1. 歌詞の概要
「You Enjoy Myself」は、アメリカのジャム・バンド、**Phish(フィッシュ)**の中でも最も象徴的で人気の高い楽曲であり、彼らのライブセットにおける“儀式”とも言える存在です。この曲は1986年に初めて披露され、以降、ファンからは「YEM(イエム)」の愛称で親しまれています。
驚くべきことに、「You Enjoy Myself」の歌詞は非常に少なく、実質的なインストゥルメンタル・ナンバーとしての側面が強い楽曲です。唯一明瞭に聞き取れる歌詞は、
“Boy, man, god, shit”
“Wash Uffizi, drive me to Firenze”
というシュールかつ意味不明なフレーズのみ。これにより、この楽曲の歌詞は言葉の意味そのものではなく、音・リズム・発音・ライブ体験の中での共有性を重視した“音楽的要素”として機能していると考えられます。
2. 歌詞のバックグラウンド
「You Enjoy Myself」は、Phishのリーダーでありギタリスト/ソングライターの**トレイ・アナスタシオ(Trey Anastasio)**がバーニー・サンダース支持の選挙キャンペーンに関わっていたヴァーモント大学在学中に作曲した初期作品のひとつであり、Phishの創作精神が最も色濃く反映された楽曲とも言えます。
タイトルの由来は、トレイと友人がイタリア旅行中に現地の英語の不自然な表現「You enjoy myself?(君は私を楽しんでるか?)」というフレーズに出会ったことがきっかけでした。文法的には誤った英語ですが、あまりのユーモラスさに気に入り、曲名に採用したという逸話が残っています。
楽曲自体はクラシック音楽、ジャズ、プログレッシブ・ロック、ファンクの要素を含み、複雑なリズム構成と即興性を特徴としています。特にライブでは毎回展開が異なり、インプロヴィゼーションと観客との一体感が最大限に発揮される楽曲です。
3. 歌詞の抜粋と和訳
この曲に歌詞らしい歌詞は存在せず、唯一以下の短いセリフが確認されています。引用元:Genius Lyrics
“Boy, man, god, shit”
(少年、男、神、クソ)
意味はなく、語感と即興的な発語として使われている。
“Wash Uffizi, drive me to Firenze”
(ウフィツィ美術館で洗って、フィレンツェまで送って)
イタリアでの体験を元にしたナンセンスなリリック。
Phishはしばしばこのような言葉遊びや意味を超越した「音楽としての言葉」を用いており、リスナーに対して“解釈”を促すのではなく、“体験”を楽しむよう仕向けています。
4. 歌詞の考察
「You Enjoy Myself」のように、明確な物語や意味を持たない楽曲において、歌詞の考察は一般的な解釈とは異なるアプローチを要します。この曲では、言葉は意味を伝達するものではなく、音響のひとつとして扱われているのです。たとえば「Boy, man, god, shit」という連続は、宗教的成長のプロセスのようにも聞こえますが、それを深読みすることがPhishらしい遊び心に反する場合すらあります。
より重要なのは、この曲がPhishのライブにおいて**“集合的な陶酔”を演出する装置として機能している点です。中盤から後半にかけてのファンク・ジャム、スキャットヴォーカル、時にはアカペラのセクション、さらにはステージ上でのトランポリンジャンプやサーカス的なパフォーマンス**などが、聴衆との一体感を高めるのです。
このように、「You Enjoy Myself」は“意味を超えた意味”を持つ楽曲であり、言葉ではなく空間と音の運動によって、「喜び」「狂気」「陶酔」「笑い」「驚き」といった感情を呼び起こすよう設計されています。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “David Bowie” by Phish
奇妙な展開と複雑な構成を持つライブ定番曲。ジャムと構成美の融合。 - “Reba” by Phish
ナンセンスな歌詞とエモーショナルなインストパートが交錯する傑作。 - “Echoes” by Pink Floyd
プログレッシブな構造と音の旅という点で共鳴する、20分を超える大作。 - “Divided Sky” by Phish
言葉に依らず音で情景を描くインスト・ジャムの代表格。 - “Frankenstein” by Edgar Winter Group
インストゥルメンタルで構成されるスリリングなロック・ジャム。
6. ライブで完成する音楽:YEMという“儀式”
「You Enjoy Myself」は、アルバムで聴くだけではその真価の半分しか掴めない曲です。この曲の本質はライブパフォーマンスによって毎回再構築されるという点にあり、Phishのコンサートにおいては「YEM」がセットリストに入っているだけで観客が歓声を上げるほどの象徴性を持っています。
イントロのポリリズム、ツインギターとベースの絡み、スラップ・ベース・セクション、ボーカル・ジャム、さらにはメンバーがトランポリンで跳ねながら演奏するシーンなど、**楽曲の構成を超えた“総合芸術”**として体感されるこの楽曲は、Phishがいかに即興性と演劇性を融合させたライブバンドであるかを体現しています。
「You Enjoy Myself」は、歌詞で物語るのではなく、演奏と観客の反応そのものが“語り”を形成するという、極めてユニークな方法論を提示しています。それは、意味を求めるよりも、「いまここで起こること」を一緒に“楽しむ”という、Phishというバンドの真髄に他なりません。
たとえその意味がわからなくても、「You Enjoy Myself」というタイトルそのものが私たちに投げかけているのです——
“君は、僕を楽しんでる?”
その問いへの答えは、歌詞の中にはありません。ライブの中にこそあるのです。
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