発売日: 1972年2月
ジャンル: ポップロック、ソフトロック、ブルーアイド・ソウル、アートロック
概要
『Something/Anything?』は、トッド・ラングレンが1972年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、“マルチ・アーティストとしての到達点”であると同時に、“70年代ポップ職人の金字塔”とも言うべき歴史的名盤である。
全4面（アナログ2枚組）のうち、最初の3面に収録された曲はすべてラングレン自身が一人で演奏、録音、プロデュースしており、“ひとりビートルズ”の異名にふさわしい完成度と多様性を誇る。
この作品には、「I Saw the Light」「Hello It’s Me」などのラングレンの代表曲が収められ、極上のメロディと繊細な歌詞、そして緻密なアレンジによって、ポップソングの理想形が次々と提示されていく。
また、4面目ではセッション・ミュージシャンと共にバンド形式での録音が行われ、よりソウルフルかつライブ感のあるサウンドに移行。
ポップ、ソウル、ロック、フォーク、ガレージ、ノイズ、バラードと、音楽のジャンルを横断しながらも、全体は不思議な“統一感”を保っている。
タイトルの『Something/Anything?』が示すのは、“何か、いや、何でもいいから君に届けばいい”という切実さと、ラングレンの音楽的欲望の広がりである。
本作は彼のキャリアを象徴するだけでなく、シンガーソングライターという概念の拡張でもあり、70年代ポップスの教科書としても高く評価され続けている。
全曲レビュー（抜粋）
※全25曲中の主要曲を中心に紹介
Side 1: A Bouquet of Ear-catching Melodies
1. I Saw the Light
アルバムの幕開けを飾る、完璧なポップソング。
ビートルズとキャロル・キングの影響を受けた美しいコード進行と、甘くも儚い歌詞が絶妙に噛み合う。
ラングレンの代表曲のひとつで、80年代以降のAORにも多大な影響を与えた。
3. It Wouldn’t Have Made Any Difference
ピアノ主体のメロウなバラード。
“君が何をしていても僕は傷ついただろう”という痛切な歌詞が、成熟した感情表現を示している。
ストリングスのアレンジも美しく、アルバム随一の叙情性を誇る。
5. Cold Morning Light
夜が明ける寸前の空気感を封じ込めたようなナンバー。
ミニマルな構成と内向的な詞に、ラングレンのナイーブな部分が垣間見える。
Side 2: The Cerebral Side
7. Sweeter Memories
スローでジャジーなバラード。
回想と後悔のニュアンスが交差する美しい一曲で、アレンジの柔らかさと声のニュアンスが絶妙。
10. Marlene
まるでブライアン・ウィルソンのような、切ないコードと甘いメロディが印象的な小品。
“マレーネ”という名の女性に込められた感情が、音の間に漂う。
Side 3: The Kid Gets Heavy
13. Black Maria
ギターが唸るヘヴィロック・ナンバー。
スライドギターやファズが前面に出ており、パワーポップとガレージロックの架け橋のような曲。
トッドの多面性が際立つ。
15. Dust in the Wind
シリアスで内省的な曲。
同名のカンサスの曲より先に発表された本作では、時間の無常や失われた夢がテーマとなっている。
Side 4: Baby Needs a Band
19. Slut
軽妙なロックンロールで、ラングレンのユーモアと皮肉が炸裂する一曲。
歌詞は挑発的だが、音楽としての完成度は高く、ライヴでも盛り上がる。
21. Hello It’s Me
アルバムのラストを飾る不朽の名バラード。
もともとはNazz時代の再録でありながら、成熟したアレンジと深みのある歌唱によって、Three Dog Night的ソウル・ポップの粋へと昇華された。
“ハロー、僕だよ”というシンプルな呼びかけが、すべての感情を内包する。
総評
『Something/Anything?』は、トッド・ラングレンというアーティストの天才性と多面性、そして“音楽における自己表現”の可能性を極限まで広げたアルバムである。
単なる曲集ではなく、全体が一種の“音楽的自画像”として機能しており、そこには孤独、喜び、欲望、諧謔、ロマン、反逆――すべてが詰まっている。
楽器も声も録音も自身で手がけたという点で、当時の録音技術の限界に挑んだ作品でもあり、そのDIY精神は後のプリンスやスフィアン・スティーヴンス、ベックらに大きな影響を与えた。
トッド・ラングレンを知るうえでの入り口でありながら、彼の本質がすべて詰まった“音楽の百科事典”のような一枚。
ポップスがここまで自由で、ここまで個人的で、ここまで豊かであることを証明してくれる作品である。
おすすめアルバム（5枚）
- Prince – 1999 (1982)
自宅録音による多重人格的ポップの極致。『Something/Anything?』の後継的存在。 - The Beatles – The White Album (1968)
ジャンルを横断するソングライターの百科事典的二枚組。構造的な相似が強い。 - Harry Nilsson – Son of Schmilsson (1972)
同時代の声と諧謔の職人。トッドと共通する多面性と遊び心あり。 - Paul McCartney – Ram (1971)
宅録と実験、メロディと荒削りなロックの融合。トッドとの並行進化を感じさせる。 - Beck – Sea Change (2002)
内省的バラードとプロダクションの妙。ラングレン的な“孤独の音楽”の現代版。
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