
発売日: 1974年11月
ジャンル: ハードロック、メロディックロック、フォークロック
概要
『There’s the Rub』は、Wishbone Ashが1974年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、新たなギタリスト、ローリー・ワイズフィールド(Laurie Wisefield)を迎えた新体制による最初の作品である。
前作『Wishbone Four』で見せたフォーク志向と内省的な作風から一歩踏み出し、より洗練されたメロディックロックへと進化を遂げた本作は、“変化”と“再生”を静かに、しかし力強く刻みつけた名盤である。
タイトルの「There’s the Rub(そこが問題だ)」はシェイクスピア『ハムレット』からの引用であり、本作の内省的かつ哲学的な側面を象徴する。
アメリカ録音(マイアミ)という地理的変化もあり、音作りはこれまで以上にオープンでクリア。バンドは英国的抒情を保ちつつ、より広い視野でメロディやアンサンブルにアプローチしている。
ワイズフィールドの加入は、テクニックだけでなく、楽曲の構成やメロディラインの構築にも新風をもたらし、Wishbone Ashはここで再び“二つのギターが語り合うロックバンド”としての強度を取り戻した。
全曲レビュー
1. Silver Shoes
アコースティック・ギターの静かなアルペジオで始まる、叙情的でありながら力強いオープニング・ナンバー。
“銀の靴”という象徴的なイメージを軸に、過去と現在、喪失と希望を繊細に描く。
バンドの新しい音像が、この一曲で明確に提示されている。
2. Don’t Come Back
ミディアムテンポのロック・チューンで、愛の終わりと自己再生を描いた歌詞が印象的。
ツインギターのハーモニーとソロの掛け合いが、感情の揺れを巧みに音像化している。
感傷と決別が共存する、アルバムを代表する佳曲。
3. Persephone
本作のハイライトにして、Wishbone Ash史上最も美しいバラードの一つ。
ギリシャ神話の冥界の女神“ペルセポネ”を題材に、愛と死、束縛と解放の二項対立が詩的に描かれる。
スローなテンポと空間を生かした演奏、情感豊かなギターが、深い余韻を残す。
4. Hometown
フォーキーで温かみのあるアコースティックナンバー。
“故郷”への回帰と過去の記憶をテーマに、ノスタルジックなメロディが優しく響く。
個人的な物語性が濃く、歌詞の語り口にも誠実さがにじむ。
5. Lady Jay
中世的な雰囲気を持つアコースティック・ロックで、女性“レディ・ジェイ”への敬愛と幻想が交錯する。
リズムや展開は複雑で、プログレッシブな構成美と民謡的叙情性が共存。
ツイン・ギターの重なりがまるで“舞踏”のように繊細で優雅。
6. F.U.B.B.
ラストを飾る9分超のインストゥルメンタル・ジャム。“F***ed Up Beyond Belief”という過激な意味を持ちながらも、音楽的には洗練されており、Wishbone Ashのプレイヤビリティを全面に押し出した一曲。
ツインギター、ベース、ドラムが互いに絡み合いながら展開するサウンドは、即興性と構築美の融合を体現している。
総評
『There’s the Rub』は、Wishbone Ashが新体制のもとで再生と進化を果たしたアルバムであり、叙情と構成、内省と開放を見事なバランスで共存させた傑作である。
ローリー・ワイズフィールドの加入によってギターワークは一層緻密かつメロディアスになり、全体のトーンは穏やかで内向的でありながらも、どこか突き抜けた透明感を獲得している。
『Argus』のようなエピック性、『Wishbone Four』のような私的叙情、そしてプログレ的構成力とアメリカ的洗練――それらが一点に収束した本作は、Wishbone Ashの音楽的可能性を再確認させると同時に、“静かなる名盤”として今なお根強い人気を誇る。
おすすめアルバム(5枚)
- Renaissance – Ashes Are Burning (1973)
クラシカルな構成と詩的叙情性が『Persephone』と共鳴。 - Camel – Moonmadness (1976)
空間を生かしたインストとメロディ重視の展開が『F.U.B.B.』とリンク。 - Al Stewart – Past, Present and Future (1974)
歴史と個人の記憶を融合させた英国フォークロック。『Hometown』の文脈に近い。 - Barclay James Harvest – Everyone Is Everybody Else (1974)
メロディック・ロックと内省的リリックの融合。『Don’t Come Back』との共振。 - Steve Hackett – Voyage of the Acolyte (1975)
ギター主導の叙情派プログレ。『Lady Jay』に通じる幻想性と技巧美。
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