
発売日:2011年9月2日 ジャンル:インディー・ポップ/ニュー・ウェイヴ/サーフ・ポップ/ポストパンク/ドリーム・ポップ
概要
The Drumsの2作目『Portamento』は、2010年のセルフタイトル・デビュー作で確立した、明るいギターと簡潔なリズムの背後に強い孤独や不安を忍ばせるスタイルを、より内省的で宗教的、そして心理的な領域へ深めた作品である。
The Drumsは、Jonathan PierceとJacob Grahamを中心にニューヨークで形成されたバンドであり、2009年のEP『Summertime!』、そして2010年の『The Drums』によって急速に注目を集めた。
彼らのサウンドには、非常に明確な二重性がある。
音は明るい。
歌詞は暗い。
ギターは軽快。
リズムは踊れる。
しかし歌っているのは、
孤独。
拒絶。
片思い。
罪悪感。
死。
信仰。
自己嫌悪。
といった感情である。
この「楽しそうに聞こえる悲しい音楽」はThe Drums最大の特徴であり、『Portamento』ではその構造がさらに強くなる。
デビュー作では「Best Friend」「Let’s Go Surfing」「Me and the Moon」など、青春、友情、海、別れといった比較的外向きのイメージが目立った。
それに対して『Portamento』では、歌詞がより内側へ向かう。
神を信じられるのか。
愛されることはできるのか。
なぜ人間関係が壊れるのか。
自分には愛する能力があるのか。
孤独から逃れることはできるのか。
こうした問いが、非常に直接的な言葉で繰り返される。
タイトルの“Portamento”は音楽用語で、ある音から別の音へ滑らかに音程を移動させる奏法を指す。
ヴォーカルや弦楽器などで、音と音の境界を滑らかにつなぐ技法である。
この言葉は本作のテーマともよく合っている。
信仰から疑いへ。
愛から拒絶へ。
幸福から絶望へ。
少年期から大人へ。
感情が明確に切り替わるのではなく、ゆっくり滑るように変化する。
The Drumsの音楽も同じだ。
一見すると明るいポップ。
しかし聴いているうちに、その表面が少しずつ不安へ変わっていく。
音楽的には、The Smiths、Orange Juice、Joy Division、New Order、The Wakeなど1980年代英国インディー/ポストパンクの影響と、The Beach Boysやサーフ・ポップの明るいメロディー感覚が混ざる。
さらに『Portamento』では、シンセサイザーや電子的な質感も増え、ニュー・ウェイヴ色が強まった。
ギターを中心としながらも、デビュー作ほど単純なジャングル・ポップではない。
曲によってはシンセ・ポップ。
曲によってはミニマルなポストパンク。
曲によってはドリーム・ポップ。
その振れ幅が広がっている。
また、Jonathan Pierceの宗教的背景も本作を理解するうえで重要である。
彼の歌詞には、信仰と疑いの衝突が繰り返し現れる。
神を信じたい。
しかし信じられない。
宗教によって救われたい。
しかし、宗教そのものが罪悪感や恐怖を生む。
その葛藤が、オープニングの「Book of Revelation」からアルバム全体へ流れている。
そのため『Portamento』は単なる失恋アルバムではない。
「愛されること」と「救われること」が、ほとんど同じ問いとして扱われる。
誰かに愛されれば、自分は大丈夫なのか。
神に認められれば、自分には価値があるのか。
その答えが見つからない。
この不安が、明るいギターの奥でずっと鳴っている。
全曲レビュー
1. Book of Revelation
アルバムは「Book of Revelation」で始まる。
タイトルは新約聖書の「ヨハネの黙示録」。
世界の終末。
裁き。
救済。
天国。
地獄。
非常に重い宗教的イメージを持つ。
しかしThe Drumsの音楽は、そのタイトルに反して軽快だ。
ギターは明るい。
リズムも小気味よい。
このギャップが曲の核心である。
歌詞では信仰への疑いが中心になる。
神を信じるべきなのか。
宗教が語ることをそのまま受け入れられるのか。
もし信じられないなら、自分は間違っているのか。
ここにあるのは、単純な反宗教ではない。
むしろ、信じたい気持ちと信じられない理性の衝突である。
Pierceのヴォーカルは切実だが、叫ばない。
そのため深刻な主題が、日常的な悩みのように聞こえる。
これがThe Drumsらしい。
神学的な大問題を、個人の孤独へ縮小する。
「Book of Revelation」は、『Portamento』がデビュー作よりはるかに内省的な作品であることを、最初から明確に示している。
2. Days
「Days」は、過ぎていく時間を扱う。
タイトルは「日々」。
非常に単純な言葉だ。
しかしThe Drumsにおいて、時間は重要なテーマである。
関係が終わる。
昔は近かった。
しかし今は違う。
その変化は突然ではなく、毎日の積み重ねで起こる。
「Days」には、過去を振り返る感覚がある。
あの頃。
あの人。
あの関係。
もう戻れない。
音楽は軽快で、ベースとギターが非常にシンプルに動く。
そのため歌詞のノスタルジーが重くなりすぎない。
The Drumsは悲しみを大げさに演出しない。
むしろ「もう終わったこと」を、明るい曲として歌う。
この距離感が非常に魅力的だ。
3. What You Were
「What You Were」は、「あなたがかつて何者だったか」というタイトルを持つ。
ここでは、現在ではなく過去の相手が中心になる。
人は変わる。
昔は優しかった。
近かった。
理解してくれた。
しかし今は違う。
恋愛で苦しいのは、現在の相手だけではなく「昔の相手」を覚えていることだ。
今の関係が悪くても、過去の記憶があるから離れにくい。
「What You Were」は、その心理を描く。
音楽はニュー・ウェイヴ的な硬さを持ち、デビュー作のサーフ・ポップ感から少し離れる。
リズムは反復的。
ギターも冷たい。
タイトルの「過去」を見ている歌詞に対して、音は感情的に距離を取る。
この冷たさが、関係がすでに終わりつつあることを表している。
4. Money
「Money」は、本作で最もキャッチーな曲のひとつであり、The Drumsの「明るい音と悲しい現実」の構造が非常に分かりやすく表れている。
タイトルは「金」。
歌詞の中心には、愛する相手に何かをしてあげたいのに、そのための金がないという状況がある。
ここで重要なのは、恋愛と経済が直接つながることだ。
相手を愛している。
贈り物をしたい。
何かをしてあげたい。
しかし金がない。
愛情はある。
でも現実的な手段がない。
これは非常に普通の問題である。
だからこそ共感性が高い。
ロックやポップでは、愛が金を超越するものとして描かれることが多い。
しかし現実の恋愛では、金銭は無関係ではない。
生活。
デート。
住居。
プレゼント。
移動。
すべて金が必要だ。
The Drumsはこの現実を非常に簡単な言葉で歌う。
音楽は非常に明るい。
ほとんど夏のポップ・ソング。
だから歌詞の経済的不安との落差がさらに大きくなる。
5. Hard to Love
「Hard to Love」は、「愛するのが難しい」というタイトルを持つ。
これは相手についての言葉にも、自分自身についての言葉にも読める。
あの人は愛しにくい。
あるいは、
自分は愛されにくい。
この曖昧さが重要である。
『Portamento』では、恋愛の失敗が相手だけの責任として描かれない。
Pierceの主人公は、自分自身にも問題があると考える。
なぜうまくいかない。
なぜ近づくと壊れる。
自分に愛する能力がないのかもしれない。
この自己疑念が、アルバム全体へ暗い影を落とす。
音楽は比較的軽快だが、メロディーには明確な哀感がある。
タイトルの短さもThe Drumsらしい。
複雑な心理を、一つの短いフレーズにまとめる。
6. I Don’t Know How to Love
「I Don’t Know How to Love」は、「愛し方が分からない」という、さらに直接的な自己告白である。
前曲「Hard to Love」からの流れが非常に重要だ。
愛することが難しい。
そして次には、
そもそも愛し方が分からない。
となる。
ここで問題は完全に内面化される。
相手が悪いのではない。
自分が分からない。
どうやって近づけばいいのか。
どうやって相手を信じればいいのか。
どうすれば愛を維持できるのか。
非常に単純な言葉だが、恋愛における根本的な不安を突いている。
音楽も比較的抑制され、ヴォーカルの脆さが目立つ。
The Drumsの音楽はしばしば、感情的な言葉を非常に淡々と歌う。
それによって、泣き叫ぶよりも現実的な悲しさが生まれる。
7. Searching for Heaven
「Searching for Heaven」は、本作の宗教的主題を再び前面へ出す。
「天国を探している」。
これは文字通りの宗教的天国だけではない。
幸福。
救済。
安心。
愛。
自分が受け入れられる場所。
そうしたものすべてを“heaven”が象徴する。
「Book of Revelation」では聖書や信仰に疑問を持った。
それでも人間は救済を求める。
信じられない。
でも天国は欲しい。
この矛盾が本作の核心だ。
宗教を拒否すれば、不安が消えるわけではない。
むしろ「では何を信じればいいのか」という問題が残る。
恋愛がその代替になることもある。
誰かに愛されれば救われる。
しかし、その関係も壊れる。
だからまた天国を探す。
音楽は少し幻想的で、シンセサイザー的な質感も強い。
現実の場所ではなく、届かない場所を探している感覚が音にも現れている。
8. Please Don’t Leave
「Please Don’t Leave」は、タイトル通り非常に直接的な懇願である。
「行かないで」。
The Drumsの歌詞は難しい比喩より、こうした短い感情語を好む。
そのため、意味を理解するのに時間がかからない。
相手が離れようとしている。
主人公は引き止める。
ここではプライドが消える。
格好をつけない。
ただ「行かないで」と言う。
この弱さが重要である。
The Drumsの主人公は、恋愛において支配的ではない。
むしろ相手に見捨てられることを恐れる。
この見捨てられ不安が、『Portamento』の多くの曲に流れている。
音楽は明るさを保ちつつ、ヴォーカルには切迫感がある。
サビの単純さが、懇願の反復として機能する。
9. If He Likes It Let Him Do It
「If He Likes It Let Him Do It」は、「彼が好きならやらせればいい」というタイトルを持つ。
ここには諦めと距離がある。
誰かの行動を止めることをやめる。
好きにすればいい。
この言葉は一見すると寛容にも聞こえる。
しかし、実際には感情的な撤退として読むこともできる。
もう何を言っても変わらない。
だから勝手にすればいい。
つまり、関係を支配しようとすることを放棄する。
『Portamento』では、多くの曲で相手に「行かないで」と言う。
この曲では逆に「好きにすればいい」と言う。
この振れ幅が、人間関係の不安定さをよく表している。
愛したい。
でも疲れる。
近づきたい。
でも手放したい。
The Drumsはこうした矛盾をそのまま歌にする。
10. I Need a Doctor
「I Need a Doctor」は、「医者が必要だ」というタイトルを持つ。
ここでは精神的な不調が、身体的な病気の言葉へ変換される。
何かがおかしい。
自分では直せない。
助けが必要。
この自己認識は、本作の中でも特に重要である。
恋愛の失敗。
宗教への疑い。
孤独。
それらをすべて相手のせいにせず、「自分の中に問題がある」と考える。
ただし、曲は臨床的な精神疾患の診断を扱うわけではない。
むしろ「自分ではどうにもできない」という感覚を、“doctor”という言葉で表現する。
音楽は依然としてポップ。
この軽快さによって、苦しみを過剰にドラマ化しない。
The Drumsの美学がよく表れた一曲である。
11. In the Cold
「In the Cold」は、「寒さの中で」というタイトルを持つ。
ここでの寒さは、気温だけでなく孤独の比喩として機能する。
一人。
誰もいない。
温かさがない。
恋愛における拒絶は、しばしば身体感覚として表現される。
寒い。
空っぽ。
遠い。
「In the Cold」もその系譜にある。
アルバム終盤になると、曲全体の雰囲気もより静かになる。
前半の「Money」のような明るいポップ感から離れ、孤立した感覚が強まる。
この変化によって、『Portamento』が単なるシングル集ではなく、感情的な下降を持つアルバムとして聞こえる。
12. How It Ended
最後の「How It Ended」は、タイトル通り「それがどのように終わったか」を扱う。
アルバムの最後として極めて適切な曲名である。
関係。
信仰。
希望。
青春。
何かが終わる。
重要なのは、「なぜ始まったか」ではなく「どう終わったか」を見ることだ。
人は関係が終わった後、出来事を何度も振り返る。
どこで間違えたのか。
誰が悪かったのか。
避けられたのか。
しかし、完全な答えは出ない。
「How It Ended」は、その回顧の状態を描く。
音楽は派手なクライマックスへ向かわない。
むしろ余韻を残す。
The Drumsはアルバムの最後に大きな解決を置かない。
信仰への疑問も。
恋愛への不安も。
孤独も。
すべて残る。
ただ、終わったことだけは分かる。
この静かな諦念が、『Portamento』を非常に美しく締めくくっている。
総評
『Portamento』は、The Drumsが「夏のように明るいインディー・ポップ・バンド」という初期イメージから、自分たちの内面へより深く入っていったアルバムである。
デビュー作『The Drums』には強烈な即効性があった。
「Let’s Go Surfing」。
「Best Friend」。
「Me and the Moon」。
非常にシンプル。
ギターは明るい。
ドラムも軽い。
タイトルだけでも青春映画のような風景が見える。
そのためThe Drumsは当初、サーフ・ポップやインディー・ポップの文脈で理解されやすかった。
しかし『Portamento』を聴くと、それだけでは彼らを説明できないことが分かる。
Jonathan Pierceの歌詞はかなり暗い。
しかも、その暗さはファッションではない。
ゴシック的に暗い言葉を選んでいるわけではない。
むしろ非常に普通の言葉で、
愛されない。
信じられない。
金がない。
行かないでほしい。
医者が必要。
天国を探している。
と歌う。
この平易さが非常に強い。
難しい言葉を使わないため、感情から逃げられない。
「I Don’t Know How to Love」。
これ以上に直接的なタイトルはほとんどない。
しかし、その単純な一文の中には非常に大きな問題がある。
愛とは何か。
どうやって愛するのか。
人間は愛し方を自然に知っているのか。
それとも学ぶ必要があるのか。
Pierceは答えを出さない。
ただ分からないと言う。
この正直な不確実性が、『Portamento』の中心にある。
宗教のテーマも重要である。
「Book of Revelation」。
「Searching for Heaven」。
これらはThe Drumsの作品の中でもかなり特別な位置を持つ。
宗教を扱うロック・アルバムは多い。
しかし『Portamento』の場合、宗教そのものを壮大なテーマとして論じない。
もっと個人的だ。
子どもの頃に信じたこと。
教えられたこと。
その信仰が揺らぐ。
しかし完全には忘れられない。
この心理は、宗教的な家庭や環境から離れた人間が経験する葛藤と結びつく。
神を信じないと決めても、罪悪感や恐怖まで簡単に消えるとは限らない。
天国や地獄の概念。
善悪。
救済。
それらは思考の中に残る。
『Portamento』では、その残留物が恋愛の問題と重なる。
愛されたい。
認められたい。
見捨てられたくない。
これは宗教的救済への欲望とも似ている。
神に愛されたい。
誰かに愛されたい。
どちらも「自分には価値があると証明してほしい」という願いになる。
だから本作では、恋愛と宗教が別々のテーマではない。
同じ根から出ている。
その根は「自分は愛される価値のある人間なのか」という不安である。
この問いが、「Hard to Love」「I Don’t Know How to Love」「Please Don’t Leave」などに形を変えて現れる。
サウンド面では、The Drumsのミニマリズムが非常に重要である。
彼らは大量の楽器を使わない。
ギター。
ベース。
ドラム。
シンセ。
ヴォーカル。
基本的にはこれだけ。
しかも、各楽器のフレーズはかなり単純。
しかし、その単純さが弱さにならない。
むしろ余白を作る。
ギターが鳴る。
少し止まる。
ベースが動く。
ヴォーカルが入る。
この空間が、曲の孤独感を強くする。
The Smithsのようにギターが細かく装飾されるわけでもない。
Joy Divisionのように低音が極端に重いわけでもない。
もっと軽い。
しかし、その軽さの中に空虚さがある。
特にJonathan Pierceの歌唱は独特だ。
彼の声には、泣いているような揺れがある。
しかし完全には崩れない。
子どものようでもある。
同時に大人の疲れもある。
このアンバランスな声がThe Drumsの歌詞に非常によく合う。
「Please Don’t Leave」のような言葉を、技巧的なソウル・シンガーが大きく歌えばドラマティックなバラードになる。
Pierceが歌うと、もっと小さい。
部屋で一人つぶやいているように聞こえる。
その親密さが魅力である。
『Portamento』の音楽的背景には、1980年代の英国インディーが強く存在する。
The Smiths。
Orange Juice。
The Wake。
New Order。
The Cure。
さらにはC86以後のジャングル・ポップ。
しかしThe Drumsは、それらを単純に復刻しない。
2000年代後半から2010年代初頭のインディー・ポップへ翻訳する。
録音は比較的クリーン。
曲は短い。
メロディーは非常に直接的。
このため、過去の影響を感じさせながら、レトロ趣味だけには聞こえない。
サーフ・ポップの影響も重要である。
The Beach Boysに代表されるカリフォルニア・ポップには、明るいメロディーの裏に孤独や不安がある。
特にBrian Wilsonの作品では、太陽、海、若者文化の表面の下に、孤立や精神的不安が存在する。
The Drumsもその構造を受け継いでいる。
音は夏。
歌詞は冬。
その組み合わせが彼らの最大の特徴と言える。
『Portamento』では「In the Cold」というタイトルまで登場する。
つまり、デビュー作にあった海辺の明るさが、内面的な寒さへ変わったとも考えられる。
2011年という時代背景も興味深い。
当時のインディー・ロックでは、2000年代後半のポストパンク・リバイバルが一段落し、よりドリーミーでローファイなインディー・ポップが広がっていた。
Beach House。
Wild Nothing。
Real Estate。
DIIV以前のブルックリン・インディー。
こうした流れの中で、ギターの透明感とノスタルジーが重要になっていた。
The Drumsもその文化圏と接点を持つ。
しかし、彼らはドリーム・ポップほど抽象的ではない。
歌詞が非常に直接的だからだ。
音はぼんやりしても、言葉はぼんやりしない。
この点が特徴的である。
また、『Portamento』はThe Drumsが「バンド」という形そのものについて不安定になり始めた時期の作品でもある。
初期からメンバー変動の多いグループだったが、最終的にThe DrumsはJonathan Pierceの創作主体としての性格を強めていく。
『Portamento』には、その過渡期の感覚もある。
デビュー作ほど「若いバンド全員で走っている」感じがない。
より孤独。
より個人的。
これは歌詞の内容とも一致する。
バンドのサウンドは維持されている。
しかし中心には一人の人物の不安がある。
タイトルの“Portamento”を改めて考えると、この変化を非常によく表している。
ある音から別の音へ滑る。
The Drums自身もこの作品で、
サーフ・ポップからニュー・ウェイヴへ。
青春から内省へ。
バンド的な無邪気さからJonathan Pierceの個人的世界へ。
少しずつ滑っている。
完全に別のバンドになるわけではない。
前作の音は残っている。
しかし同じ場所にはいない。
この微妙な移行が、本作の魅力だ。
歌詞における「金」の扱いも興味深い。
「Money」は非常にキャッチーな曲だが、恋愛と経済の現実を直接結びつける。
2010年代初頭は、2008年の金融危機の影響がまだ世界的に強く残っていた。
若者。
失業。
不安定雇用。
家賃。
将来への不安。
The Drumsは経済問題を政治的に論じるわけではない。
しかし「愛する人に何かしてあげたい。でも金がない」という非常に小さな状況にすることで、その時代の不安を日常へ落とし込む。
これはインディー・ポップとして非常に効果的な方法だ。
社会を語るより、自分の財布を語る。
その方が生活に近い。
「I Need a Doctor」も同じである。
精神的な不安を壮大な言葉へしない。
ただ「医者が必要」と言う。
この小さな言葉が強い。
The Drumsは、感情を文学的に複雑化するのではなく、幼いほど単純な文章へ圧縮する。
そのため歌詞には独特の裸の感覚がある。
The SmithsのMorrisseyは皮肉や文学的引用を使う。
Robert Smithは幻想的なイメージを使う。
Jonathan Pierceはもっと直接的だ。
行かないで。
愛し方が分からない。
金がない。
医者が必要。
この単純さが、2010年代インディーの中でも彼を特別な作詞家にしている。
アルバム終盤の「In the Cold」から「How It Ended」への流れも重要だ。
ここでは、もう大きな希望がない。
前半ではまだ天国を探している。
誰かに行かないでと頼む。
後半になると、寒さの中にいて、「どう終わったか」を振り返る。
つまりアルバムは緩やかに「希望」から「受容」へ移動する。
完全な救済ではない。
むしろ、関係が終わったことを認める。
この控えめな結末が非常にThe Drumsらしい。
大きな成長物語にしない。
「これで自分は強くなった」とも言わない。
ただ終わった。
その事実だけが残る。
『Portamento』は、デビュー作のような即効性だけを求めると、少し暗く、内向きに感じられる可能性がある。
しかしThe Drumsの本質を理解するうえでは非常に重要な作品である。
彼らは単なるサーフ・ポップ・リバイバルではない。
明るいギターを使って、信仰、孤独、自己嫌悪、恋愛への恐怖を歌うバンドである。
そして、その二重性が最もよく表れているのが『Portamento』だ。
宗教を疑う。
それでも天国を探す。
愛する方法が分からない。
それでも誰かに行かないでほしい。
自分が壊れていると感じる。
それでもポップ・ソングを書く。
この矛盾こそがThe Drumsの音楽を成立させている。
『Portamento』は、悲しい歌を明るく鳴らすというインディー・ポップの長い伝統を受け継ぎながら、それを極めて個人的な信仰と孤独の問題へ結びつけた、The Drums初期の重要作である。
おすすめアルバム
1. The Drums – The Drums(2010)
「Let’s Go Surfing」「Best Friend」「Me and the Moon」などを収録したデビュー作。サーフ・ポップ、ニュー・ウェイヴ、インディー・ポップを明るく簡潔にまとめており、『Portamento』でそのサウンドがどのように内省的、宗教的な方向へ深まったかを比較するうえで最重要の一枚である。
2. The Smiths – The Smiths(1984)
ジャングリーなギターと、孤独、欲望、自己嫌悪を扱う歌詞を明るいポップ・メロディーへ重ねた代表作。The Drumsの「音は軽快だが言葉は暗い」という二重構造の重要な先行例として関連性が高い。
3. Orange Juice – You Can’t Hide Your Love Forever(1982)
ポストパンクの軽さ、ファンク、ジャングル・ポップ、失恋の感情を結びつけた作品。The Drumsの簡潔なギター・アレンジや、恋愛の脆さを明るい音へ変換する方法と強く共鳴する。
4. Wild Nothing – Gemini(2010)
ドリーム・ポップ、ニュー・ウェイヴ、80年代インディーへの憧憬を、淡いギターとシンセサイザーで再構築した作品。『Portamento』と同時代のインディー・ポップが共有していたノスタルジーと孤独を比較するうえで適した一枚である。
5. The Wake – Here Comes Everybody(1985)
Factory Records周辺のポストパンク/インディー・ポップを代表する作品のひとつ。簡素なリズム、透明なギター、冷たいシンセ、内向的なヴォーカルを特徴とし、『Portamento』におけるThe Drumsの80年代的な音響感覚の背景を理解するうえで非常に関連性が高い。

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