美しいピアノ・バラードだが、内容は極めて皮肉と哀しみに満ちている。
“彼女とテーブルの下で”というタイトルが示すように、社会的抑圧やスキャンダル性が背景にある。
淡々とした語りが逆に重みを持つ一曲。
6. How Are You Getting Home?
軽快なポップ調の楽曲ながら、リリックは不安や猜疑心に満ちている。
恋人の行動を問い詰める様子が、徐々にストーカー的な執着として描かれていく過程が秀逸。
明るい曲調とのギャップがブラックユーモアとして機能する。
7. Pineapple
南国をイメージさせる陽気なイントロに反し、リリックは一種の精神的“逃避”を描く。
“パイナップル”という単語の繰り返しが持つトリッキーさと、不条理感が癖になる。
8. Tits
衝撃的なタイトルの通り、思春期的妄想と社会的タブーを大胆に扱った風刺ソング。
クラシカルなピアノと、滑稽な言い回しが交差し、メイル兄弟らしい冷笑的なロマンチシズムが浮かび上がる。
9. It Ain’t 1918
第一次世界大戦後の世相を引き合いに出しながら、“今の時代にそんなやり方は通用しない”と説く内容。
時代錯誤な価値観への痛烈な批判を、軽快なパフォーマンスで包み込む。
風刺劇の一幕のようなナンバー。
10. The Lady Is Lingering
“不在の女性”をめぐる想像と現実の乖離を描いた奇妙な小品。
物語性が強く、音楽というよりも短編劇を観ているような錯覚を呼ぶ。
11. In the Future
未来社会の滑稽なビジョンをコミカルに描いた風刺ナンバー。
「未来では〇〇になるだろう」というフレーズを繰り返すことで、現在の愚かさや予測の不確かさを逆説的に浮き彫りにする。
12. Looks, Looks, Looks
美容と外見至上主義をテーマにした1曲。
スウィング調のリズムが軽やかに響くなかで、「美しさがすべて」と嘲笑するような内容が皮肉に満ちている。
13. Miss the Start, Miss the End
アルバムのラストを飾る、演劇的でセンチメンタルなバラード。
人生や恋愛、物語において“最初と最後を逃す”というメタ的な主題が、静かに心に残る。
トニー・ヴィスコンティによる弦アレンジも絶妙な美しさ。
総評
『Indiscreet』は、Sparksがアート・ポップという枠を徹底的に拡張し、風刺、演劇、ロマンス、ナンセンスのすべてを取り込んで“ロックによる風刺劇”として昇華した問題作である。
商業的な成功よりも芸術的な野心を優先した結果、非常に“クセが強く”、一筋縄ではいかない作品となったが、その分、Sparksというアーティストの本質的な魅力――知性、諧謔、奇妙さ、美しさ――が凝縮されている。
また、トニー・ヴィスコンティのプロデュースにより、音響的にもシネマティックかつ重層的な構成が施されており、まるで一編の音楽劇を聴いているような感覚を味わえる。
聴き手の“好み”を選ぶアルバムではあるが、アート・ポップの極北として、一聴の価値は非常に高い。
おすすめアルバム(5枚)
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10cc – Sheet Music (1974)
知的ポップとミュージカル的展開を併せ持つ、Sparksの同時代的パートナー。 -
David Bowie – Diamond Dogs (1974)
トニー・ヴィスコンティと連携した音楽演劇の世界。陰影と華麗さの融合。 -
Randy Newman – Good Old Boys (1974)
風刺と哀愁の共存。アメリカ的テーマを知的に料理する姿勢に共通性あり。 -
The Kinks – The Kinks Are the Village Green Preservation Society (1968)
イギリス的風刺とノスタルジーが交錯する名盤。Sparksのロンドン時代と接点。 -
Frank Zappa – Apostrophe (‘) (1974)
ロックと風刺、演劇性の融合という意味で、もっともラディカルな比較対象。
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