1. 歌詞の概要
「Desire」は、モントリオールのポストパンク・バンドOughtが2015年にリリースしたセカンド・アルバム『Sun Coming Down』に収録された楽曲であり、“欲望”という人間の根源的衝動と、その空虚さ、矛盾を内包する存在としての自己をテーマに据えた詩的かつ鋭利な一曲である。
タイトルの“Desire(欲望)”が示すとおり、この曲は「何かを強く求めること」そのものに対する問いかけから始まる。
しかしそれは性的欲求や成功願望といった単一的な“欲望”ではなく、もっと抽象的で形のない、「自分は何かを求めているが、それが何かわからない」というような現代人特有の不確かさを含んだものだ。
楽曲の進行もまた、焦燥と停滞を行き来するように展開していき、歌詞・音・間のすべてを使って**“欲望という感情の本質的な空虚さ”**を表現している。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Sun Coming Down』は、Oughtの中でも最も鋭角的でミニマリスティックなアルバムとして評価されており、全体を通して不安定さと余白のある構造が印象的な作品となっている。
「Desire」はそのなかでもとりわけ瞑想的かつ内省的なトーンを持ち、アルバムの中で一種の“深呼吸”や“間奏曲”のように作用する。
リードボーカルのティム・ダーシー(Tim Darcy)はこの曲で、語りとも歌ともつかぬ“半詩的モノローグ”の形式を取りながら、自身の存在をめぐる疑念や不確かさ、焦燥感を浮かび上がらせている。
また、「Desire」という単語自体は、哲学や精神分析の分野でも長く論じられてきたトピックであり、そうした知的な背景を意識した構造も垣間見える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は「Desire」の歌詞の印象的な一節。引用元は Genius Lyrics。
I am no longer afraid to die
死ぬことを、もう恐れてはいない‘Cause that is all that I have left
なぜなら、それだけが、僕に残された唯一のものだからYes, yes
そう、そうなんだ
この極限まで削ぎ落とされたラインに現れるのは、欲望を喪失した人間の、静かな諦念である。
しかしその一方で、この歌の中には“生”への微かな執着も同時に潜んでおり、それが曲全体に生と死、充実と空虚の間を彷徨う感覚を与えている。
Desire
欲望だDesire
欲望なんだDesire
欲望が
と繰り返される単語は、次第にその意味を失っていく。
最初は意味を持っていたはずの言葉が、繰り返すことで“音”になり、“虚無”になっていく。そのプロセスがそのまま、欲望そのものの自己崩壊のプロセスを象徴している。
4. 歌詞の考察
「Desire」は、Oughtの楽曲群の中でも最も哲学的で抽象度の高い作品の一つである。
この曲における“Desire”は、単に「何かを求める気持ち」ではなく、求めてしまうことそのものに対する問いであり、存在そのものを突き動かす力でありながら、しばしば苦しみや虚無をもたらす矛盾したエネルギーでもある。
例えば、「死を恐れない」というラインは、究極的な無欲の表明とも取れるが、裏を返せば「もう何も望めない」という敗北宣言でもある。
しかし、そんな絶望の淵に立ちながら、曲の終盤では「Desire」という言葉が祈りのように繰り返される。
これは、たとえそれが虚しいものであったとしても、「欲望を抱けること」自体が人間の証であるという逆説的な肯定にも見える。
Oughtはこの曲で、ポストパンク以降の知性と感情の接続を模索し、言葉が壊れていく様子そのものを音楽として提示している。
その結果、聴き手はただ歌詞の意味を追うのではなく、**言葉が意味を超えて“存在する感覚”**を体験することになる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Death by White Lies
死や無常をロマンチックに描いたポストパンクの名曲。存在の揺らぎが共通する。 - You and Whose Army? by Radiohead
音と語りの境界で揺れる、怒りと静寂が同居した曲。抽象と詩の融合が近い。 - Exhausted by Foo Fighters
感情の枯渇と渇望を繰り返すミニマリズムの美。ゆらぎのある欲望の表現。 - Eliot by CocoRosie
無邪気さと狂気が混在する詩的な作品。言葉の不確かさを音に変える感性が通じる。 - Wake Up by Arcade Fire
欲望と時代の終わりを大合唱の中に包み込んだ傑作。“Desire”の外向的変奏のような一曲。
6. “欲望は叫びではなく、呟きの中にある”——静かなる熱のポートレート
「Desire」は、叫びもしなければ、答えも与えない。
だが、それこそが現代における“欲望”の真の姿であると、Oughtは見抜いている。
私たちは何かを欲しがりながらも、それが何かがわからず、満たされても満たされなくても渇望が止まらない。
この楽曲は、その“言葉にならない感情”に、言葉と音の狭間から輪郭を与えようとする試みなのだ。
Tim Darcyの囁きのような声は、叫び以上に雄弁にこの混乱を語っている。
そして聴き終わった後には、こんな問いが残る。
「Desireって、一体なんだったんだろう?」
その問いを抱え続けることこそ、この曲の本質なのかもしれない。
それは、欲望という感情の、最も人間的なかたちなのである。
コメント